11 電話がかかって来たんだが
自宅の浴室で俺のスマートフォンが振動を始めて既に数分が経過している。
その間、着信が切れては再びかかってくるという恐怖体験に見舞われているが俺はそれに耐え電話に出るか否かで葛藤していた。
一見電話に出てしまえば全て解決するようにも思えるがもし電話先が知りもしない他人だったら上手く対応出来る自信がない。
それにもしかしたら悪徳セールスマンだという可能性もある。
それでもそれはただの可能性、知り合いという可能性も無くはないのでこのまま出ないというわけにもいかない。
「そうか、これはきっと親父が電話番号を変えたとかそういうやつだ」
都合のいい解釈を自分に言い聞かせスマートフォンの画面に表示されている通話ボタンを押す。
それから恐る恐る本体を耳元に当て通話の準備を整える。
少ししてぶつっとしたノイズが聞こえ通話が始まったことを確認した俺は上擦った声で言葉を発した。
「も、もしもし!?」
俺の体が緊張で僅かに震える中、電話先の相手から返事が聞こえる。
「もしもし、私よ」
一瞬にして緊張が解けた。
この声は俺を罠に嵌め半強制に部活に加入させた極悪人、椎名えりの声だ。
いつも部室で声を聞いているので聞き間違えるはずがない。
「何の用だ? そもそも何で俺の電話番号を知っている?」
そう、俺は椎名えりに電話番号を教えた記憶は一ミリもない。
そもそも家族以外誰も俺の電話番号を知らないはずなのだ。
だが現実問題、椎名えりが俺に電話をかけてきている。
一体どこで俺の個人情報が漏れた?
「そうね、まずあなたの電話番号を知っている理由だけど教えてもらったのよ」
教えてもらった? いつ? どこで? 誰に?
「……」
「覚えてないかしら? 今日あなたが間接的に教えてくれたじゃない」
今日俺が電話番号を教えただって?
それと間接的にってなんだ?
今日は放課後以外椎名えりとは会話をしていないはずだが……。
「いやまったく心当たりがないな。ちなみにそのとき俺は何してた?」
「電話をしていたわ」
今日の放課後に電話をしていたとなると夕夏梨に買い物を頼まれたときか。
確かにそのとき電話をしていたがそれがなんだというのだ。
俺が通話をしたまま暫し思考に
「そういえばお兄ちゃん、今日知らない女の人から電話がかかってきたんだけど誰なの? 騙されたりとかしてないよね……別に気になったりなんてしてないけど念のためだからっ! 心配とかじゃないんだからっ! 勘違いしないでよねっ!」
夕夏梨は何故か顔を赤くさせ、開けた扉をこれまた勢いよく閉じる。
そんな突然やって来て突然去っていく妹に一体何がしたかったんだと心の中で呟いた俺は椎名えりに一つのことを尋ねた。
「妹に俺の電話番号を聞いたのか?」
「結果的にはそうなるのかしら。安心して頂戴、電話番号を聞いただけで妹さんには何もしてないわよ」
「当たり前だ! でもそれなら何で妹の電話番号を知ってるんだ?」
そうだ、そもそも彼女は夕夏梨の電話番号も知らないはず。
「それはさっき言ったじゃない。あなたが電話をするときに教えてもらったって」
「だからそれが分からないんだ。俺は電話の最中に妹の電話番号なんて言ってないぞ?」
「違うわ、電話をするときよ」
電話をするとき……ということは着信のときか?
着信が来たときに分かるのは画面に表示された相手の電話番号、今回でいうと妹の電話番号だ。
「もしかして俺のスマホを盗み見たわけじゃないよな?」
「そんなまさか、盗み見るなんてこと私はしないわ。電話番号の方から私の目に飛び込んで来たのよ」
「それ教えてもらったって言わないからな!?」
言い訳にしてはちょっと苦しい。
だがこれで良かったのかもしれない。
裏ルートで入手した情報よ、とか言われるよりはマシである。
それよりも今は椎名えりが俺に電話をかけてきた目的について聞いた方がいい。
「まぁいい、それよりも何か俺に目的があって電話かけてきたんだろ?」
「目的……そうね、私達まだ依頼のことについて何も話し合ってないわよね?」
「そういえばそうだな」
「そこで一度私とあなたで話し合おうと思うの。場所はあなたの家、時間は今週土曜日の朝十時よ」
「えっ?」
「それじゃあよろしくお願いするわね。話したいことはそれだけよ」
通話が切れてしまった。
挨拶も無しにいきなり切るなんて非常識だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
依頼のことでお互い話し合うというところまでは良かった。それは俺も必要だと思っていた。
しかし、次が問題だ。
それは話し合う会場にこの家、早坂家が選ばれてしまったということ。
俺からしたら何でこの家を会場に選んだ? の一言である。
ついでに俺の意見は聞かないのかよという一言も追加しよう。
とにかく俺が言いたいのは勝手に決めてんじゃねぇということである。
いくら常識にかけている椎名えりでもこれだけは言っておかなければ俺の気が済まない。
ここは男らしく椎名えりに俺の気持ちをガツンと言ってやろう。
そうしよう。
俺は再びスマートフォンを取り出し、電話履歴から先程かかってきた電話番号を探しだす。
「あったこれだ」
あとは探し出した電話番号に発信するだけ。
発信のボタンを押しプルルという音がスマートフォンから鳴る中、本体をそっと耳元に当てる。
「もしもし、椎名です」
「もしもし俺だけど」
「あらどうしたの? 早坂君」
「ああ、一つ言い忘れていたことがあってな。今週土曜日の話し合い場所について俺との相談なしで勝手に決めないで欲しいんだ」
言えた……いやこれくらいは言えて当然だ。
何故なら俺は正しいことを言っているのだから。
「……そう。なら今もう一度言うわ。あなたの家に行っては駄目なのかしら?」
「それは、大丈夫だが……」
「なら当初の予定で決まりね、じゃあまた明日学校で」
「ちょ、待って……」
再び切れる通話。
その後スマートフォンから流れる不通音を聞きながら俺は思った。
もう少し待ってくれてもいいんじゃないか、と。
だがまぁ……。
「人を家にあげるくらいならいいか……」
そう、これは別に椎名えりに言い負かされて面倒になったとかそういうわけではない。
俺が納得し選んだ結果なのだ。
そういうことにしておこう。
それから俺は今まで何事もなかったかのようにお風呂掃除の続きを始めた。
浴槽がいつも以上に綺麗になってしまったのは別に人を家にあげるからではない。
本当だ。
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