波乱の予感

 妖花は、タブレット端末に呼び出した情報をもう一度目で攫い、兄たちが求めているであろう内容を吟味して話の整理を始める。


 Sランク陰陽師や、各作戦室の室長には様々な特権が与えられていて、その中の一つに執行部が保管している情報へのアクセス権というものがある。今はそれを使って、水野勝兵の人事ファイルを閲覧しているのだろう。


『どうやらその水野さんにも、かつての萌依さん萌枝さん同様に、いろいろな支部や支局を渡り歩いてきた経歴があるようです。……それも、極めて短期間のうちに、異動や転属を繰り返しています』


「おっと? それはちょっと、印象が良くないんじゃないスか?」


 自分たちのことは棚に上げて、他人の粗探しに良からぬ笑顔を見せる萌依。


「それってつまり、あたしたちと同じくらいの問題児ってことッスねぇ?」


 仲間を見つけたみたいで嬉しいのか萌枝もまた声を弾まる。それは相手の弱みを見つけて悪巧みに思考を巡らせているようにも聞こえた。


『水野さんは三年前の春、地元の大学を卒業したあと、一般公募枠から仙台支部に採用。最初に配属された盛岡支局を半年で離れたあと、仙台支部傘下の支局をいくつか転々として、二年前からは別の地方の支部や支局にも移っています。特務の所属になったのは去年の春からで、特定のチームは組まず一人で仕事をすることが多いみたいです』


「……一般公募枠なんだ?」


『はい。それで、今は特務のAランクなんですから、かなりの変わり種ですね』


《陰陽師協会》には、大きく分けて二つの入り口が存在する。


 一つは、理事会や執行部からの紹介を受けて仕事を得る、推薦枠。

 もう一つは、各地方支部が希望者を募って選考し、採用する、一般公募枠。


 実際に陰陽師として妖などと戦う実動課じつどうかの人間は、ほとんどが推薦枠からの採用であり、本部の人事を受けて各地方支部の作戦室や研究室、そのほかの様々な部署に配属される。例えるなら、全国転勤ありの総合職のようなものだ。


 一方の一般公募枠は、本部とは別に、各地方支部が個別に行なっている選考を受けて採用されるため、必ずしも陰陽師としての能力が求められるというわけではない。書類関係の仕事や経理、様々な手続きを管理する事務課の人間を募集することが多く、支部の管轄を跨いで転勤を命じられることはほとんどない。所謂、地域限定職のようななものだ。


 ごく稀に、一般公募で実動課に所属できる陰陽師を募集することもあるそうだが、それは決まって若干名。


 地方の支部に就職した陰陽師が、現在は理事会直属の特務に籍を置いている。それだけでも十分に異例な経歴だ。


「……本部がわざわざ地方から引き抜いて、さらには京都への派遣に推薦するくらいだから、彼にはそれだけの実績があるってこと? それとも、何か特別な技能があるとか……?」


『それは、おそらく後者だと思います。彼の特異技能の欄には、五行の「水」と書かれています』


「なるほど、五行の使い手か……」


 五行といえば、以前、舞桜の腹違いの兄、竜道院星明が「金」の系統の術を使っていたことが記憶に新しい。実践で五行の術を扱える術者は特務の陰陽師といえども多くはいない。

 人事ファイルに記述があるということは、本部がお墨付きを出すほどの腕前がある、ということなのだろう。


「でもぉ、そういう人ってだいたい、周りと上手くやっていけないんスよねぇ」

「そうそう。変にプライドが高かったり、自分は特別な存在だぁって勘違いしてたりしてねぇ」


 百瀬姉妹は、偏見に満ちた物言いで、水野の人物像を決めつける。

 何か他者とは違う才能に長けた陰陽師ほど、それを鼻にかけた態度を取ることが多いというのはよくある話だ。


 妖花も、そう感じたのかもしれない。萌依と萌枝の言葉を諌めることはせず、むしろ困ったような苦笑いで首を傾げて同調していた。


『うーん、……そういう為人ひととなりが関係しているのかどうかは分かりませんが、一つ気になる情報があります』


「気になる情報?」


 突然、きな臭いことを言うので、その場の全員が眉を顰めて耳を傾ける。


『はい。ただ、これはもしかしたら、水野さんとは全く関係ないのかもしれませんが、……彼が最初に勤めていた盛岡支局を移ったのとほぼ同じ時期に、そこに十年以上も勤めていたベテランの陰陽師が一人、怪我を理由に《陰陽師協会》を退職しているんです』


「退職、か……」


 しかも、理由が怪我だという。


 仕事柄、作戦行動中に陰陽師が負傷することは珍しくもなんともない。中には致命的な怪我を負って止む無く第一線を離れる者だって多くいる。


 確かに、これは妖花の言うとおり、水野とは何ら関わりのないことなのかもしれない。

 しかし、辞めた時期が水野の異動と重なっているという事実が、たったそれだけで彼の経歴に影を落とさせた。


 少なくとも、彼の動向には注意を払っておく必要がある。それが、この先行き不安な食事会に集まった静夜たちの共通認識となった。

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