10 再び依頼が舞い込んだんだが

「それでなんですが……あ、お茶ありがとうございます」


 俺の目の前では今日の昼休みに屋上で声をかけてきた相坂優なる女子生徒が机を挟んで向こう側の椅子に座り椎名えりからお茶を受け取っていた。

 そして当然のことなのか椎名えりもちゃっかり自分の分のお茶を用意して俺の隣に座っている。


「それで話ってのは?」

「はい、とても言いにくいことなんですが私も今度の宿泊学習で頼みたいことがありまして……」

「私も……ってことは、相坂は安藤ひゆりの友達かなにかなのか?」

「……そうです」


 なるほど、さっき彼女はここに来る途中で俺が部活をやっているのを友達から聞いたと言っていたがその友達とは安藤ひゆりのことだったらしい。


「悪い、続けてくれ」

「はい、それで頼みなんですけどひゆりのことなんです」


 急に真剣な顔をして何を言うのかと思えば安藤ひゆりについての頼み。

 一体何を頼むつもりなんだと内心ヒヤヒヤしてしまう。


「それって……」

「あ、そうですよね。内容ですよね。実はひゆりの告白を阻止したいんです」


 とても冗談を言っているようには見えなかった。

 彼女からスッとまっすぐに向けられる眼差しには嘘や冗談の類いのものは一切感じられない。

 そこにあるのは本気、ただ一つである。


「分かりきっていることだとは思うが確認させてくれ。相坂は安藤ひゆりの相談内容を知っているんだよな?」

「はい、それはもちろん知っていますよ」

「それで安藤ひゆりとは友達なんだよな?」

「はい、友達です……」


 俺には女子の考えが分からない。

 友達なら普通は告白を応援するものだと思うが……。


「早坂君の考えていることは大体分かります。でも早見君にはもう好きな人がいるんですよ」

「本人から直接聞いたのか?」

「そんなこと出来るわけないです。早見君を見ていれば分かりますよ」


 あの学校中の女子に好かれていると言っても過言ではない早見優人が好きな相手……全く想像がつかない。

 もう一度言うがあの早見優人だぞ? それが誰かのことを……いや、心当たりが一つだけあった。

 それはこの前オリエンテーリングのグループ決めでメンバーが足りなかったときのこと。

 彼は今俺の隣にいる少女──椎名えりのことを誘うよう俺に迫った。

 あのときの彼の行動がもし椎名えりを自らのグループに誘いたかったからだとしたら……彼の好きな人は必然的に彼女──椎名えりということになる。

 ここは確認のためにも一度相坂優に聞いておいたおこう。

 俺は隣でじっとしている椎名えりを指して相坂優に声をかける。


「もしかしてコイツか?」

「知ってたんですね」

「半分勘だが」

「でもそうです。早見君が好きな人は椎名さんです」


 まさかとは思ったが本当に椎名えりだったか。

 だが……。


「でもコイツって外見だけで中身はあれだろ? いくら人気があったとしても本当にそうとは限らないんじゃないか?」


 俺の言葉にチッチッチッと舌を鳴らして人差し指を左右に振る相坂優。

 何を言ってるんだい? 旦那とでも言っているような、そんな仕草だ。


「早坂君は私を……いや乙女を舐めてますね。あ、もちろん物理的にじゃない方ですよ」


 そんなことはもちろん分かっている。


「恋愛事に関する女の子の勘は天気予報よりも正確ですからね。私が断言したのなら確実です」

「そういうものか?」

「そういうものです」


 まぁ相坂優がそこまで自信満々に言うのならそうなのだろう。


「とにかくお二人方にはひゆりの告白を阻止して欲しいんです。ひゆりにはこんな結果が分かりきっていることで傷ついて欲しくないんですよ」

「はぁ……」

「何ですか? その反応は? ちゃんと聞いてるんですか?」

「いや聞いている。でもな……」

「これが私の我が儘なのも、気が進まないのも分かります。でもお願いします!」


 相坂優の今日一番真剣な表情に俺は何も言えなくなる。

 果たしてどちらに協力すれば良いのか……。

 そもそもこれはもう引き受けてしまったことなのか……。

 椎名えりといい相坂優といい女子の考えていることは本当に良く分からない。

 でもまぁ、なるようになるしかないのだろう。


 それと椎名えりよ、多分俺が色々言ったのが悪いんだとは思うがそろそろ俺の足を踏むのは止めてくれないだろうか。

 あなたの上靴うわぐつ、俺の足に刺さってすごく痛いです。


◆◆◆


 それから放課後の時間はあっという間に過ぎ去り、現在の時刻は夜の九時。

 俺にとっては既に家に帰って夕食、お風呂共に済ませている時間だ。

 そんな時間に俺がいったい何をしているのか?

 ズバリ……お風呂掃除である。

 そうお風呂掃除だ、遊んでいるわけがない。


 とある事情でこの家には俺と妹、父親の三人しかおらず昔からその父親もなかなか帰って来ない。

 つまるところは俺と夕夏梨で家事を分担して行う必要があった。


 だが俺は料理が全く出来ない。

 パンを焼くことでさえだ。

 ということは料理を全て妹に任せてしまうことになり必然的に妹の負担が増えてしまう。

 そこで俺が家事の中でも比較的重労働なものを担ってバランスを調整しているというわけだ。


「よし」


 とりあえず浴槽は一通り磨きあげたがこの作業は地味に腰への負担がかかる。

 少し腰を休ませよう。

 そう思い立ち上がって伸びをしていると突然腰の辺りで何かが振動する。

 そこには確か俺のスマートフォンがあるがただの通知ならそこまで長く振動はしない。

 それならこの振動は? とスマートフォンを取り出し画面を確認すると……。


「こ、これは!?」


 取り出したスマートフォンの画面には妹でも、父親でもない謎の電話番号が表示されていた。

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