21 借りを返したいんだが

「おい! 大丈夫か?」


 広場で一人佇む少女。

 俺はその少女──相坂優に声をかける。

 

「その声は早坂君ですか。ちょっと失敗しちゃいました」


 そう言う彼女はどこか虚ろで、今にも消えていなくなってしまいそうな、そんな印象を受けた。

 最後のやり取りしか聞こえなかったが起きてしまったことは大体予想出来る。


「とりあえず俺が安藤を探すからあんたはこれでも飲んで落ち着け」


 差し出したのは二本のココア、流れでココアを受け取った相坂優も『二本?』と言っていたが気にしないことにする。

 とにかく今は安藤ひゆりを探さねば。

 その一心で建物に戻ろうとしたところで俺は相坂優に呼び止められた。


「何でそこまでしてくれるんですか? これは私とひゆりの問題ですよ?」


 彼女の質問に俺は用意していた答えをそのまま口にする。


「それはあんたに借りがあるからだ」


 借り、それは今日の昼に起こった一件のこと。

 本人に助けたつもりはなくても俺は彼女の言葉に助けられた、ありがたかった。

 単にこれは恩を受けたままでいるのが気持ち悪い俺の我が儘だ。


「借りですか? 私、早坂君に何かした覚えないです」

「分からなければそれでいい。俺が勝手に探すだけだ」

「余計なお世話だと言ってもですか?」

「そしたら相坂にも同じこと言ってやるよ。それに一知り合いとして心配っていうのもある」


 その後黙り混む相坂優に俺は続けて口を開く。


「とにかく俺は安藤を探す。それで良いよな?」

「……分かりました。ひゆりをよろしくお願いしますね」


 そして俺は安藤ひゆりの捜索を始めた。

 走り去ってからまだ数分、それも建物の中に走っていったのですぐに見つかるはずである。


◆◆◆


 そう思い行動を開始してから既に二十分。

 未だ安藤ひゆりの姿は確認できていない。


 一体どこに行ったんだ?

 そもそも建物の中にいるのか?


