第1話 新学期

大学生の新歓活動

 大学のキャンパスが最も活気づく季節。春。


 オリエンテーションの資料がいっぱいに詰まった紙袋を片手に、キョロキョロと視線を泳がせ、人の波に流されながら、揉まれながら、広い構内を右往左往する新入生の姿は初々しく、また、上回生たちは自分たちのサークルを宣伝しようと、声を張り上げてビラをばら撒いている。広場に設置された仮設ステージでは、ダンスによさこい、楽器の演奏、ダブルダッチのパフォーマンスなどが披露され、学生たちの注目と喝采を集めていた。


 見事な満開を迎えた桜の花が街中を彩り、風に舞い上がる花びらは、学生たちの入学と進級を祝福するかの如く降り注ぐ。行き交う若者たちの表情は、新たな出会いの予感と新生活への期待に満ち溢れて、輝いていた。

 そんな、誰もが心躍らせる新学期の興奮を、どこか冷めた視線で眺めている青年は、大きな欠伸を手で抑えて伸びをする。


「……眠い」


「せやね~、今日はお日様の光が気持ちええもんな〜」


「……人も来ない」


「せやね~、やっぱり、用意したビラの数が少なかったのかもしれへんなぁ〜」


「……もう帰っていい?」


「それはあかんで、静夜君。先輩たちにブースは任せたでって言われたやろ?」


 暖かな陽光の差し込む桜の木の下で、パイプ椅子に腰かけた月宮静夜は長机に突っ伏して気だるげな声を漏らしていた。その隣では同期の三葉栞がペットボトルのミルクティーを飲みながらお菓子をつまんでくつろいでいる。


 新学期といっても、新入生が入学して早速講義が始まるわけではない。

 入学式からの約一週間は、新入生へ向けてのオリエンテーションやガイダンスが行われ、上回生はその間、サークル活動への勧誘や講義の時間割を組むなど、本格的に大学が始まるまでの準備を整えるのだ。


 この期間を、静夜たちの通う大学では『ウェルカムウィーク』と呼び、大学からの認可を得ているサークルや団体は、長机や椅子などの備品を借りて、入会希望者へ向けた説明会を催すための簡易的なブースを設置することが出来る。


 静夜と栞が所属する民間伝承研究会みんかんでんしょうけんきゅうかいも、他のサークルと同様に朝からビラを配り、ブースを立ち上げ、期待の新人の登場を待ち構えている。……のだが、彼らのところで足を止めたり、話を聞きに来てくれたりする学生は、今のところ一人もいなかった。まさに閑古鳥が鳴く有様である。


「よろしくねって言われても、先輩たちはビラ配るだけ配って、終わったらすぐにそれぞれが掛け持ちしている別のサークルの方に行っちゃうし、一番肝心なブースでの説明は二回生になったばかりの僕たちに丸投げって、正直に言って薄情過ぎると思うんだけど?」


「まあ、それはしょうがないんとちゃう? サークルによう顔出すメンバーの中でこのサークルにしか入ってへんのってウチらだけやし、こっちをメインにして活動しとる人は少ないさかい……。それに、この適当な感じがこのサークルのええとこっていうか、空気感の表われやと思わへん?」


「それは、……まあ、確かにそうかもね」


 民間伝承研究会。名前だけを聞くと何やら堅苦しくて小難しい硬派な印象を受けるかもしれないが、その実態はただのオカルト好きが集まって自由気ままな活動を行うだけの、一種のイベントサークルである。


 日頃は主に、部室となっている学生会館の一室で怪異譚や都市伝説の話で盛り上がったり、ホラー映画を鑑賞したり、話題のホラーゲームをプレイしてみたり、何でもない話を永遠と続けて駄弁っていたりして貴重な青春の時間を浪費している。

 大学の外では、交友を深めるための飲み会や小旅行などの企画を実施し、去年の夏休みは有名な心霊スポットにドライブへ出掛けて、ちょっとしたハプニングに見舞われたりもした。


 このように、当サークルには明確な目的や中心となる活動がなく、イベントへの参加も個人の自由意思に任されているため、他のサークルとの掛け持ちは当たり前。むしろほとんどの会員は、気が向いた時に少し顔を出して、暇つぶしや息抜きをするための都合のいい居場所としてこのサークルを利用している。

 よって、他のサークルとの掛け持ちをしておらず、かつ幽霊部員でもない三葉栞に新入生の勧誘を一任されるのは必然的なことだった。人手のことを考えると、彼女と最も親交のある静夜がその手伝いをさせられることになるのもまた然り。


 それに、サークルの会長である三回生の先輩までもが、自分が所属している別のサークルの勧誘を優先させるほどの適当具合なのだ。

 最初から、たくさん会員を増やそうなどとは考えていないのだろう。


「でもさ、さすがに成果が何もなしでは悲しすぎるよ。せっかくビラとか作って準備したんだから、せめて一人か二人は新入部員を確保しないと、この時間と労力が報われない」


 手伝いを引き受けた静夜だって暇ではない。他にやるべきこと、やっておきたいことはいろいろとあるのだ。それを今はひとまず脇において、わざわざ時間を作ってこうしてサークルの勧誘活動に参加しているのだから、少しくらいは結果が欲しいというもの。


「ふふん。それやったら、ウチに任せとき! とっておきの秘策があんねん!」


 すると突然、栞が急に得意気な顔になって鼻を鳴らした。

 期待に胸を膨らませるような彼女の笑顔が、静夜にはかえって不吉に思える。


「じゃじゃーん!」


 と、栞が鞄から取り出したものを見て、静夜は自らの直感が正しかったのだと思い知った。


「……し、栞さん、まさかそれ、本気……?」


「本気も本気! 大マジやで?」


 困惑する静夜に対して、栞は真剣な表情で目を爛々らんらんと輝かせていた。


『普通の人間には興味ありません! 霊感のある人、大募集! 私たちと、本当にあった不思議な体験を語り合ってみませんか?』


 一昔前のアニメの名台詞をパロディしたような歌い出しの宣伝文句。ペラペラな模造紙の隅をご丁寧に布テープで補強して、彼女の達筆な文字で書かれたそれは、かなり気合の入った大きな横断幕の張り紙だった。


 それだけではない。さらに二つ、会議の名札のように折り曲げて三角柱にした厚紙には、


『私には強い霊感があります』


 と書かれたものと、


『僕はプロの陰陽師です』


 と書かれたものが用意されていた。


 まさか、これでブースの前を通りがかる新入生たちの興味を引こうというのか。


「よし、これでバッチリや!」


 ……そのまさかのようだ。


 栞が自分で準備してきた養生テープで長机に例の模造紙を張り付けると、それはなかなかのインパクトを発揮して、それまで静夜たちのブースには見向きもしないで素通りしていた学生たちが、一見ネタにしか思えないその文言を驚いた顔で二度見して、――


 ――失笑を漏らして通り過ぎて行った。


「ほら! なんかええ感じに注目を集めとらへん?」


 ……なぜ、あの可哀想な人たちを見るような憐れみの視線を、好感触と捉えることが出来るのか。


 栞も大概、新学期の浮かれた雰囲気にはしゃいでいるのかもしれない。


(……この張り紙を面白がって、変な人ばかりが寄ってきたらどうしよう……)


 静夜の心配事がまた、一つ増えた。

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