月宮流陰陽剣術

 妖花は強い。それは静夜の身内贔屓ではなく、陰陽師の世界に身を置く誰もが認める実力である。半妖である彼女は元々の身体能力も高く、加えて義父から受け継いだ霊剣と月宮流陰陽剣術の腕は一流。《陰陽師協会》も認めるSランク陰陽師の称号は伊達ではない。


 しかし、対する舞桜の動きは妖花に負けず劣らず、常軌を逸していた。


 桜色の髪を靡かせ、縦横無尽に仁和寺を駆け回る少女は、妖花の渾身の斬撃を素手で受け止め、目にも止まらぬ速さで背後を取ると、回し蹴りを叩き込み、妖花の身体を吹き飛ばす。

 その筋力、瞬発力、反応速度は既に人間のそれではなかった。


 舞桜に蹴り飛ばされた妖花は受け身をとって踏み止まる。予想外の威力に妖花は冷や汗を拭って不敵に微笑んだ。


「……確かに、これは思っていたよりも凄まじい力ですね。まさか素手で私の覇妖剣を止めるとは、驚きました」


「ふん、月宮流陰陽剣術でもない、ただの斬撃を防いだだけで褒められても嬉しくないな」


「うん? これもれっきとした月宮流陰陽剣術ですよ?」


「戯言を。お前は八の型を防御に使うだけで、攻撃の時は何の型も使っていない。手加減のつもりなのか?」


 舞桜は侮られていると感じたのか、不快な表情を隠さず妖花を睨む。その剣幕に、妖花は不思議そうな顔で首を傾げた。


「舞桜さんは、兄さんから月宮流陰陽剣術について何も聞いてないんですか?」


「これといって何も……。だが、聞かずとも有名だ。月宮流陰陽剣術は二振りの霊剣と十二通りの型を伝え、人も妖も災いも、時には神すらも斬ると言われる、最恐の剣。陰陽師の世界で月宮の伝説を聞いたことがない者はいないとも言われている」


「へ、へえ、そんなにすごいんや。静夜君たちの一族って……」


「いや、それは他の陰陽師たちが好き勝手に言ってるだけであって、実際はそんな大したものじゃないから。それに僕と妖花は月宮の生まれじゃないし……」


 舞桜の話に、栞は驚いて息をつき、静夜は恥ずかしくなって目を逸らす。それに、


「兄さんの言う通り、残念ですが、舞桜さんの説明は全然違います」


 妖花は正眼に構えていた覇妖剣を払い、刃を包んでいた黒い闇のような霊気を消し飛ばす。銀色の刃が露わになると、それは鋭く妖しく月光を弾いて輝いた。


「そもそも、月宮流陰陽剣術に『十二通りの型』は存在しません」


「は?」「え、そうなん?」


「うん、そうだよ?」


 月宮一族最後の生き残りから直々にその剣術を学んだ二人は、剣術の神髄にも思える「型」をあまりにもあっさりと否定する。


 耳を疑う舞桜と栞に、妖花はもう一度、覇妖剣を構えて見せた。


 刀身に呪詛を込めると、霊気は黒い闇となり刀身を覆う。


「月宮流陰陽剣術とは決して折れない不屈の刀を作り出す呪術の一種です。……このように刀に呪詛を込めることで刀身を強化し、攻撃をより速く、より重く、より鋭く切れるものへと変貌させる。如何なる防御もものともせず、仇なすすべてを斬り裂く一閃。それを繰り出すことが月宮流陰陽剣術の神髄です。……むしろそれさえ出来れば、型が無くても立派な月宮流陰陽剣術なんです」


「せやったら、型は何なん?」


「「型」は、月宮一族の後継者たちが戦乱の時代を生き抜く中で、後から生み出され、伝えられたものだと聞いています。「型」によって剣術は体系化され、さらに進化しましたが、別に使えなくても月宮流陰陽剣術を名乗ることは出来ます。義父さんによれば、歴代当主の中には「型」を半分も使えない方もいたそうです」


