青龍降臨
静夜たちが
「……もしかして、遅かった?」
石階段を駆け上がってすぐのところで舞桜たちと鉢合わせになり、静夜は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。
「……ああ、遅かったな」
「ご、ごめん。思ったよりも時間がかかった……」
「水野さんもお疲れ様でした。お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ」
舞桜から少し離れたところで刀を携えている
見たところ舞桜にも目立った怪我はなさそうなので、静夜は安心した。
「で、これからどうするんスか? 先輩」
静夜の後ろをついて来た
準備した結界は破られてしまったが、今は強い妖も近くにはいない。しばらくは休憩して、儀式の成り行きを見守っているのがいいかもしれない。
「……とりあえずは待機、かな? 他の状況や儀式の進捗も気になるし、ちょっと情報を集めてみるよ」
静夜はそう言いながらスマホを取り出し、各所の戦況を確認し始める。
他のメンバーは、張り続けていた緊張の糸をほぐし、肩から力を抜いて落ち着いた。舞桜は休憩所前のベンチに腰を下ろし、勝兵は水分を欲して自販機に硬貨を入れている。
今の場所からでは他の建物が邪魔になるので、萌依は大きくて背も高い
「おおぉ……。これはなかなか……」
そこには京都の幻想的な夜景が広がっていた。人払いがされ、車の流れる光もなく、網目状の通りを照らす外灯や外にこぼれ出る店舗の
「……ん?」
静かな夜景の中に潜んでいたとある異変に気が付いて、萌依はその表情を曇らせる。
「どうかした?
姉を追いかけて屋根に登って来た萌枝に、萌依はそれを指で差して示した。
「ほらあそこ、……なんか、もくもくと煙が上がってない?」
「う~ん? ……そだね、もくもくと煙が上がってるねぇ」
夜の暗闇と同じ色をした黒煙は、激しい勢いで天高くへと立ち昇り、満月の夜空を覆い尽くすように広がり続けている。
双子は互いに顔を見合わせて、瓜二つな苦笑いを見せ合った。
不吉な予感しかしない。
「萌依、萌枝! そこから、
突然、下から支部長の切迫した声が突き上げて来た。
妙に差し迫った上司の様子に、どうしても冷や汗が滲む。
「ねぇ萌依、
「さあぁ? まさか、あの煙が上がってるところじゃないよね?」
京都に来たばかりの双子は、この街の地理に明るくない。
しかし静夜の声音から、その御所という場所で何か良くないことが起こっていることくらいは容易に推察することが出来た。
「御所はちょうどここから北西の方向! 何か見えない? 大きな妖の影とか、爆発の光とか!」
情報を欲する静夜に応えて、姉の萌依は屋根の端から下を覗き込んで声を張り上げる。
「煙ッス! そっちの方角から煙が上がってるッス! 御所かどうかは分かんないッスけど、なんかあったんスかぁ?」
報告を聞いた静夜は萌依の問いには答えず、慌てて手にしていたスマホを耳に戻し声を荒げる。
「それで
『すまない。こちらにもまだ十分な情報が上がって来ていないんだ。ただ、
歯切れの悪い答えを返す相手に、もどかしさを覚える。
電話は、竜道院本家の屋敷で待機している
未だに先日の怪我が完治しない星明は、父である
「〈青龍の横笛〉は無事なんですか?」
『報告してきた紫安は必死に守っていると言っていたが、いつまで持ち堪えられるかは分からない。可能ならそちらから何人か応援を頼みたいんだけど……』
「人員の少ない僕たちにそれをお願いしますか?」
星明らしからぬ心苦しそうな申し出を受けて、静夜は彼が突然電話をよこして来た意図を理解した。
『他も今は持ち場の守護で手一杯なんだ。各所の守りが疎かになると、中央に妖が集まって更なる大惨事に発展しかねない。でも、横笛を手放したらそれこそ本末転倒だ』
「その言い分はごもっともですけど……」
回答に窮する。
戦場になっているという
京都の街の端に位置する知恩院から駆け付けるには遠く、しかも京都支部の全員で向かうわけにもいかない。ここの守りを放棄することは許されないのだ。
〈青龍の横笛〉を死守しなければならないという竜道院家の危機感は十分に理解しているつもりだが、御所での戦況も敵の正体も分からないのでは安請け合いも出来ない。
静夜が
「――ちょ、先輩! 先輩先輩先輩!」
萌枝がいきなり血相を変えて遠く北西の空を見上げたまま、上から手招きをしてくる。
「何? いったいどうしたの?」
「あれ! あれあれあれ! あれ見て下さい!」
相当困惑しているのだろう。姉の萌依までもが同じような調子で腕を目一杯に伸ばして北西の空を指差している。
言われた通りに見上げてみるも、静夜の位置からでは木々や
仕方なく〈禹歩〉を使い、双子のところまで登って行った。
「二人共、あれあれあれ! じゃ何のことだかさっぱり分からないよ。もっと冷静に見たものを分かりやすく……――」
呆れた小言を言いながら顔を上げて、双子が見ているものと同じ光景を目にした静夜は、姉妹と同様に目を見開いて口を開いたまま思考までもが固まってしまった。
確かにあれを見たら、あれあれあれ! としか言葉が出て来なくなる。
『――……我は、四神の内の一柱、東の方角を預かりし神獣、青龍である』
その威厳に満ちた堂々たる御声は、遠く離れた静夜の頭に直接響いて脳を震わせた。
『――……我の誇りは踏みにじられた。これより、青龍の宝物を盗み出した無礼者と、それを守り切れなかった者どもに、
声の発信元はまず間違いなく、北西に見える『あれ』からだろう。
夜の暗闇のカーテンにも鮮やかに浮かび上がる青色の鱗。渋い銀色のたてがみと口の端から伸びる
東の方角を司る四神の一柱。青龍。
口上に違わぬ青き龍の姿は、立ち昇る黒煙を衣のように束ねて京都の街を覆い尽くすように君臨していた。
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