いいよね?
1937年 夏
幸い、東京でのエリザベス大統領脱走事件はそれ程騒ぎにならず、個人主義の強い合衆国市民も日本国民も女性初の大統領としてのエリザベスの立場を慮り批判的な意見より、同情的な意見も多かった。恐慌にあえいでいた国内経済もだんだん安定してきており、エリザベスの支持率も徐々に上がりつつあった。そんな時にそのエリザベスこと沙羅は、また日本へ行きたいと言い出した。
「大統領、春に行ったばかりです。そんなしょっちゅう渡日されても困りますよ」
「今度のバカンスにロスのリトルトーキョーなら連れて行けますよ」
彼等は合衆国内の日本人街で我慢しろと諭すが、沙羅は納得しない。
「いいじゃん。それに公式じゃなくてお忍びみたいな感じでさ」
「とは言っても、日本政府の方達も困ります。この前の時だって、松岡外相を誑かして計画されたのは分かってるんですからね!」
「え、松岡さんバラしちゃったの?!」
「違います。大統領のわがままで日本政府を巻き込んで、日本側から公式に謝罪があったんですよ。日本人は嘘を通せない節がありますから。あんな思いやりのある人達を・・・というかロシアのシュチャーチン外相まで巻き込んで申し訳ないですよ」
「ごめんごめん。でさ、バカンスは何日間あるの?」
「えー、まあ議会や各州政府との調整やらを考慮して二週間は取れそうですが、本気で日本に行くつもりならもっと余裕がないと・・・・・・」
そう、前世同様にこの時代、現代のように東京〜ニューヨークといったような長距離を飛べる飛行機は軍民ともに研究試行段階であり、国際線もかなり時間をかけての経由飛行で、民間の海外渡航も未だに船が主流であった。この世界ではアメリカから日本へ渡航する場合、サンフランシスコ〜ハワイ〜横浜の定期航路が最も安価で主流である。また反対の横浜からも桑港航路が出ており、そちらも一旦ハワイを経由し桑港ことサンフランシスコ港に至る。どちらにせよ船旅だけで二週間程はかかってしまうのであるから、バカンスの二週間の二週間前にサンフランシスコを出発せねばならなかった。となると、DCを出発するのはもっと前でなければならない。
ちょっとバカンスを利用して海外へ・・・などとまだまだ現実的な話ではなかった。
「ね、大統領。リトルトーキョーで我慢してくださいよ、それも結構スケジュールは詰まりますが・・・・・・」
「むぅ・・・・・・」
「じゃあこういうのはどうです?リトルトーキョーの日本料理店のスタッフをこちらに招聘します。そして、このホワイトハウスで料理を振舞ってもらうというのは」
「その間、その人達の店はどうすんのよ?」
「料理人一人でやってる店なんてありませんから、少しくらい大丈夫でしょう」
「でもねえ・・・・・・料理ってその人の味がある訳じゃない。うちのママのミートパイとあなたのママのミートパイじゃ全然違うでしょ?」
勿論、沙羅がママのミートパイなるものの記憶があるはずはなく、完全なハッタリであるが、スタッフ達はなるほどそれは分かると大いに頷く。ちなみにママの肉じゃがやのっぺ等の記憶なら沙羅にもあるが、そんな料理を言われても生粋のアメリカ人であるホワイトハウススタッフ達はなんのこっちゃである。
「確かに・・・・・・」
「じゃあ、GNの汽車に乗ってサンフランシスコ、それからロサンゼルスね。それでいいよね?」
「はい・・・・・・」
かくして、エリザベス=沙羅は同行するスタッフらとロサンゼルスへの旅に赴く事となったのであった。
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