ニューイヤーズイブ前編




 1941年 12月31日



 敵ドイツ国内で忍者が暗躍し、ヒトラー他ナチ党要人暗殺と並行して自由ドイツ軍編成計画が進行する中、沙羅やチャーチル、チャドヴィンスキーの三首脳はクリスマス会談から未だ日本に留まっていた。

 会議もある程度落ち着き、この日はニューイヤーズイブという事もあって、沙羅達は自由行動を許可され、チャーチルとチャドヴィンスキーは東京の夜の街に繰り出し、沙羅はと言うと・・・・・・



 同日 夕刻 熊本県熊本市新市街



 ねぇ、あれエリザベス大統領じゃなかね?(   '-' )(  '-'  )( '-'   )ザワザワ…ほんなこ、東京におらすはずばってんねえ( '-' )( '-' )( '-' )ザワザワ…憲兵さんば連れとらすよ(   '-' )(  '-'  )( '-'   )ザワザワ…



「この時代の熊本を生で見れるとはねえ。憲兵さん、また付いてきてくれてありがとうね」



 沙羅は以前、東京から横浜へ脱走した時に護衛として随伴した帝国陸軍の憲兵に、今回はプライベートではあるが、熊本まで連れて来てもらっていた。



「それにしても、大統領の前世の事を聞いた時は何を言っておるのかと思いましたが、列車の中で様々な話を聞くうちに信憑性が増してきました。あなたはエリザベス大統領でありながら、井浦沙羅上等兵曹としての記憶もあるのですよね?」



「そうよ、言ったじゃない。それと私の曾祖父母の事だけど・・・・・・」



 沙羅はこの世界で日本に来る度、この時代にいるであろう四人の曾祖父母の事を調べてもらっていた。



「熊本市・・・健軍町でしたか?健軍町で・・・あ、祖父や父上は菊池の出身・・・・・・いや、熊本市どころか熊本県内で現在井浦という苗字の方は・・・・・・お母様の方も調べましたが、それらしき名前はなく・・・・・・」



「そう・・・・・・ありがとう」



 自分がエリザベスとして生まれている事は、やはり井浦沙羅という人間は生まれないのか・・・・・・と、分かってはいたものの、少しショックを受ける沙羅。



「それで、前世の事をもっと・・・・・・「あ、ブティックがあるわね。ちょっと見てきていい?」



「大統領・・・・・・まあ今日はプライベートですからね、構いませんよ」



 群衆の中、少し恥ずかしそうに店の前で沙羅の買い物を待つ彼の名は・・・・・・井浦 博文。ちなみに前世で太平洋で戦死した沙羅の父方の曾祖父の名前も博文・・・・・・そして、沙羅はエリザベスとして生まれ変わり、東京で博文と出会って、今も行動を共にしている。一体これはなんの因果か・・・・・・彼は沙羅から前世の話を聞いた時、身震いがしたという。



(でも俺はこの熊本に縁もゆかりも無い。しかし井浦なんて珍しい苗字・・・大統領のあの自然な日本語に方言・・・・・・偶然にしてはあまりにも・・・・・・・・・)



「いやーいっぱい買っちゃった!」



 博文が考え事をしている内に、沙羅が紙袋を持って戻ってきて、彼の顔を覗き込む。



「だ、大統領?私の顔に何か?」



「ううん!なーんか神妙な顔つきしてたから」



「軍人がいつもヘラヘラしていてはいけませんので」



「そっか。ならいいけど。そういえば貴方、名前はなんて言うの?なんとなく聞くの忘れちゃってたけど」



「井浦 博文です。茨城の農家の次男坊であります」



「・・・・・・・・・そっか」



 一瞬ハッとした顔をする沙羅だが、それ以上は何も言わない。



「ええ。大統領・・・・・・すみません、沙羅さんと呼んでも?」



「いいわよ、私も博さんって呼ぶね」



「光栄であります。沙羅さんのいた日本の、世界の話、もっと聞かせてくれませんか?」



「分かった・・・こんな往来のある街中じゃあれだから、ちょっと移動しましょうか」



 博文を人混みの喧騒から離れた場所へ連れていく沙羅。

 沙羅も彼にはなんでも話せる気がした。

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