第34話 世界の復元は……

 人生は苦難の連続である。


 親は頑固な人間で、昔から自由が少なかった。

 頑張って進学校に入学できたのはいいけれど、毎日勉学には四苦八苦している。

 そのうえ神様のわがままに付き合ったり、世界が根本から塗り替わってしまったり、各地に居る元凶の怪物と戦ったり、仲間であるはずの者たちから邪魔を受けたり、ETC……。

 本当に、前半の苦労がまるで羽のように軽い出来事だ。

 ここ最近は、夜中に獣の鳴き声が響くのだって普通だし。



 でもそれも頑張りの甲斐あり、改善の目途が生まれてきた。

 ようやく、ようやく狂った世界にピリオドを打てる。


 俺、宇良うら春吉はるきちの知っている、本来の世界に。




『7月1日、今日の天気予報です。朝から夜にかけて一日中晴天に恵まれます。夏の初めともあり、水分補給には充分に気を付けて下さい』 


 ニュースキャスターが、フリップボード上の沖縄地図を交えて解説し、視聴者に注意を促す。

 もうすでに各地の気温は30度を超え始め、本格的な夏の到来を予感させた。

 俺は食パンを急いでかじり、左上に表示された時刻に従って、登校を始める。

 いつも通りの通学路を通い、いつ戻りにバス登校。

 やがて見える、我が学び舎の校庭。


「お~っす、春吉」


「あ、おはよう昌司しょうじ


 穏やかな時間が流れていた。

 学園生活、今日の始まりは、野外授業。

 先月の雨天中で滞った身体測定があった。

 100メートル走や立ち幅跳びなど、軒並み平均値より少し低い結果しか残せない俺にとって、余り熱意を燃やすことのできない授業である。


「あらあら、春吉さん。随分とへばっていることね。とてもヘンテコな顔をしていますわよ?」


西条さいじょうさんこそ、そんなに顔を青くして。それでも嫌味は欠かさないんですね」


「ああもう、うるさいですことよ! あの忌まわしい日光さえなければ!」


 などと、自分用に用意したパラソルに隠れ、シークワーサージュースをストローで飲み込んでいく西条さん。

 誰もが羨ましそうに眺め、俺も半眼で唾を飲み込んだ。

 金持ちだからって、こんな待遇が許されるんだろうか? 今更ではあるんだが。


「まあいいですわ。私は汗くせ流して必死に足掻く貴方を、ここから見物するとしましょう。さあ、速く頑張ってきなさいな」


 ふふん! とふんぞり返る彼女に、俺はふと思う。

 あのコントローラーを使えば、その顔も晴らすことができる記録を叩き出せるのに――と。

 考えた間際で、俺たちに妙な風切り音が鼓膜を揺さぶった。



 拳ほどの黒い鉄球が、西条さんのパラソルを破砕し、そのまま突き抜けていったのである。



「ちょ! なんですの⁉」


「ああ、すみませんお二方! 大丈夫でしたか?」


 そう言って駆けつけてきたのは、砲丸投げでその鉄球を投げ込んだ張本人。


 マミヤさんであった。




 時間は6月30日、昨日の夜に戻る。


 最後のマジムン――ボゼの討伐に成功。

 そして神は降り立った。


「最後の試練を乗り越えたか? ちばったな(頑張ったな)春吉」


「その言い草だと、知っていたのか? マミヤさんがこうなることを」


「わらわはあやつの主だぞ? 部下の考えや望みぐらい、把握している」


 そう言った手前で、キンマはマミヤさんの頭を撫でた。


「願いは後一歩、届かずであったがな」


「キンマ。やっぱ俺、間違って」


「自分が決めたことじゃろう? 男なら胸を張れ。神人かみんちゅ相手に勝利を収めたなら、尚更な」


「だけどその言い方だと、マミヤさんの成就を望んでいるように聞こえるぞ?」


「否定はせぬ。じゃがな! お前たちはちゃんとした闘技ゲームの元で、その答えを導いた! どんな結果であれ、わらわはそなたたちを称えよう! 春吉、お主はよくやった!」


