尋問

 静夜と舞桜はそれぞれ将暉まさきに銃口を向けたままで尋問を始める。


「おおかた、京天門か蒼炎寺のどちらかだと思うが、伯母上を狙った理由は、やはり竜道院羽衣の勢いを削ぐためか?」


「……さあな? 頼まれただけの俺たちが知るわけないだろ?」


「理由も知らずに、他の家の陰陽師たちと徒党を組んで女性一人を襲いに来たんですか?」


 静夜は、未だ周囲に潜んでいる複数の気配に注意を向けた。

 将暉と一緒に上賀茂神社に乗り込んで来た術師たちは体制を立て直し、静夜たちを取り囲んで弓を引いている。撃ってこないのは、将暉を人質にしているからか、それとも撃ったところで勝ち目がないと分かっているからか。


 どちらにせよ、これだけの人間が集団で千羽せんば千鶴ちづるを襲撃し、抵抗を受けてもなお諦めないのは不気味すぎる。どんな餌、あるいは脅しで動いているのか、背後関係が気になった。


「あなたの目的は、自分たちの一族を《平安会》の末席に加えてもらうことでしょうが、千鶴さんの襲撃を頼んで来た相手はそれが出来るような人物だったんですか? 《平安会》に新しい一族が加入することは滅多にないですし、よほどの理由がなければ無理なはずです」


 以前の事件のように、《平安会》の中で厄介者扱いされていた竜道院舞桜を嫁にとる、という経緯なら可能だったかもしれないが、正体不明の誰かに頼まれて千羽千鶴を暗殺したとしても、それで《平安会》に迎えられるとは考えにくい。


 少なくとも竜道院一門は反対するし、京天門一門や蒼炎寺一門はこのような無法者たちとの関与を頑なに認めないだろう。

 これくらいのことは少し考えれば将暉たちにも分かるはずであり、だとすると別の目的や報酬を提示されたとも考えられる。

 銃を降ろす気配を見せない静夜と、いつまでも憑霊術を解呪しない舞桜を見て観念したのか、将暉は深いため息をつくとポツポツとつまらなさそうに話し始めた。


「……情けない話だが、俺も含めて今晩ここに来た奴のほとんどは、金で雇われて動いている。千羽の星詠みを襲って竜道院家や例の小娘をビビらせることができれば、高額の報酬を支払うって、前金と一緒に手紙で依頼されたんだよ……」


「お金って、あなたはいつ、陰陽師から傭兵に転職したんですか?」


「……チッ、協会の犬に傭兵呼ばわりされるとは心外だな! 《陰陽師協会》は今も昔も権力者の便利屋だろうが! ……特にお前の父親、月宮つきみや兎角とかくはすごかったらしいな? 『斬殺鬼ざんさつき』、こっちの地方では『人喰い鬼』だったか?」

 

 呆れた顔の静夜を殺意のこもった目で睨み、将暉は声を張り上げて言い返す。

 義父を引き合いに出された息子は不快感から眉根を寄せるが、反応はそれだけにとどめた。彼の異名もその由来も、知っているからこそ反論できないのだ。


「……俺たちだって何も殺せとまでは言われていない。……ま、相手が星詠みだから、護衛の人間がいることは想定されていて、うち以外にもいろいろな家に声をかけまくってたみたいだが、まさか迎撃に出てきたのがお前たちとは、さすがに予想外だった……」


 将暉は肩をすくめて自身と仲間の不甲斐なさを嘆く。

 標的が千羽千鶴である以上、襲撃を依頼する側にも受ける側にも相応の準備と覚悟が必要だったということなのだろう。


 闇討ちを仕掛けて来た陰陽師は総勢で二十人以上。彼らを満足させられるだけの前金と報酬を用意していたとなると、本件の黒幕は相当なお金持ちということになる。


「金銭的に余裕がある一族と言えば、やはり京天門じゃないか? アイツらは病院の経営もやっている」


「……うーん、どうだろ? お金があるのは京天門の本家とそれに近い分家筋の人だけだし、あの人たちが大枚をはたいてこんな傭兵たちを雇うとは思えない……」


 舞桜の分析に、静夜は曖昧に首を傾げた。

 竜道院羽衣とひいては竜道院一門に打撃を与えたいというのが理由で外様の陰陽師を金で雇い、刺客として差し向けたのであれば、動機があるのは京天門一門や蒼炎寺一門だけにとどまらない。


 椿つばき陸翔りくとの駆け落ちの話や、二年前の襲撃事件のこともあって静夜たちはてっきりこの二つの家が絡んでいると思い込んでいたが、よく分からなくなってきた。


「しかし、いくらお金のためとはいえ、伯母上に弓を引くとはお前たちも怖いもの知らずだな。あの人に何かあれば、今度はお前たちが羽衣からの仕返しを受けていたぞ?」


 話しているうちに戦意を失くしつつある術師たちに向かって、舞桜は呆れ半分に嘲笑って見せる。

 これを快く思わなかった将暉は、ふんと鼻を鳴らして境内の地面に座り込んでしまった。


「……相変わらず、腹立たしいほどに世間知らずのようだな、俺の元婚約者殿は……」


「な、なんだと……?」


 将暉に呆れ半分の嘲りを意趣返しされて、舞桜は不快感を露わにする。

 短気な少女をさらに冷笑して、将暉は続けた。


「言葉通りの意味だ。《陰陽師協会》と《平安陰陽学会》。この二大組織にいる陰陽師たちは、そこからあぶれた陰陽師たちのことを何も知らない。ここには、明日食う物にも困っている術師もいるというのに……」


「……どういうことだ?」


 表情が引き締まる。冗談を言っている様子ではなかった。周囲の陰陽師の中には、顔を曇らせて力なく弓を下ろす者までいる。


「妖退治のような陰陽師らしい華やかな仕事も、こういった汚れ仕事も、そのほとんどは協会と《平安会》が持っていく。俺たちのような、はぐれの一族に回ってくる仕事はほとんど皆無に等しいんだよ」


 奈良の名門と讃えられる将暉の犬養いぬかい家のように、中途半端に歴史があるが故に《陰陽師協会》とそりが合わず、かと言って《平安会》にも入れず、独立採算で食いつないでいる一族は少なくない。そんな彼らの仕事事情は、二大組織に独占されて困窮していると訴える。


 それなら他の仕事をして食べていけばいいではないか、という反論も、彼らにとっては難しいのだ。


「……お前らだったら出来るか? 長い間、世代を超えて受け継いで来た陰陽師としての血に蓋をして、普通の人間として生きていくことが……。代々守り続けて来た一族の誇りを自分の代で終わりにすることが……」


 それは、現代に至るまでその血脈を受け継いできた陰陽師の一族が抱える一種の呪いだ。

 普通の人たちにはない特別な力を持って生まれ、才能を開花させたからこそ芽生える使命感。

 次の世代に一族の力と伝統を引き継がなければならないという責任感。


 未来を担う者として期待され、一族から可愛がられて大切に育てられた人間ほど、陰陽師として生きることにこだわる傾向がある。


 陰陽師として生き、陰ながら社会の役に立つことこそが、自分の生まれてきた理由であり、生きる意味であり、〈存在の定義〉であると結論付けて、自ら呪縛に囚われてしまう。 


「……全く才能がなければそんなの知るかって全部を投げだすことも、お前のように家から逃げ出すことも出来ただろうさ。でも俺たちには残念ながら素質があった。そしてまんまと大事に育てられちまった。次期当主だなんて言われて、お前ならできると背中を押されたら、そう簡単に無理だ、とは言えないだろ?」


「……」


 舞桜は黙ったまま、すっかり黄昏れて肩を落とす男の背中を見下ろしていた。彼を嘲る気持ちは冷たい夜風に飛ばされてどこかへ消えてしまう。


 彼女の知る犬養将暉とは、野望を叶えるためなら手段を選ばない下劣な男だった。犬養家の長男として生まれた彼には、彼なりの葛藤と譲れない誇りがあるようだ。


「……ま、お前らには分からないだろうな。『妖に愛された呪いの子』と、お飾りの名ばかり支部長じゃあ、俺たちの双肩にのしかかっている重責は、想像して同情するくらいが関の山だ」


 そう言って笑った彼は静夜と舞桜を小馬鹿にするようであり、また少しだけ羨ましがっているようにも見えた。

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