「……そ、そんなんでええの?」


「平和な時代は、別にそれでもよかったんじゃないかな? でも、「型」が出来たことで月宮流陰陽剣術は一つの流派として広く知られるようになったとも言われている。だから、あまり疎かにしていいものでもないと思うよ?」


 静夜の補足説明に妖花は苦笑いを浮かべた。


「それくらい私も分かっていますよ、兄さん。私が言いたかったのはつまり、「型」を使わなくても月宮流陰陽剣術は十分に強い、ということです。……ですが、私の「型」が見たいと仰るなら、期待に応えることもやぶさかではありません」


 今度は舞桜の方を見て挑発的に告げる。

 その気迫に舞桜は生唾を一つ飲み込んだ。


「……来い」


 腰を低く身構える。妖花はそれを受けて、


「……では、」


 と、覇妖剣を大上段に振り上げた。


「――月宮流陰陽剣術、一の型・〈夢月むつき〉!」


 すり足の動きから一瞬。妖花は間合いを詰め、闇を纏った霊剣を振り下ろす。

 舞桜は目を見開き、大きく飛び退いて回避した。


「――月宮流陰陽剣術、六の型・〈水薙月みなづき〉!」


 着地した舞桜を追って今度は刀から衝撃波が放たれる。飛ばされないように必死に踏み止まるが、動きは止まった。妖花は再び間合いを詰め、もう一度大上段から刀を振り降ろす。


 迎撃が間に合わないと判断した舞桜は咄嗟に叫んだ。


「――我が身を隠せ!」


 言霊に命じると、少女の姿は闇に消え、気配も敵意も虚空に霞んで掴めなくなる。

 静夜が使う〈擬心暗鬼ぎしんあんき〉の結界と同じ、隠形の術だ。


 覇妖剣は虚空を裂き、妖花は相手の気配を探すべく意識を集中させた。


 突然、背筋に悪寒が走って振り返る。七時の方向。覇妖剣を翳すと、飛んで来た銃弾が弾かれ火花を散らした。次は三時の方向から二発の銃弾が放たれ、妖花は再び覇妖剣で斬り、これを防ぐ。


「ま、舞桜ちゃんはいったいどこにおるん?」


「わ、分からない。銃声まで完全に隠すなんて、僕でも無理なんだけど……」


 言霊を使った完全消音結界。あまりの力技に静夜は呆れた声を漏らす。


 結界術を得意とする静夜ですら、現代陰陽術の発動に伴う銃声までは隠せない。さらに言うと、妖花のように、気配を掴めない相手の背後からの無音の銃撃を躱しきるなんてことはもっと無理だ。


 半妖の陰陽師と、妖を纏った陰陽師。二人の対決は異次元に過ぎる。


 そして、妖花の翠色の瞳が、気配を捉えた。


「……そこです!」


 鮮烈なる一撃。刃は舞桜の結界を掠め、切れ目から驚愕に染まる朱色の瞳が現れる。


「チッ!」


 舌打ち。さらに銃声。妖花は身体を逸らして躱す。袈裟懸けに覇妖剣を振るうが、舞桜もこれを躱す。舞桜は距離を取るために飛び退き、妖花はこれを追って、刃に込める呪詛を変える。


「――月宮流陰陽剣術、三の型・〈矢宵やよい〉!」


 鋭い一突きは、届かなった。


 舞桜はこれを好機と見て、妖花の額に銃口を突き付ける。しかし、


 ――刺突は、舞桜の左肩を穿ち、貫いた。


 銃を落とし、後退る舞桜。ならば、と右手に呪符を取るが、その時にはもう首元に覇妖剣の刃が当てられていた。


「……勝負あり、ですね」


 にっこりと笑って勝利宣言をされ、舞桜は力を抜いてため息をついた。


「……何? 今の」


 一瞬で決まった勝敗。栞は唖然としたまま口を開いた。


「三の型・〈矢宵〉。……切先から呪詛を飛ばして、間合いの外にあるものにまで突き技を届かせる呪い。横に動けば躱せたんだけど、それが出来ないタイミングだったね……」


 それでも、妖花を相手に舞桜は十分に健闘したといえる。「型」による攻撃を二度躱しただけでも褒めてやる価値はあるだろう。

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