怪しげな新入生(二人目)
「――へぇ! 先輩って、プロの陰陽師なんスか?」
張り紙に釣られたのか、一人の女子学生が静夜たちに声をかけてきた。
下はホットパンツに黒タイツ。上はTシャツにパーカーを羽織って、リュックサックを背負い、ラフで動きやすい装いをしている。髪はかなり明るく染めており、耳にはピアスをつけていて、少し垢抜けている印象もあった。一見ちぐはぐなように見えて実はまとまっている、不思議な雰囲気を持つ新入生だった。
「あれ? あなたってさっきの――」
「――プロ、と言われるのは少し違うかもしれませんが、一応、悪い妖を退治することくらいは出来ますよ?」
栞の指摘を遮って、今度は静夜が積極的に新入生の勧誘を始める。
「えぇ? ホントッスか? そういう『設定』とかじゃないんスか?」
語尾の丁寧語を略すのは、彼女の口癖だろうか。静夜たちを明らかに疑っている心中が透けて見える。
「本当ですよ? 隣にいる彼女が証人になってくれます。彼女はかなり強い霊感を持っていて、僕が妖を退治したところを実際に見たことだってあるんです」
「へぇ、じゃあお姉さんは、人の背後霊とか、その辺を彷徨ってる亡霊とかが見えたりするんスか?」
「えっと、……それって、さっきも訊かんかった?」
先程別れたはずの新入生がまたやって来て、全く同じやり取りを繰り返そうとしている。栞にはそんなふうに見えた。台詞の文句から声の抑揚まで、その再現度はあまりにも高く、まるで時間が少し巻き戻ったかのようだ。
困惑する栞は、静夜に肘でつつかれてハッとなる。
「……ここは合わせて」
そう言われて、栞は理解が全く追い付かないまま、ただ頷いた。
「え、えっと、よくそういうふうに訊かれることもあるけど、ウチがよく見るんは、動物によく似た妖怪とかやなぁ……」
「へぇ、じゃあお姉さんは、その妖に襲われて危ないところを、この先輩に助けてもらったりとかしたんスか?」
「……う、うん」
「へぇ、かっこいいッスね! もしかして、お二人はお付き合いとかしてるんスか?」
「ううん。そんなことはあらへんけど……」
「えぇ、そうなんッスかぁ……? お似合いだと思うっスけどねぇ? 陰陽師の彼氏とか、頼り甲斐があってステキじゃないッスか!」
「そ、そんなこと言われても……」
まるで機械のように、先程の会話を正確に再現する女子学生に、栞は戸惑いながらもなんとか返事をする。
「まぁ、それも? この先輩が本当に本物の陰陽師だったら、の話っスけどねぇ?」
挑発する視線が静夜に向けられたところで、19歳の青年は彼女の後を引き継いだ。
「本物ですよ? ちゃんとした陰陽術だって使えます」
「へぇ。じゃあ、そこまで言うんなら、何か術を見せてくださいよ、先輩ッ」
女子学生はここでようやくパイプ椅子に腰かける。先程の学生と同じように、寸分違わぬ所作で。
「では、拳を握って机の上において下さい」
「はいッス!」
女子学生が指示に応じると、静夜は先程もやったように持ち合わせの呪符をもう一枚取り出して、そこに相手を拘束するための念を込め始める。
ゆっくり、じっくり、丁寧に法力を練り上げて、術の完成度を高める。
「……」「……」「……」「……」
「……なんか、さっきよりもかなり長ない?」
それだけ気合を入れているということだ。
力を可能な限り全て術に変換しきった刹那を逃さず、静夜は刮目し、唱えた。
「――〈鉄鎖呪縛符〉、急々如律令!」
呪符を差し出された拳に貼り付ける。これで、術にかかった彼女の右手は指の一本も動かせなくなったはずだ。
「……手を、開いてみて下さい」
術が問題なく発動したのを確認してから促してみる。
何もなければ、女子学生は異変に気付いて困惑の表情を浮かべるところだ。その後は、これはすごい、と驚嘆するか、何か種や仕掛けがあるはずだ、と疑って来るかのどちらかだ。
しかし、彼女の場合はそのどちらでもなかった。
「あれ? あれれぇ? おかしいっスねぇ、普通に開きましたッスけどぉ?」
女子学生は、術にかかったはずの右手の拳を、何事もなかったかのように開いて、手の平を見せたのだ。
「チッ!」
静夜が、今度は本気の舌打ちを鳴らした。
「あ〜あ、やっぱり嘘っぱちだったんッスねぇ。ここで拳が開かなかったら面白かったんッスけど、残念ッした!」
得意気にニタニタと笑いながら、新入生は席を立つ。
「それでは先輩ッ、私は次のオリエンテーションがあるので失礼するッス。勧誘活動、頑張って下さいッ!」
静夜に向けて手を振った彼女は、軽やかなステップを踏んで、意気揚々と人混みの中へ消えていった。
「え? ……え? これっていったいどういうこと?」
混乱極まった栞は、頭を抱えて静夜に説明を求める。
「さっきの子がまた戻って来て、もう一回静夜君に術を掛けさせたってこと?」
「いや、さっきの子とその前にブースに来た子は別人だよ」
「え? せやけど、顔も服装も、声も口調も、台詞まで全部一緒やったで?」
「ああいうことをしたがるんだよ、あの二人は。悪戯を仕掛けて、人を驚かせたり、困らせたりするのが好きなんだ」
そして見事に
栞はまんまと悪戯に引っかかり、静夜は二度も拘束の術から抜けられた。
相変わらず、生意気な二人だ。
「……もしかしてやっぱり、静夜君の知り合いなん?」
「うん、まあね。……たぶん次のオリエンテーションが終わったらまたここに戻って来ると思うからその時に改めて紹介するよ。間違いなくあの二人が、妖花が送り込んだ京都支部の新メンバー。……《陰陽師協会》
予想された通りの人選。
まったく、面倒な二人をよこしてくれたな、と静夜はこの悪戯に加担したであろう銀髪の上司に向かってため息をついた。
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