第2話 スキー日和に落ちる影
思いがけない珍客
ロイヤルスイートの豪華な朝食を楽しんだ静夜たち一行は、迎えに来た吉田に連れられ、ホテルの地下にあるレンタルサービスの受付へとやって来ていた。
ここで、今日これから使うスキー板やスノーボード、さらにこのホテル『フォックスガーデン』ご自慢のスキーウェアを一式全て借り受けるのだ。
他の客たちが列を作っている横を通り抜け、奥の部屋へと案内された静夜たちは、どこまでもVIP待遇のようだ。
「スキー板とスノーボードは両方ご用意しておりますので、どちらでもお好きな方をお楽しみ下さい。ウェアの方は、皆様から事前にお聞きしたサイズでいくつかデザインの違うものをご用意致しましたので、こちらの中からお好きなものをお選び下さい」
ずらりと並んだウェアや板、その他の装備品はどれもカラフルでスタイリッシュなデザインだ。そして、その全てに雪と狐の紋様があしらわれている。
「まさか、ここにあるもの全部に『フォックスマジック』が掛けられとるんやろか?」
「板とストック、あとゴーグルは違いますが、ウェアはもちろん、手袋やニット帽、ネックウォーマー、スキー靴の内側の素材など、可能なものには全て当社自慢の魔法が施されております」
栞の溢した驚嘆に、吉田が得意気に答える。
見渡す限りのブランド品。しかも、これらすべては非売品で、種類のわりに数はそこまで多くないという。希少価値もあるこの特別なウェアを着られる人間は、本当に選ばれた者だけになるのだろう。
《スノーフォックス》のファンであれば、誰もが飛び跳ねて歓喜し、感動の涙で瞳を潤ませるところ。しかし、『フォックスマジック』の秘密を知ってしまった今の栞は、最早素直に喜ぶことが出来なくなっていた。
「あ、あれ? みんなどうしたんだよ。朝食のあたりから全体的にテンションが下がってないか?」
みんなの反応が思った以上に寂しくて、康介は戸惑い、慌てている。
「……う、うわぁ、すごい! スキーとスノボ、どっちか選べるんやね! ウチ、スキーは家族旅行とか学校の研修とかでやったことあるんやけど、スノボはやったことなくって、これを機にチャレンジしてみようかなぁ! 妖花ちゃんはどっちにする?」
重くなりかけた空気にハッとなって、栞は思い出したように大袈裟なリアクションを取った。
突然水を向けられた妖花は、静夜の陰に隠れたまま覗き見るように飾られたウェアや板を見回す。
「そ、そうですね……、私もスキーに来るのは本当に久しぶりなので、栞さんとご一緒してスノボをやってみるのもいいかもしれませんね……」
「お! じゃあぜひ、俺にスノボのレクチャーをさせてくれよ! こう見えても俺、結構上手いんだぜ?」
「確かに、康君はスノボとか
「う~ん、なんだかんだ言って、最低でも年に二回は行ってるかな。だから、スキーでもスノボでも、ドーンと俺にお任せあれよ!」
「頼もしいですね、坂上さん。それでは、ぜひ、よろしくお願いします」
胸を叩く康介をおだてて、妖花が頭を下げる。今は笑顔を作るのも大変そうだが、遊んでいれば少しは気も紛れるだろう。
「静夜と舞桜ちゃんはどうする? 二人もボードにするか?」
「ケホ、ケホ……、……やはり、最近の流行りはスノーボードの方なのか?」
問いを問いで返す舞桜。薬を飲んでもまだ咳は治らないようだ。
「まあ、若い子の間ではスキーよりもスノボの方が断然人気だな。やっぱカッコいいし! 舞桜ちゃんは両方やったことないんだろ? どうせ始めるなら、スノボからでいいんじゃねえか?」
「……そうだな、じゃあ私も――」
「ダメだ。舞桜はスキーにしなさい」
勧められるがまま、舞桜がスノボの板を手に取ろうとしたところで、静夜がいきなり横から口を挟んだ。
「……何故、お前が勝手に決めるんだ?」
不服そうに舞桜が問う。静夜は一呼吸おいて、諭すような口調で理由を語り始めた。
