12 家に来たんだが
朝、それも今日は土曜日の朝。
一週間の中で最も嬉しい時間帯である。
だからだろうか、俺はベッドから飛び上がりウキウキとした気分で自室のカーテンを開けていた。
おはよう、地球。
おはよう、俺が住む町。
全てが輝いて見える。
そう、今の俺は活気に満ちているのだ。
だってそうだろ? 今日は休日だ。
堂々と学校を休んでいい日なのだ。
窓の外を見ても電線に止まっている鳥達、家の前をほうきで掃く近所のおじさん、そして俺の家の前で立ち尽くす椎名えりという実に休日っぽい光景しか俺の視界には映らない。
一度カーテンを閉じる。
それから時計を確認する。
時間はまだ朝の七時半である。
「まさかな……」
もう一度カーテンを開ける。
窓の外には電線に止まっている鳥達、家の前をほうきで掃く近所のおじさん、それから俺の家の前で立ち尽くす椎名えり……って。
「何でいるん!?」
心の中でそう叫んだつもりだったが実際に声に出して叫んでいた。
それほどまでに椎名えりが俺の家の前にいるという状況が分からなかった。
だって約束の時間は十時だ。
今はその二時間半前、明らかに早い。
慌てて一階に下り、リビングに繋がる扉を勢い良く開ける。
「夕夏梨! 家の前に誰か立ってないか?」
「何? そんなに慌ててどうしたの? お兄ちゃん」
妹は今ちょうど朝食を作っている最中、手は離せないか。
こうなったら俺が直接確かめるしかない。
洗面所に駆け込み急いで顔を洗った後、人前に出ても恥ずかしくない格好へと着替える。
それから小走りで玄関に向かい、ドアを開け、前方数メートル先を確認すると……。
そこでは私服姿の椎名えりが本を片手に立ち尽くしていた。
彼女は家から出てきた俺を一目見ると少し驚いた様子で俺に質問を投げ掛ける。
「あら、約束の時間は十時のはずでしょ? そんな早くにどうしたの?」
「それ俺のセリフだから!」
いくら何でも来るのが早すぎやしないか? と思っていたのが顔に出ていたのか椎名えりはここに来るまでの経緯を話し始めた。
「遅れないように早く行こうと思ったら早く着きすぎたのよ」
遅れないようにってまだ七時だぞ?
一体何時に家を出てきたんだ?
「まぁ残り二時間以上家の前で待たせるわけにもいかないしな。とにかく上がってくれ」
「そう? 悪いわね」
それから俺は椎名えりを連れ家の中に入る。
すると家の玄関では朝食の準備を終えた妹が心配そうな表情をして俺を待っていた。
「お兄ちゃん、いきなり外に出ていってどうしたの? 今日もたまたま朝ごはん余っちゃったから食べてもいいけど……ってえぇ!?」
妹はいきなり大きな声を上げ尻餅をつく。
多分後ろにいる椎名えりを見てのことだろうが少々オーバーリアクション気味である。
「お兄ちゃんが家に彼女を連れてくるなんて……」
「言っておくが彼女じゃないぞ。ほら、あんたも言ってくれ」
「分かったわ」
椎名えりは俺の言葉にポンと手を打ち肩にかけていた自らのトートバッグを漁り始める。
そして取り出したのは一枚の写真。
嫌な予感がした俺は彼女に質問をする。
「それはなんだ?」
「何だって自己紹介用の写真よ」
自己紹介用の写真とはなんだと問い詰めたいが一旦止めておこう。
それよりもどんな写真かを確認せねば……もしかしたらもしかするかもしれない。
「念のためだがその写真を見せてくれないか?」
「ええ、どうぞ」
そう言って椎名えりが差し出した写真は以前、相坂優に自己紹介をすると称して渡そうとした俺と椎名えりの……って。
「やっぱりあの写真じゃねぇか!」
「以前とは違うわよ。ほら、あなたの目元に引いてある黒い線が太くなっているじゃない?」
「だからそういう問題じゃねぇんだよ!」
ああ、疲れる。
どうして休日に椎名えりの相手をしなければいけないのか全くもって謎だ。
「そう、なら止めておくわ。私の名前は椎名えりよ。よろしくね、妹さん」
「よ、よろしくお願いします」
「ちなみに私があの『お姉さん』よ」
「あなたがあの『お姉さん』?」
なんだ? 二人とも知り合いだったのか?
……ってそういえば妹にこの前電話をかけたとか言ってたな。
「まさかお兄ちゃんの今一番ホットでラブな人が家に来るなんて……どんな弱み握ったの?」
椎名えりよ、電話で妹に何もしていないとか言っておきながらガッツリ変なこと吹き込んでんじゃねぇか。
お前はアホか? アホなのか?
「俺はコイツの弱みなんて握っていない。それに今一番ホットでラブな人でもない」
「照れてるだけなのよ。多めに見てあげて」
「照れてねぇよ!」
もうなんなんだ……。
休みだというのに全く休んでいる気がしない。
「もし良かったらですけど朝食を一緒に食べませんか? お姉さん」
「お邪魔じゃないかしら?」
「いや全然そんなことないですよ。こっちです!」
「それなら遠慮なく頂くわ」
その後、妹は椎名えりを連れてリビングへと姿を消す。
椎名えりを嬉々としてリビングに連れていく妹を見て俺はふと思った。
お前、そんなキャラだったっけ?
◆◆◆
「さて、いよいよ本題だ」
俺がそう宣言するも目の前にいる美少女はキョロキョロと辺りを見渡していて落ち着きがない。
現在の時刻は朝の八時半、予定よりは一時間半も早いが朝食を食べ終え既にやることがなくなった俺と椎名えりの二人は俺の部屋で本来の目的を果たそうとしていた……のは俺だけで椎名えりは何かを探していた。
「早坂君、アレはどこに隠しているのかしら?」
「アレってなんだ?」
「アレと言ったらアレしかないじゃない?」
まぁ大体は予想出来る。
多分、健全な男子なら一つくらいは持っていると言われているアレのことだろう。
だが残念だったな、俺はそういう類いのものは一切持っていない。
時代はペーパーレス!
今の時代に紙のものなどもはや不要なのだ。
「あんたの期待しているものはこの家に一切存在しない」
「そう、残念ね」
残念……ってまさか見たかったのか?
「私の家では禁止されているのよ。この家なら見れると思ったのだけど」
「まぁ普通は禁止されないよな」
禁止以前の問題だしな。
「そうなの?」
「そりゃ禁止されるようなものでもないしな」
「それじゃあ私が特殊なのかしら……ちなみに今はたまに見かける野良で我慢してるわ」
野良って……確かにたまに落ちてはいるが流石に惨めだろ……。
「でも一度で良いから飼ってみたいわね、猫」
「……!?」
猫? もしかして今まで全て猫の話だったのか?
俺はてっきり……。
「早坂君? そんな顔を真っ赤にしてどうかしたの?」
「いや、何でもない」
これは俺がいけないのか?
男の子の部屋でアレって言ったら普通アレだろ?
誰も猫の話だとは思わないだろ。
だがまだ椎名えりに気づかれず済んで良かった。
気づかれていたらまた弱みを握られることになるからな。
特に今のところ被害はない、ないのだが何故だろう。
無性に部屋の窓から飛び降りたい気分だった。
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