脱走




 1937年 4月 大日本帝国 帝都東京



 米国大統領エリザベスこと沙羅は、日本の松岡外相、ロシアのシュチャーチン外相との定例会談を行っていた。

 が、この世界でもこの時代においてまだまだ女性の立場は弱いものだと感じ取った沙羅は、松岡とシュチャーチンを一泡吹かせてやろうと意気込み、見事に成功していた。

 沙羅は90年後から来た上に、転生直後にこの世界の事もよく勉強して頭に入れ込んでおいたから当たり前である。

 そして、沙羅は松岡にある事を耳打ちする。



(大統領、本気ですか?)



(当たり前じゃないですか。責任は私が取りますから)



(しかしバレたら合衆国市民、我が国民もなんと言うか・・・・・・)



(だから、こうして変装の相談をしてるわけですよ)



(んー・・・もう分かりましたよ!それと、万一に備えて陸軍省海軍省にも掛け合って、護衛を付けさせてもらいますよ)



(了解です)



 それからしばらく後、松岡とシュチャーチンとの共同会見を終えた沙羅はホテルに戻った・・・・・・はずだった。

 しかしながら沙羅は松岡を上手く使い、日本政府黙認の元、ホテルへ戻る途中で突如駆け出し、東京の街の喧騒の中へと消えていったのである。



「くそ!エリザベス大統領を探せ!日本政府スタッフにも事態報告!」




 随伴の補佐官が叫ぶが、日本政府側は『そのうち戻るでしょう』とのらりくらりの対応で、補佐官も狭い東京で現金も持たないはずのエリザベスがどこまでも逃げられるわけがないと、ひとまず待機する事となった。




 そして、その脱走から数時間。エリザベス大統領こと沙羅の姿は、脱走した地点から遠く離れ、なんと東京の外、横浜にあった。




「はっはっはっ!まさか、東京の外にいるとは思うまいて!ちょろいもんよねー、憲兵さんもそう思わない?」



「あの、エリザベス大統領・・・私のような一兵卒が言うのも畏れ多いですが、あまりこういう勝手な事をされるのは如何なものかと・・・・・・」



 護衛兼監視役で付いてきた日本陸軍の憲兵だが、米国大統領として、というか国のトップとしておそらく絶対に史上初であろう脱走計画にどうしていいものか困り果てていた。



「しかし、松岡外相もなんで了解されたのか・・・大統領、色仕掛けでもしたんじゃないですか?」



「そりゃ溜まるもんもあるけど、私はそんな尻軽じゃないわよ。それに、日本は私の魂の故郷なの。だから、ただ仕事だけして帰るなんてつまんないじゃない」



「そのおかげで我が国政府も現在合衆国側への対応にてんやわんやしているんですよ!」



「まあ大丈夫大丈夫。それよりさ、私は日本の憲兵さんってちょっと怖いイメージがあったけど、あなた中々話せるじゃない」



「そりゃ、憲兵隊も組織ですから一部には横柄な者もおりますが、我々は基本的に軍部内の犯罪を取り締まったりするだけでありますからな。合衆国にもMPがおりますでしょう」



「そうね。それでこれは相談なんだけど、熊本まで連れてってくれない?」



「な、何を言うんですか!今から熊本くんだりまで行くなら帰りが間に合いませんよ!外務省松岡さんからも時間は短めにと通達が・・・・・・」



「そうよねえ。日本政府が今回の脱走に協力しましたってバレたら大問題だもんねえ。あはは」



「何わろとんねん。まあ、今度来日される際はゆっくり遊びに来ればいいですから、今日はもうこの辺で帰りましょうよ」



「そうね・・・あなた、いい人ね。まあ赤レンガ倉庫も、あれは不屈の象徴って事?何故か記念艦になってる三笠も見れたし、本物の日本食も中華も食べれたし、帰りましょうか」



「ええ、大統領の食欲には私では応えられません」



 横浜へ着いて赤レンガ倉庫を見て、三笠を見て、寿司を食べ、カツ丼を食べ、中華街で餃子や焼売に舌鼓を打って、沙羅が一通り満足した頃、同行の憲兵の財布はすっからかんであった。

 陸軍省から彼にエリザベスの旅費や雑費として渡されたものであったが、日本陸軍省としても彼女の食欲は計算外であったのだ。

 そして、沙羅は偶然銀座で発見したと装った憲兵に連れられ、随伴スタッフらの元へと帰っていったのであった。










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