「鳩と蟻のこと」

 『伊曽保物語』または『イソップ物語』の「鳩と蟻のこと」、原文と現代語訳(引用者による整形と補訳あり)の引用。


 鳩と蟻のこと


 ある川のほとりに、蟻遊ぶことありけり。にはかに水かさ増さりきて、かの蟻をさそひ流る。浮きぬ沈みぬするところに、鳩こずゑよりこれを見て、「あはれなるありさまかな。」と、こずゑをちと食ひ切つて川の中に落としければ、蟻これに乗つて渚に上がりぬ。かかりけるところに、ある人、竿の先に鳥もちを付けて、かの鳩をささむとす。蟻心に思ふやう、「ただ今の恩を送らむものを。」と思ひ、かの人の足にしつかと食ひつきければ、おびえあがつて、竿をかしこに投げ捨てけり。そのものの色や知る。しかるに、鳩これを悟りて、いづくともなく飛び去りぬ。

 そのごとく、人の恩を受けたらむ者は、いかさまにもその報ひをせばやと思ふ志を持つべし。


〈現代語訳〉

 ある川のほとりで、アリの遊んでいることがあった。すると、急に水かさが増してきて、あふれかえり、その川の水は、アリをさらって流れる。アリの命、危うい。そのアリが水の上に浮いたり沈んだりしているところに、ハトが枝先からこのようすを見て、「おぼれてしまって、かわいそうに……。あわれなありさまであることだなあ。」と思って、枝先を少しばかりかみ切って、川の中に落としたので、アリはこれに乗って水際の陸に上がった。アリは、ハトの情け深い恩によって、まことに命拾いをした。このようなときに、ある人が、竿先に鳥もちを付けて、そのハトを捕らえようとする。今度は、ハトの命が危ない。まさにこのとき、アリの心に思うことは、「たった今のハトの恩に報いたいものだなあ。」と思い、その人の足にしっかりとかみついたところ、その人はひどくおびえて、竿をあちらに投げ捨てた。ハトも命拾いをした。

 さて、ハトを捕らえようとしていた人には、アリがかみついたことの意味がわかっただろうか。いや、わかるまい。それはそうだ。なぜなら、その人は、アリと、なにか関わりがあったわけでもないのに、突然かみつかれたから。けれども、ハトは、そのアリの行動の意味を深く理解して、どこへということもなく飛び去った。

 なぜ、ある人には理解できず、ハトには理解できたか。それは、ハトは最初にアリを助けていて、アリの行動が恩返しであるということを、理解できる状況にあったから。

 なにはともあれ、「情けをかける」ことと「恩返し」とによって、アリもハトもお互いに、命を失わずにすんだ。今風にいうなら「共生」とでもいおうか。

 このように、人から恩を受けたような者は、どのようにしてでもその恩を返したいと思う気持ちを持つべきである。

中学教科書『新しい国語 1』東京書籍、平成二十三年二月二十八日 検定済、整形と補訳引用者


[問い]

どうして、ハトには、アリが人にかみついたその行動の意味が、わかるのですか。

[答え]

最初にハトが、アリを助けているから。


[問い]

どうして、恩返しをしたいという気持ちを持つべきなのですか。

[答え]

この話においては、アリもハトも、お互いに命を失わずにすんだから(共生)。また、たとい無言の恩返しであっても、よほどの人でないかぎり、相手は恩返しであるということをわかってくれるから。


[寸評]

「ギリシャに帰れ」

 と、イタリア・ルネサンスでうたわれていたその古代ギリシャも、捨てたものでないと思う。



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2019/12/03

令和元年十二月三日(火)

大野城みずき

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