とんかつ難民

 『かつ金』の閉店から半年が経った。あのトンカツ屋と同じ場所に、また、トンカツ屋が開業することとなった。


「あの『かつ金』の後に、またとんかつ屋が出来るらしいぜ。」


地元の飲み屋では随分と話題になったものだ。そして商店街がクリスマスモードに入った頃、元『かつ金』の店後に新しいとんかつ屋が開業した。


 開業したばかりの頃、ヒロシは店の前に出ていたメニュー冊子を見てみた。値段は『かつ金』と同じぐらいの高めの設定となっていた。まぁ、それは良いのだが、そのメニュー冊子がどうもファミレスっぽい作りなのだ。ということは・・、どうやら新しい店はチェーンのようだ。


「大丈夫かな?」


率直にヒロシは思った。何故なら、この商店街は東横線の自由が丘や中目黒のように多くの人が集まるエリアではないからだ。いわゆる住宅街なのだ。乗り換えで人の往来が発生するエリアでもない。だから、飲食店のお客さんは地元の人が中心となる。地元密着の覚悟がないとこのエリアはお店が長続きしないと。ブランドで勝負しても、高級感出しても、安い店としても、均一運営のドライ感のあるチェーン店的お店はこのエリアでは長続きしないのだ。長年営業してきて、常連さんを大切にしている飲食店がいくつもあり競争にさえならない。


 新店が開業した。最初は珍しさで店は混んでいたようだが・・、案の定、暫くして新しいトンカツ屋についての噂が聞こえてきた。

「新しく出来たトンカツ屋、どうだい?」

「うーん・・、味はうんぬん、値段のわりに・・うんぬん、従業員のやる気が・・うんぬん・・。」

パッとしない噂ばかりが流れた。


数が月後・・お店はお客が入っている様子もなく・・、開業して2か月後にはいつの間にか店の名前が変わった。でも同じチェーン店が引き続き経営しているらしい。プランド、店舗フォーマットを変えて再トライしたと見える。値段も下げた・・。でも、ヒロシに聞こえてくる地元の噂はよろしくなかった。


結局・・、昨年12月初にはシャッターが閉まったままに・・閉店となってしまった。ヒロシは新店に入らずじまい、店の雰囲気も味も吟味することはできなかった。


最近になって地元の居酒屋で隣で飲んでいたところ、隣にいた地元の事情通の話が聞こえて来た。

「『かつ金』の閉店後もね、あそこの店と土地の大家さんは、あの頑固オヤジの夫婦だよ。今も店の2階に今も住んでいる。もう歳で引退したが、名残惜しいから1階の店を貸し出したらしい。オヤジさん、自分の店ではないけれど、長続きしないとんかつを見ていて寂しいだろうなぁ。」


頑固なオヤジさんのオーラが懐かしい。ヒロシのとんかつ難民はいまだに続いている。

(了)

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人間模様8 とんかつ難民 herosea @herosea

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