「確かに最近はスキーよりもスノボの方が主流なのかもしれないけど、どっちが危ないかって聞かれたら、断然スキーよりスノボの方だ。怪我したくなかったら、大人しくスキーにしておいた方がいい」
「そこまで言うのはさすがに偏見なんじゃねえか、静夜。大丈夫だよ。いきなりそんな難しいコースになんか行かねぇし、俺もちゃんと教えるからさ!」
「康介は舞桜の運動音痴っぷりを知らないからそんなことが言えるんだよ。正直、僕に言わせればスキーにしたって危ない。止まれずにどこまでも滑り落ちて行く様が容易に想像できる」
「え? 舞桜ちゃんってそこまでなの?」
「静夜が勝手に言ってるだけだ」
「いいや、事実だ。それに、スキーよりスノボの方がカッコいいからってだけの理由で、スキーの方が選ばれなくなるのは、なんか気に入らない」
「やっぱり静夜の偏見も混ざってるじゃねぇか」
「偏見ですが何か? それとも、スノボを選ぶのに、カッコいい以外に何か高尚な理由があるんですか?」
「それは選ぶ人の自由だろうが……」
開き直った静夜の態度に、康介は思わず苦笑いを浮かべる。
「……どうしたん静夜君、あんなムキになって」
「きっと、同世代の人がみんなスノボに流れて行くので寂しいんですよ。子供の頃に家族でスキーを楽しんだ経験がある分、スキーをしてくれる仲間がいないから捻くれているんです」
「ど、どないしよう、ウチもスキーにした方がええんやろか?」
「気にしないで下さい。普段、公の場で口にするには憚れるようなことを、ただ口に出して言いたいだけだと思うので」
「静夜君って意外に子供っぽいところもあるんやね。そんで妖花ちゃんは、やっぱりお兄さんのことをよう分かっとるね」
「義理とは言え、兄妹ですから」
兄が貶されているというのに、妖花は少し嬉しそうに微笑んでいた。
「そんなことより、とばっちりを受けて意見を捻じ曲げられた私はしっかりと実害を被っているわけだが?」
「舞桜さんは、ご自身の運動神経と周りのお客さんたちの安全をよく考えてから決めた方がいいんじゃないですか?」
「それは遠回しな言い方で、意訳するとスキーにしておけって意味にならないか?」
「まあまあ舞桜ちゃん。妖花ちゃんも」
「すみません。煽るようなつもりはなかったんですが……」
「いや、僕も妖花さんの言う通りだと思うな」
突然そこへ割り込んで来たのは、嫌味のない、爽やかで気品に溢れる穏やかな青年の声だった。
聞き覚えのある声だ。京都を離れたこのスキー場で聞くにはあまりにも意外なその声に、静夜と舞桜、そして、妖花と栞までもが目を見開いて、乱入者の方を見やる。
「申し訳ありません、お客様。こちらは特別優待券をお持ちのお客様限定のお部屋となっておりますので……」
康介たちの為だけに用意されたこの場所に、自然と足を踏み入れて来た彼を吉田が制止しようとする。だが、
「ああ、すみません。友人と、それに妹の声が聞こえて来たもので、思わず……」
「い、妹?」
落ち着いた態度の彼を訝しむように、康介は首を傾げる。
静夜は、友人とはいったい誰のことを指しているのか、と疑問に思いながら、その人物にあからさまな敵意を向けて問いかけた。
「どうしてあなたがこんなところにいるんですか? 竜道院星明さん」
「り、竜道院?」
その名を聞いて康介が驚くのは至極当然な事だろう。
「申し遅れました。僕は竜道院星明。そこにいる竜道院舞桜の兄です」
初対面の康介や吉田に向けて深々と頭を下げて挨拶を述べたその青年はまさしく、《平安陰陽学会》の御三家に数えられる竜道院家の次男の長男。去年の大晦日に静夜と苛烈な一戦を演じた舞桜の腹違いの兄、竜道院星明その人だった。
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