幕間 狐の恩返し①
運命の出逢い
昔々あるところに、怪我をして倒れた狐がおりました。
狐は深く傷付き、雪のように白く美しかった毛並みは流れた血で汚れ、黒いまだら模様になっています。立ち上がる力は既になく、吹雪が吹き荒れる真冬の雪山の中で、狐は生まれて初めて、己の死を覚悟しました。
すると、そこへ一人の人間の男が通りかかりました。
雪と風で前がよく見えず、道に迷っていたのでしょうか。ふらふらと頼りない足取りで男は狐の方へと歩いて来ます。
男が狐を見つけたのは、本当に偶然でした。おそらく、吹雪で覆われた真っ白な視界の中に、血で出来た黒いまだら模様が目立って見えたのでしょう。
血だらけの狐を見た男は、これは大変だ、と言って一人で騒ぎ出しました。そして、自分の服の中に狐を抱きかかえると、先程とは打って変わって力強い足取りで、また歩き始めたのです。
男は幸いにも、小さな山小屋を見つけ、そこで吹雪をやり過ごすことにしました。気付けば日も落ちて、辺りは徐々に薄暗くなっていました。
山小屋に置かれていた救急箱を使って狐の手当てをしながら、男は、お前も災難だな、と笑って語り始めました。
どうやら男は、この近くにあったホテルとスキー場を売却するためにここを訪れたようです。簡単な土地の調査をするため、山の中を歩いていたのですが、いつの間にか仲間とはぐれ、道に迷い、吹雪で帰れなくなってしまったのだとか。
とんだ間抜けです。
男の一人語りを黙って聞いていた狐は、男の事を馬鹿にしながら同時に、自分は彼の優しさに救われたのだと気付きました。
男は、自分が遭難しているにもかかわらず、倒れた狐を見つけると迷わず拾い上げ、見捨てることなく助け、拙い手つきで治療を施してくれたのです。
気付けば、狐の身体から傷の痛みは無くなっていました。
日が完全に沈んで、夜が更けても、吹雪は収まりませんでした。寒さは一段と厳しくなり、今度は男の方が命の危険に晒されました。
体温は低下し、身体の震えは止まらなくなり、意識は朦朧とし始めます。こんなところで寝てしまうと男は間違いなく凍死してしまうでしょう。
男は何とか意識を保とうとしましたが、所詮はただの人間です。冬の雪山の脅威に勝てる道理はありません。
本当に馬鹿な男だと、狐は思いました。
男は、薄れゆく意識の中で、全身が何か温かいものに包まれているような心地を感じました。凍り付いた心までもが、朗らかに溶かされていくようです。
襲い掛かる睡魔に必死に抵抗していた男は、その温かさに安堵すると一気に身体から力が抜けて、心地の良い眠りの世界へと落ちていきました。
翌朝、男は生きたまま、無事に眠りから目を醒ますことが出来ました。吹雪は収まり、暖かな朝日が昇って、眩しい光が雪に覆われた銀世界を照らしています。
狐の姿はどこにもありませんでした。
男はその後、一人で山を下って村の人に助けを求め、奇跡の生還を果たすことになります。
たった一晩の、不思議な体験でした。
雪ノ森冬樹。当時23歳。
それが、二千年を生きた九尾の妖狐、『果て無き
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