 心底嬉しそうに断言された。


 勝利に悔やんでいた自分が恥ずかしいと思えるほどに、輝かしき笑みである。

 それだからなのだろう。ようやく気付いたよ。

 マミヤさんやシシリーが、キンマを慕うのは……。


「キンマ様……‼」


 消え入りそうな声量で、マミヤさんが意識を回復させた。

 目じりには、ほのかに涙を溜めている。


「私は、私は、っ‼」


「今は何も言うな。それよりも、お前にはまだ仕事が残っておるぞ? 立てマミヤ! そして春吉‼」


「な、なんだよ急に大声で」


「これからここで、世界を復元させる儀式を執り行う! シシリー用意せい!」


「は、はい!」


 それからはてきぱきと。シシリーはグラウンド上に円を描き、何処からともなく持ち出したサンニン(月桃)の葉を敷き詰め、周りの木々やコンクリートの残骸から、即席で儀式の祭壇を作り上げていく。

 彼女の手際の良い仕事ぶりに、初めて感心を寄せた。

 最後に、石で囲み中央に枝木を据えるや、シシリーは手を翳して青い炎を灯した。

 それを前にキンマは、白装束に身を包んで、涼傘(普通の傘布とは違い、絵が編み込まれた布を円系状に垂れ下げた傘)と呼ばれる神具を地面へ二度、三度打ち付けた。

 傘に取り付けられた鈴が、密封空間でもないのに、よく鼓膜をつんざいていく。


「マジムンを討伐せし者――春吉よ。お前に最後の務めじゃ。マジムンたちに安らかな眠りを与えん」


「これを」


 シシリーの持つトレイの上に、サイズの異なる四つの巾着袋があった。

 中身にはこれまで出会ったマジムンの一部――牛マジムンの骨。ヤラムルチの小さな亡骸とヒーダマの勾玉。そしてボゼの砕けた仮面。


「全て火にくべ、そして願って下さい。そうすれば世界の復元は晴れて完了です」


「やけにあっさりしてるな? それで本当に?」


「今回の件で、ほとんどの障害はマジムンだったのです。それさえ取り除けば、あとは騒動の中心である人物。ようはお前の承諾を得るのみ。キンマ様にしてみれば、世界の創造なんて指パッチンで済みますよ」


「これはマジムンたちに捧げるささやかな儀式じゃ。はよせい春吉。この姿は背中がむずがゆくて仕方がない」


「これが終わったら、お別れなのか……?」


「なんじゃ、今更後悔か? 安心せい、お主とはまたネット越しで相手してやる」


 やけに上から目線のキンマに、俺は負けじと「そんなんじゃねえよ!」と対抗してしまう。

 いや、俺だけ寂しがっているのが恥ずかしくてってのもあるか。

 文句を言う暇も無い。

 俺は巾着袋を炎へと落としていく。


 最初に倒したマジムン、『牛マジムン』。思えばコイツほど、単純明快な強さを兼ね備えた相手は居なかった。その分攻略も単純な部類にはあったのだが、絶対に序盤でり合っていい相手では無かったな……。


 次に『ヤラムルチ』の亡骸。とんでもない悪霊であった。キンマを倒すために、街中の人種を攫い、魂を取り込もうとしたっけ。本当に、一歩でも遅れてたらと思うと背筋が冷める。


 次に『ヒーダマ』の勾玉。用いた道具もそうだが、何よりシシリーと協力ってのが一番の印象か。


 最後に『ボゼ』の仮面。攻略を見つけることへの最難関と、マミヤさんとの組み合わせには、正直もうダメかと思わされた。


 どれもこれも、自分が戦ったとは到底信じられない魔の怪異たち。

 しかしこれでようやく……俺の日常は、俺の世界は復元される。


 全てを火中へ葬り終えた時、煌めく粒子が飛散し、天へと延びる一つの柱を生み出した。


 それを中心に俺たちを包み込み、範囲はすぐさま学校、建物、街を飲み込み広がっていく。


「良かったな春吉。これで全ては……」


「キンマ!」


 声が書き消えていく。彼女たちの姿も。


 優しく微笑むキンマが。


 下瞼を引っ張り、舌を出すシシリーが。


 頬を涙の筋で濡らしながらも、やるせない笑顔を作るマミヤさんが。


 全てを光が包み、白に染まった世界は、瞬きする境目のうちに消え去った。




 そして………………。


 


 変換された世界で、最初に俺の瞳に映ったのは――先ほどと変わらぬ三人の姿。



「え?」



『え?』



 ………………あれ?



 互いに互いの姿を目視し、俺たちは茫然と夜の校舎で立ち尽くす。

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