 そんな言葉が時折漏れるほど建物の隅々まで探していたが今のところ安藤ひゆりどころか人すら見かけていない。

 あと残されている可能性は彼女の部屋か、そもそも屋外にいるか。

 しかし彼女の部屋はメンバー全員がナイトウォークに参加する予定だったため施錠されており、例え同じ部屋のメンバーでも部屋のリーダーなしでは部屋に入ることは出来ない。

 事前に配られた部屋割りでは部屋のリーダーは立花梨佳たちばなりかとなっていたので安藤ひゆりがリーダーではないことは確か。

 そう考えると残る選択肢は屋外一択であろう。


 消去法によって外に出ることにした俺は急いで建物の入口へと向かう。

 その途中──建物二階の階段を下りようとしたとき、ふとあるものが目に入った。

 それは階段に張ってある立ち入り禁止のテープ。

 まさかとは思うものの確証が持てず、一度確認するという意味も込めてその立ち入り禁止テープの先にある階段を上る。

 おそらく屋上へと繋がっているであろう階段を上りきった先には案の定、屋上へと繋がる扉が備え付けられていた。

 よく見るとその扉は少し開いており、隙間からは一人の少女──安藤ひゆりの後ろ姿が見えた。


 ようやく見つけた。


 気持ちが先行して冷静さを欠かないように一度深く深呼吸をしてから扉のノブに手をかける。

 それから錆び付いていて重い扉を勢い良く開けるとその先では安藤ひゆりが体をこちらに向け身構えていた。


「なんだ、早坂君か……」


 しかし俺の姿を見るや否や彼女は構えを解除しホッと溜め息を吐く。

 どうやら彼女は今来たのがこの施設の人間だと勘違いしていたらしい。

 確かにここは立ち入り禁止の場所、まさか俺が来るとは思わないだろうな。


「せっかくココア買って来たのに戻ったらいなくなってるなんてな。もうココアはないからな」

「そもそも私が頼んだのはコーヒーだよ」

「でも美味しいぞ、ココア」

「……早坂君はそんな話をするためにここに来たんじゃないよね?」


 失敗、まずはなんてことない話をして様子をみようと思ったのだが彼女にこのやり方は通じなかったようだ。


「ああ」

「なんの話? もしかして優のこと?」

「そうだな」

「それなら話すことなんてないよ。久しぶりに話したと思ったらまさかあんなことを言ってくるなんて……」


 安藤ひゆりはきっぱりそう言い捨てる。

 確かに彼女からしてみれば相坂優はいわゆる嫌なやつでしかない。

 だが違う、相坂優の行動は全て彼女のためを思ってのことだ。

 もしかしたら本当に嫌なやつでただ邪魔したいだけなのかもしれないが、そうであればわざわざ依頼なんてせずに彼女が告白したい相手にバラしてしまえば手っ取り早い。

 まぁあれこれ言っても結局は全て彼女──安藤ひゆりの知り得ないことなのだが。

 とにかく俺がすべきなのは彼女と相坂優を上手く取り持つこと。

 今のところそれだけが相坂優の借りを返す唯一の手段だ。


「あんなことってあんたの告白が成功しないって断言したことか? それなら相坂があんたのためを思って言ったことだろ?」

「早坂君に何が分かるの? 関係ないのに知ったような口聞かないで!」


 安藤ひゆりは自らの頭を抱えてその場に座り込む。

 彼女のその行動からはこれ以上は何も聞きたくないという意志を感じた。

 だがしかし、それでも俺は話すのを止めない。

 ここで諦めてしまったら相坂優に合わせる顔がなくなってしまう。


「いいや関係ある。俺は相坂、それに早見とも一応知り合いだ。だから少なくとも早見があんたのことをただのクラスメイトとしか思っていないことは分かる」

「ただのクラスメイトとしか思ってないって早坂君は告白が失敗するのを分かってて協力したの?」

「そうだ」

「じゃああの作戦は? 飲み物を買ってくれたのは? 全部失敗するって分かって……」

「あんたの言っていることは間違っていない。そもそも依頼の内容は告白までだ。その先のことまでは依頼に含まれていない」


 彼女からの質問に続けて答えていくとついに彼女の口が止まる。

 それから一拍置いて両手を頭から膝に移動させた彼女は悲しげな表情で言った。


「そんなの酷いよ……」


 まるで全てに裏切られたとでも思っているような彼女の顔にこのままでは埒が明かないと俺は一つの賭けに出る。


「違う、嘘だ!」


 俺からまさかそんな言葉が飛び出して来るとは思っていなかったのか安藤ひゆりは体をビクッと震わせる。

 続けて彼女は俺に質問を投げ掛けてきた。


「違うってなんのこと?」


 もし違っていたら彼女をさらに傷つけることになってしまうがそのときはそのときだ。

 彼女の質問に対して俺はこれまでの彼女の行動で感じていた違和感を頭の中で言葉に変換し全て外に吐き出した。


「あんたは初めから早見優人のことをなんとも思っていなかった」


 彼女の言動のところどころで表れていた告白に対するなんとも言えない不真面目さ。

 それが違和感として俺の中に蓄積されていた。

 俺の違和感が正しければ彼女は早見優人をなんとも思っていない。


「……それこそ違うよ」

「いいや、そうだ。あんたは過去の傷を塗りつぶすために告白しようとした」

「急になに言って……」


 そして彼女がなんとも思っていない早見優人に告白する理由は昨日の相坂優の話を考慮しても考える限り一つしかない。

 それは過去の告白で負った心の傷を再び告白することによって生まれる新たな傷で塗りつぶすため。

 相手に早見優人を選んだのも彼なら傷が浅くて済むと勝手に思っていたからだろう。

 つまりは傷が浅くて済むなら誰でも良かったということになる。


「あんたは早見優人を利用して自分の過去を忘れようとしたんだ」

「違うよ」

「自分のために他人を利用した」

「違う!」

「他人に全て押し付けた」

「違う違う!!」

「だからこれだけは言える「もうやめて!!!」」


 安藤ひゆりは突然大きな声で叫ぶと両耳を押さえる。

 そんな彼女の目には涙が浮かんでいた。

 彼女の反応をみるに俺の考えは正しかったらしい。

 しかしこれで終わりではない、寧ろここからが本番だ。

 ここで何もせずに帰ってしまったらこれまでのやり取りは全て意味がない。

 やると決めたのだから最後まで貫き通す。

 でなければ相坂優に借りを返せたとは言えないだろう。


 俺は安藤ひゆりのもとまで行き、彼女の手を耳から無理やり引き剥がす。

 とここで後ろの方から勢い良く扉の開く音がするが今は気にしていられない。

 とにかく俺は安藤ひゆりが耳を塞がないように彼女の手を掴んだまま先程の続きを大声で発した。


「安藤、あんたはずるい人間だ。それも自分が負った傷を忘れて楽になろうとするくらいには狡い。言っておくけどな、そんなことをしても結局はその場しのぎで何の解決にもならない。ただ逃げてるだけなんだよ! ぐっ……!」


 その後突然後頭部に感じる痛み。

 あまりの痛さにその場で頭を抱えて蹲る。

 状況的に誰かにやられたと理解した俺はやった者を確認するため体勢を切り替え、仰向けになる。


「ひゆり、大丈夫!? またこの男に何かされたの?」


 蹴られた方向には安藤ひゆりの友人である梨佳ちゃんこと立花梨佳がいた。

 何でここにいるんだ? という疑問が頭の中に浮かぶが生憎やられた時に舌を噛んでしまいまともに言葉を発することが出来ない。

 それに加えて段々と狭まる視界、ただでさえ暗いのにさらに暗転していく景色。


 あれ? もしかして俺ここで死ぬのか?


 そんなことを思ったところで俺の意識は途切れた。

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