9 社会的に殺されかけたんだが

「そうだった……残り一人をどうするか」


 何か忘れていると思ったらオリエンテーリングのグループに女子をまだ一人誘えていない。


 現在四時限目終了直後の昼休み。

 俺は学校の屋上で一人昼食をとっていた。

 普段、教室ではまるで道端に生えている雑草のように目立っていない俺であるが今日に限っては例の一件で周りの視線を多く集めてしまっており大変教室に居づらかった。

 まぁここまでは良しとしよう、問題なのはオリエンテーリングのグループに人を誘えなくなったということ。

 というのも例の件で注目されるようにはなったが俺から話しかけようとすると逃げられるようにもなった。

 これは今後の学校人生に関わる一大事である。

 このまま早見優人の頼みを無下にして楽しい学校生活が送れるわけがない。

 しかし、どうするか……頼みの綱だった安藤ひゆりは既に他のグループに入っているし俺には他に女友達などいない。


「それなら私をそのグループに入れて下さい!」


 凛とした、それでいて力強い芯のある声が俺の耳に届く。

 しかし、どこにもそれらしき人物は確認出来ない。

 ここは屋上、見晴らしはいい。

 それにも関わらず見えないとなると考えられる可能性は一つだけだ。


「俺には霊感がないと思っていたんだがついに見えてしまったか……いやこの場合は聞こえてしまったと言った方が正しいか」

「聞こえてしまったか……じゃないですよ。ここです、ここ、上を見て下さい」


 そう言われ、素直に上を見上げるとそこには純白に輝くもう一つの太陽が……。


「……ってどこ見てるんですか!」

「いや上を見ろって言うから」

「それでも見ないのが常識です!」

「でもその格好はぜひ見て下さいって言ってるようなものだろ?」

「あなたがいつも一人の理由が分かった気がします。そこで少し待ってて下さい……あ、でも上は見ないで下さいね」

「へいへい」


 見ず知らずの少女に従い下を見て待つこと二分。

 少女がアンテナの設置されている屋上の高台からはしごを使って降りたのを音で確認した俺は改めて少女の方へと顔を向ける。


「ふう、高いところはなかなかに怖いものですね」


 そう言葉を漏らした少女は黒茶色の長い髪を耳にかけてふっと息を吐く。

 それからまっすぐに俺の目を見ると先程どこからか聞こえてきた言葉と同じことを言った。


「早坂君、先程も言いましたが私をあなたのグループに入れて下さい!」


 少女の発言、俺にとっては非常に助かる。

 だが彼女が何故その事を知っているか?

 彼女にとってのメリットは何なのか? 全く分からない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 大事なのはグループに入りたいという女子が一人いるということ。

 それだけあれば理由として十分だ。

 これで俺のこれからの学校生活も安泰あんたいである。


「よし、分かった。こちらとしてもぜひ加入して欲しい」

「はい、ありがとうございます! 私は相坂優です。これからよろしくお願いしますね、早坂君」


 彼女は笑顔を浮かべて俺の名前を呼んだ。


◆◆◆


 それから午後の授業も終了して放課後。

 俺は部室棟四階へと続く階段を上っていた。

 いつも部室に向かう際は一人なのだが今日は違う。


「へぇ早坂君の部活って四階にあるんですね」


 昼休みの際に俺達のグループへと加入してくれた相坂優がついてきていた。

 彼女曰く、少し話があるらしい。


「それにしても俺が部活をやってるってよく知ってたな」

「まぁそれは友達が話してましたからね……それよりもどんな部活なんですか? 困っている人を助けてくれるってことしか分からないですけど」

「それ以外はない、というより俺もよく分からないんだ」

「はぁ……変わった部活なんですね」

「俺もそう思う……っと着いたぞここが部室だ」


 一見ただの空き教室と見分けがつかない部室を一度指してから引き戸を開ける。

 引き戸を開けた先にはいつものように椎名えりが本を読んでいた。

 部室に入るときはいつもこの光景なので俺にとっては見慣れたものであるが、一方の相坂優は驚いていた。


「えっ、椎名さん!? 早坂君と同じ部活だったんですか!?」


 彼女の声に反応してか椎名えりは本を開いた状態のまま裏返してテーブルに置き彼女の方へと視線を向ける。

 それから扉の近くに来ると自己紹介を始めた。


「そうよ、私は椎名えり。これ良かったら……」


 そう言って彼女が制服のポケットから取り出したのは一枚の写真、俺が椎名えりの胸をあれやこれやしている写真だった。


 すぐさま椎名えりが取り出した写真を奪い取ると同時に彼女を廊下に連れ出して問い詰める。


「ちょっと待ってくれ! どういうつもりだ? 俺を社会的に殺す気なのか?」


 彼女が写真を取り出してから俺が写真を奪い取るまでの間わずか数秒、相坂優にはまだ気づかれていないはずだ。

 彼女が写真を取り出したとき、すぐに俺が気づいて良かったがもし気づかず何もしなかったらどうなっていたか……考えるだけでも恐ろしい。


「どういうつもりって自己紹介よ。しっかり写真にも名前を書いているわ」


 写真に名前だ?

 確認したところ確かに名前は書いてある。

 しかし、これはなんというか芸能人のサイン付きのブロマイドみたいだな。


「それとプライバシーにも配慮してあなたの目の辺りに黒い線を入れているの」

「それでも髪型と顔つきで丸分かりじゃねぇか!」

「そう? だったらもう少し黒い線の面積を増やすわ」

「そういう問題じゃねぇよ!」


 ダメだ、通じない。

 この問題は一旦後回しにして今は相坂優だ。

 彼女も部室に一人放置されて困っていることだろう。


「とにかくこの件は後だ。今日は相坂さんがいるからな」

「仕方ないわね、今回は多めに見て上げるわ」


 何で上から目線なんだとか、そもそも何でそんな写真を持ち歩いてるんだとか色々言いたいことはあるが一旦全て呑み込んで再び部室へと向かう。

 すると案の定困った様子の相坂優が扉から顔を覗かせてこちらの様子を窺っていた。


「あの……何かあったんですか?」

「いや何でもない。さぁぜひ席に座ってくれ。立ちっぱなしで疲れただろ?」

「いえ、私は大丈夫です。それよりも何かあったんじゃ?」

「あ、そういえば何か話があるんだったよな? 早速話を聞こう、ほら早く!」

「はい……分かりました」


 無理やりだがなんとか誤魔化せたか。

 さて彼女の話とやらを聞こうか。

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