横槍と義憤
《平安陰陽学会》御三家の一つ、蒼炎寺一族が誇る中距離格闘武術。
舞桜の〈桜火〉によって弱っていたとはいえ、強大な妖力を持った
蒼炎寺拳法を扱う者で、あのような芸当を実践できる陰陽師と来れば、まず間違いなくあの
「うむ、……確かに強力な妖ではあったが、俺たちの敵ではなかったな」
春の
「そうだな、健心。
力無く横たわった絡新婦に背を向けて腕を組むのは、三つ子の次男、蒼炎寺
「よしてやれよ、健空。コイツ等だって危ないところだったんだ。あと少し俺たちの到着が遅れていたら、今頃はコレに喰い殺されてたかもしれないんだぜ?」
堅い甲殻に覆われたの妖の残骸の上に着地して舞桜たちを嘲笑うかのように睥睨して来たのは、三つ子の三男、蒼炎寺
顔のよく似た坊主頭が三つ。彼らは自らの戦果を勝ち誇るように揃って仁王立ちしていた。
それだけではない。
彼らに続いて現れたのは、
意外と到着が早かった。
これは、星明が呼んだ《平安会》からの救援。おそらく、蒼炎寺の三つ子が先陣を切ってここへ駆けつけてきたのだろう。
そして、蒼炎寺家に代々伝わる陰陽術によって、絡新婦の妖は頭蓋と甲殻を砕かれ、腹は潰れ、脚は折れ、見るも無残な
「
舞桜が突然声を荒らげ、怒りを隠すことなく三つ子に詰め寄る。
「討伐まであと少しというところでの、明らかな横取り! これは《平安会》の掟を破る規律違反だ!」
彼女が根拠とするそれは確か、他の一族、他の一門の陰陽師が妖を追い詰めた際、その者の許可なく戦闘に介入し、妖に攻撃を加えるような行為を一切禁じる、といった掟だったか。
京都に住む陰陽師同士のトラブルを回避するためにあった取り決めを、先程の横槍は完全に
舞桜は、桜色に揺らめく妖気を怒りに燃やして蒼炎寺の三つ子を糾弾する。
三つ子の長男である健心は、悪びれる様子もなく、冷静な態度で反論を並べた。
「どういうつもりもなにも、俺たちはただ、妖に襲われていたお前たちを助けるために手を貸してやっただけだ。本来なら感謝されて
「助けてもらう必要などどこにあった? 状況は圧倒的に私たちが優勢だった。それは少し見ただけで分かったはずだ!」
妖を憑依させた舞桜は、終始危なげなく絡新婦を圧倒していた。手を貸す必要はどこにもなく、あのまま舞桜一人に任せていても、妖は桜色の劫火に身を焼かれ、必殺の凶弾に魂を撃ち抜かれ、絶命していただろう。
「そうだったのか? 俺たちはてっきり、炎を纏った強大な妖になす術もなく、二人揃って呆然と立ち尽くしているだけに見えたんだがな?」
笑うのを堪えて
「それに、お前の言う掟は《平安会》の陰陽師同士の間で適用されるものであって、協会の陰陽師にまで気を遣ってやる義理はどこにもない!」
続いて、掟の解釈から自分たちの行いに問題はないと主張する次男の健空。
彼らに言わせれば、舞桜はすでに《平安会》の身内ではなく《陰陽師協会》の人間なのだから、獲物を横取りしても別に構わない、と。それに自分たちの見立てでは、舞桜たちの方が明らかに劣勢だった。だから助けてあげた、と。
そういう理屈でしらを切るつもりなのだ。
「……」
舌戦も三対一では分が悪い。公園を取り囲む大勢の陰陽師たちからの圧もあって、舞桜は反論に窮した。
すると、今度は蒼炎寺の三つ子の方が、舞桜と静夜に対して怒りを露わにする。
「そんなことより俺たちは、お前たちの真意を問い
湧き上がる
「そうだ、そうだった! お前たちこそ、これはいったいどういうつもりだ⁉︎」
思い出したように拳を握りしめ、今にも舞桜に襲い掛からんと構えるのは、三男の健海だ。
「……何のことだ?」
話の見えない反転攻勢に舞桜は顔を
公園を包囲している他の陰陽師たちも一様に二人を睨んでおり、不穏な空気を感じ取った静夜は、舞桜に近寄り警戒の体勢を取った。
「身に覚えがないとは言わせないぞ? お前たちは、重傷を負った星明殿を手当てもせずにその場に放置し、妖の追撃を優先したらしいな……。いくら敵対する《平安会》の陰陽師とはいえ、また、自分を捨てた家の腹違いの兄とはいえ、血を流して動けない人間をそのまま見捨てて、
次男の健空は腕を組み、殺意を滲ませた物言いで静夜たちに軽蔑の視線を送る。
どうやら、何か誤解があるようだ。
「ち、違います! 僕たちは決して星明さんを見捨てたわけではなく、彼自身が、手当てよりも妖の追跡を優先しろと、そう言ったので……――」
「見苦しい嘘はやめろ! 俺たちは星明殿から話を聞いて、全部知ってるんだぞ!」
「――ッ! 兄上ッ⁉︎」
静夜と舞桜が同時に星明の方を見る。
血の滲む肩の包帯を苦しそうに抑える彼は一瞬よろけて、隣に控えていた陰陽師に肩を借りて支えられる。随分とわざとらしい所作だった。
『……すまないね』
星明の口元が微かに動いて、口角が自然と吊り上がる。
(あのペテン師……!)
間違いない。星明は、救援に駆け付けた《平安会》の陰陽師たちに、静夜と舞桜が自分を見捨てて妖の追跡に出て行った、と嘘をついたのだ。
自分が怪我をしたことと、流れる血が本物であれば、《平安会》の人たちは、酒呑童子を討伐した英雄の言葉を疑わない。
完全にハメられた。
「……ふん、まあいい。この件についてはまた改めて、お前たちの言い分を聞くことになるだろう。それまでにまともな言い訳をいくつか考えておくんだな!」
健心の忠告を最後に、《平安会》の陰陽師たちは、公園の後始末を素早く済ませて引き上げていく。
静夜と舞桜に向けられる殺意のこもった怒りと蔑みの眼差しは、彼らの姿が見えなくなるまで肌に突き刺さっていた。
「……これはまた、厄介なことになったな」
《平安会》の陰陽師たちが帰ってからようやく、舞桜は自らに集めた妖の気配を霧散させ、憑霊術を解呪した。
最後まで警戒を怠らず、彼らを威嚇していたつもりなのかもしれないが、効果があったかと訊かれると答えは微妙だ。むしろその強気な態度が反感を買ったかもしれない。
(……気になることは他にもある)
静夜は、絡新婦の妖が倒された、公園の中央に目を向けた。
「……二日も続けて、あんなに大きくて強い妖に出会すなんて、何かおかしい。それに今は、妖の力が極端に抑えられる昼間の時間のはずなのに……」
昨夜の
あれほどの力を持った妖が、こんなにも立て続けに現れるなんて、これをただの偶然として片付けるのは、早計で危険な気がする。
「……お前は、この京都で今、何かが起こっていると、そう考えているのか?」
「うん。ただの
「……それは果たして、どうだろうな」
おそらく、舞桜も何かを感じ取っているのだろう。
いくら京都の街が、妖の多い街だとしても、これはおかしい。
不穏な風が、桜の花びらをすくい上げる。
生暖かく、妖しい風が、京都の街を吹き抜けていく。
体に纏わり付くその風に寒気を覚えて、静夜は思わず腕を
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