現実

 第一に、実力主義というところが違っていた。


 中央の理事会や執行部がどのような方針を打ち出したところで、地方の支部を支配していたのは、古くから続く年功序列の悪習だった。

 それも彼らに言わせれば、年と共に重ねた経験が実力に繋がっているから、これも立派な実力主義ということになるらしい。


 つまり入って来たばかりの新人は、どんなに才能に満ちあふれていても現場での実戦経験は皆無のひよっこ。先輩たちにしてみれば、明らかに自分たちより弱い劣等生に他ならない。

 その中でも勝兵しょうへいは、親が陰陽師ではなく、一般公募枠で採用されたにも関わらず、五行の「水」の術が使えるという異端児いたんじ

 推薦枠で《陰陽師協会》に入ったいわゆる『血統組』の陰陽師の目には、さぞ生意気な後輩に映ったことだろう。


 仙台支部に採用され、盛岡支局に配属された勝兵に最初に与えられた業務は、先輩の陰陽師の補助とサポートだった。


 OJT研修なんて聞こえのいい意識高い系の言葉が使われていたけれど、あんなものは職業訓練でも何でもない。ただの使いっパシリと同じだ。


 どこの現場に行ってもやることは決まっている。妖を炙り出すための呪符や塩、酒を用意し、術に使われる複数の法具を使いやすい場所に配置する。実際に妖を祓うのは先輩の仕事。助手は術者がやりやすいように呪符や法具の配置、塩や酒の量を調節する。

 いつも先輩の顔色を窺って、必死で空気を読み、怒られないように自分から率先して働く。


 それが、水野勝兵に与えられた『仕事』だった。

 入所前に思い描いていた実力主義の職場とは、程遠い。


 そして第二に、仕事の進め方が想像とは違っていた。


 研修で聞かされた話では、今の陰陽師の仕事は現代陰陽術の発達や社会全体の風潮の影響を受けて、使用できる術にいくつかの制限が掛けられ、妖を祓うにしてもその手順は決まったマニュアルに沿う必要があったのだ。


 たった一人の、突出した才能に頼って妖を退治するような方法は、確実性に欠け、危険も伴う。

 派手で向こう見ずな大立ち回りができるのは、特務とくむ特派とくはといった精鋭部隊にのみ許される特権であって、地方の安寧をゆだねられている支部、支局の陰陽師には、もっと地域に寄り添い、本来の陰陽師らしく影ながら市民の安全を守るような手段と術の選択が求められる。


 これを知った瞬間、水野勝兵の個性は死んだ。


 それでも、彼は必死に自分に言い聞かせた。

 たとえ今が辛くても、仕事を覚えればいつか自分にもちゃんとした仕事が出来るようになる、と。もっと『仕事』らしい仕事が。先輩たちの言う事を聞くだけじゃない、陰陽師らしい『仕事』が。


 その我慢と苦労は結果として身になった。勝兵が牧原まきはら大智だいちの事故物件で静夜たちに披露した陰陽術は、地方支部のやり方に沿った妖の祓い方だ。盛岡支局に配属されて半年が経つ頃には、既にあれだけのことが出来るようになっていた。


 また、その頃になると徐々に仕事だけでなく、職場での人間関係にも慣れて来て、もう少しの間くらいなら今の場所で頑張れるかもしれない、とそんな希望も見出しかけていた。

 あの事件が起こったのは、ちょうどその頃だ。


 仙台支部が追いかけていた強力な妖が、盛岡支局の管轄内に逃げ込んだ。支局の上位組織である支部からの命令を受けて、勝兵たちはその妖を駆り立てることになり、失敗した。


 絶対に失敗できないというプレッシャー。普段とはあまりにも勝手が違う作戦内容。使い慣れていない現代陰陽術の拳銃。


 いろいろな要因があった。さまざまな理由があった。

 何がいけなかったとか、誰が一番悪かったとか、一概には言えない。

 ただ、作戦を実行した勝兵たちは罠に引っかかり、妖に逃げられた。それだけだ。

 しかし組織は、失敗の原因を、誰が一番悪かったのかを、追求しようとした。


『――水野君、君は妖からの反撃を受けた時、ただ一人だけ無傷だったそうだね? あそこに罠があると、最初から分かっていたのかね?』


 違う。あれはただ必死だっただけだ。少しでも気を抜いたら、死ぬかもしれないと思ったから、自分の身を護ることに集中した結果だ。


『――水野君、君は作戦行動中に突然足を止めたそうだね? それで班の動きが止まり、その隙を妖に狙われた。違うかい?』


 違う。あれは誘い込まれていることに気付いたからだ。罠があるかもしれない、と先輩に撤退を進言した。彼らはそれに耳を貸さなかった。だから、まんまと反撃を受けた。


『――水野君、君がちゃんと先輩の指示通りに動いていれば、こんなことにはならなかったかもしれないねぇ』


 違う。あそこで自分が足を止めなくても、結局は罠に嵌っていた。作戦は失敗していた。


『――水野君、君は今入院している○○先輩から、いつも厳しい指導を受けていたそうだね? もしかして、○○君が嫌いだったから、わざと彼の救護を後回しにして妖を追いかけに行ったんじゃないのかい?』


 何を言っているんだ? この人は。確かにあの時、班長として部隊の先頭にいた彼は妖の攻撃を受けて重傷を負った。でも致命傷ではなかったし、意識も保っていた。あの時は、妖の追跡を優先すべきだった。


『――それに、君は五行の術の適性があるはずなのに、どうしてそれを作戦で使わなかったんだい? 最初からそれを使って目標を追い詰めていれば、もっと有利に状況が進んで、こんなことにはならなかったかもしれないのに……』


 ……なぜ、そうなる? そんなことを言うくらいなら、最初から五行の術の力を組み込んで作戦を立てればよかっただろうに。それをしなかった上の判断に従った自分が、なぜそのような糾弾きゅうだんを受けなければならないのか。


 どんどん自分がワルモノになっていく。ワルモノにされていく。

 そして、作戦で負傷したくだんの先輩が、現場に戻れないと分かった時、それは決定的なものになってしまった。


 水野勝兵は盛岡支局にはいられなくなった。

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