第35話 それでも世界は回っていく
「まさか願う途中でいたたまれなくなって、世界の改変を拒否るとは。どこまで中途半端です? この人間」
「仕方あるまい。下手に優しさが出てしまうのも、人の性。いや
「優しい優しくない以前にさ! すぐさま儀式を実行するのが悪いんだよ! 普通は一間置くでしょ!」
俺の部屋で、共に協力プレイに勤しむキンマとシシリーへ、つい声を荒げてしまった。
今日は7月1日、学校の身体測定を終えての夕食時。
世界は以前変わらぬまま……つまり俺の元あった世界は戻らず、依然として神様は俺の部屋でゲームに勤しんでいた。
確かに彼女たちの言う通り、世界を元に戻す直前、俺の決意は鈍った。
あのまま元に戻ってしまていいのか? と言うよりも、マミヤさんの件があった手前、これからのキンマたちの動向にあらゆる雑念が芽生えてしまい……結果、俺のどっち付かずな願いは果たされることはなかった。
しかし果たしてこれは、俺だけの責任だろうか⁉︎
神様も薄々、俺の心を感じ取ったのだろう。コントローラーをカチカチ鳴らし、キンマは一瞬だけ申し訳なく。
「まあその、部下の件もあったのでな。こちらもいたたまれなく」
「お前も人のこと言えねえじゃねえか⁉」
そんな理由で、あんな威厳たっぷりに仕切ってたのかよ‼
「春吉様、責められるべきは私です。私が貴方の祈りを妨げてしまったがために」
台所から作業を投げ出し、頭を下げてくるマミヤさんに、俺は高速で手を振った。
「いや、それはそのマミヤさんのせいってわけじゃ! あのまま別れになってしこりが残っちゃうのはいろいろとまずいでしょう? 俺はマミヤさんが心配で!」
「は、春吉様」
何処となく頬を赤らめて俯く彼女。
あれ? 今までと反応が違うような……。
「ぷーっくっく! 女性の涙に弱い。童貞の鏡ですか貴方?」
「マミヤさんにまんまと乗せられて、簡単に神の意思を裏切ったお前が何を言う⁉」
「う、裏切ってませ~ん! アレはあくまで、ボゼに操られてただけで‼」
「今更ごたごた抜かすでないシシリー! ああ、ボスの攻撃が⁉」
プレイヤーの動揺が、そのままゲームに伝わる。
結果、テレビ画面にゲームオーバーの文字ができ上がった。
「やはりシシリーでは無理じゃ! 春吉、共に戦え!」
「ま、待って下さいキンマ様! 今一つ! なにとぞ私にチャンスを‼」
「それよりもだ! このままってわけにはいかないよな⁉ ちゃんと世界は元に戻せるんだよな⁉」
今一度、突き詰めるべき箇所をはっきりとさせたい!
もうマジムンなる『バグ』はこの世界に存在しない。なれば神の力は、なんにも阻害されることなく実行できるはずなのだ。
彼女たちとは別れる前のしこりを充分に解消させ、そして今度こそ俺の世界の復元を願おうと……。
「はっきり言ってよいか? 無理、全く目途が付かん」
しかしキンマは軽い調子で匙を投げた。
は?
一体こいつは何を言っている?
「バグであるマジムンが消滅すれば、改変も自由になると思っておったのだが……この3日で状況が変わった。我々の世界が馴染みすぎた原因か、最早きっちり二つに隔てられなくなってしまった」
「ど、どういうことだよ? だってここは、お前が創った世界なんだろ? だったら!」
「正しく言うとな、お前が倒してきたマジムンたちは、言わばこの世界の設計図みたいなものじゃ。『基準』であり『物差し』であり、そして『原材料』でもあった。じゃが彼らの亡骸は消滅してもう無い。設計図が無ければ正確な世界に分けられないのじゃ。今の世界はまるで、コーヒー牛乳のように混ざりあっている」
「つまりは……俺の元有った世界は、一生戻らないってこと?」
三人は同時に頷く。
…………………………………………マジで?
頭がショートしそうだ。故に何も浮かばない。
「まあ結局のところ、困ってるのは春吉さんだけですし。別にいいんじゃないですか? 他の人間たちが何事も無く幸せなら、それでいいでしょう!」
「そんな孤高のヒーローになった覚えはない! それじゃあ、この世界はちゃんと運用できてんのか⁉ バランスとかその他諸々!」
「それがの~そううまくいかんのが世界創りじゃ。弊害は生まれる」
「弊害? ま……、まさか⁉︎」
「『マジムン』じゃよ。奴ら性懲りも無く、しかも今度は膨大な数に膨れよった。こりゃ潰していくのに時間が掛るのう」
「待ってくれ……もう俺はごめんだぞ? 戦う目的が無い。世界が変わらないんじゃ、何も‼︎」
「そうは言っていられん。奴らを打ち倒せるのは、神の恩恵があるお主のみ。それに放っておくと、奴らはどんどんこの世界に歪みを生み出していくぞ? まるで疫病のように……。お主も慣れぬうちに、世界が二転三転するのは嫌じゃろ?」
するってーと何か?
世界は元には戻らないけど、戦わなければ、さらに生きづらい世界になっちゃいます~と? そう言いたいわけかこの神様。
「はは、はははははは……っ!」
「あの、春吉様?」
心配そうに声を掛けるマミヤさん。
それだけ今の俺は壊れたように見えるのだろう。大丈夫、俺も自覚しています。
自覚しているからこそ、もう流れに身を流すほどに、やけになれた。
「こうなったらやってやるよ‼ もうマジムンだか神だかとか関係ねえ! せめて、せめて俺の生活を奪わせないために! これ以上手放してやるもんか‼」
「その意気じゃ春吉! 早速じゃが西の森からマジムンの気配じゃ! 今回からはハルハルのステータスにいろいろと改善しておいたぞ! それらを駆使して今すぐこれを対峙してまいれ!」
「おっしゃあああああ行ったるぞ! マミヤさん、シシリー! いつも通り俺に着いてこい‼」
「は……はい! 私が護り通してみせますよ、春吉様!」
「ちゃっかりねつ造しやがったよ、コイツ」
勢いは留まることなく、激情は高々に敵へと向けられる。
待ってろよマジムン共! お前たちの好きなようにはさせねえからな‼
………………………………………………………………………………はぁーー……。
俺の世界は突然に生まれ変わってしまった。
「キンマ様やりましたよ~! 私、シシリー華麗に『マータンコー』を討伐しました~!」
神の何気ない悪戯。
いや、世界ってのは意外にもそうやって生まれ出て来るものかもしれない。
「夕食の支度を続けないと! すぐにお持ちしますので~」
その偶然の産物が、神ですら予期せぬ法則を生み出す。
ほとほと欠陥だらけではあるのだが…………。
「春吉! お主に疲れている暇はないぞ‼ 速くわらわに協力せい! このボス面を今日中にクリアするのじゃ‼」
本当はあの時。世界の改変を拒否した時。
キンマたちの前では恥ずかしくて事実を濁したが、本音は違っていたのだ。
今ならば分かる。
俺は、『元の世界に戻る』ことよりも、『キンマたちと居る日常』を無意識に選択したのだと。
俺に楽しみを…………。
ゲームを介して教えてくれた仲間に、巡り合わせてくれたこの世界へ……少しは感謝もしていたのかもしれない。
「分かったよ」
そうやって俺は――今日も今日とて、キンマからコントローラーを受け取るのであった。
もしも世界が生まれ変わるなら…… ホオジロ ケン @oosiro28
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます