第33話 戦い(ゲーム)の行く末
テレビ画面での試合を制し、でかでかと『KO‼』の文字が乗った。
全国の猛者が集うオンラインの土壌で、自身の記録がランキングとして乗っかる。
今のわらわでは、精々中間が良い所じゃが。
「先はまだまだか。でーじやな(大変だな)。む?」
と、そこでわらわは窓を開けて外の空気を吸う。
時刻は8時。
夜の余韻と共に吹き抜けていく風が、さらに妙な気配を運んでくる。
「どうやら始まったようだの。それではそろそろ」
わらわは立ち上がり、ある物をそれぞれの巾着袋に収めていく。
牛マジムンの骨の一部。ヤラムルチの小さくなった亡骸。ヒーダマの浄化された勾玉。
そして残すは一つ。
RPGでよく、目的意識や他者の為に、仲間と対峙する展開があるよね?
あれでよく思うのが、『自分が育てていた時よりレベル低くなってない?』だとか。逆に『こいつこんなに強かったっけ?』と思わせる、両極端なゲーム調整を受けることがある。
その多くは、プレイヤーの配慮とか先入観を出すための演出だったりするんだけど……。
まあ、ここで俺が言いたいことってのはね。
「もうちょっとバランス考慮しろやああああああーー‼」
投げ払ってくる校舎の瓦礫や木々から逃げ回るだけで、まともに攻撃すらできていない。
どうやらマミヤさんは、最初から最後まで威厳を保ってくれるらしい。
普通にポテンシャルでいったら、俺じゃ敵わないのは当然だ。
「よ、弱気になるな俺! とにかく反撃を‼」
逃げ腰から一転。ハルハルは投擲される攻撃に、自ら突っ込んでいく。
人間である俺と比べ、ハルハルの身体能力は遥かに高い。
ギリギリであったが、地面を転がって掻い潜り、そのまま空中に点在するマミヤさんへ一発、二発と単発の銃弾を放つ。
命を奪う真似は避けたい。
やれるならあの仮面を! できないのならせめて手足に‼︎
「お忘れですか? 私には『幸運』の加護があることを」
銃弾はマミヤさんの剣に阻まれ、それどころか謎の跳弾で地面や周囲の残骸を飛び回り、こちらの銃へ戻っていく。
武器が叩き落とされ、俺は冷や汗をかいた。
「ああ…………FPSとかでこんなキャラ居たら、卒倒もんだな~」
「ゲームはゲーム。現実はそんなに甘くないってことですね」
「ゲーム以上の理不尽かます人が、何言ってるんですか⁉」
武器をすぐさまインクマシンガンに切り替え、俺は応戦。
当たれば飛散する代物だ。
これで視界を潰して――と思ったところで、マミヤさんの剣風とも言うべき、大剣を振り下ろし際の突風に妨害され、放ったインク弾はハルハルの顔面へリターン。
「インク弾も結局はマジムン対策まで。私には通用しませんよ?」
「『幸運』持ちな上に、基礎能力もそこまで⁉」
チートやこんなの!
ただでさえレベル的に、50ぐらい差があるっていうのに!
しかし俺の心境など戦場は汲み取ってくれず。マミヤさんは一瞬にして距離を詰めるや、腰を屈めてハルハルの額にデコピンをかます。
魂とハルハルで分けられているとはいえ、それを繋げているのは有線ケーブル。
吹き飛ばされるハルハルに引きずられる形で、魂の俺も強制的に付き合わされた。
「う、うぐ!」
「もうやめませんか、
現状を踏まえれば言い返す言葉が無い。
こっちはボロボロ、マミヤさんは埃一つない姿。
それでもハルハルは立ち上がった。
「春吉様は、私たちとの生活がお嫌いですか?」
「そういうわけじゃ、ないんですよ」
ハルハルは口をもごつかせて、俺の足りない言葉を紡いでくれた。
「確かに最初は、正直やばいなって。いきなり神様っていう女の子が現れて、訳わかんなかったし。シシリーは事あるごとに俺に噛みついてくるし。マミヤさんはマミヤさんで、優しいと思わせながらも、何処かSっ気なところ有るし」
愚痴りながら、言葉は「だけど」と続いた。
自然と、俺の感情が剥き出しになる。
「最近は、慣れたせいもあるのか、寂しさが込み上げてくることも確かにあります。なんやかんやわがままだけど、一緒にゲームをプレイしてくれる人間が居るのは、俺にとってはうれしいことでしたし」
「なら何故!」
「マミヤさんは、もし事がうまくいったのなら、その後にキンマの元へ帰りますか? 今まで通りにアイツの側で」
途端に彼女は言い淀む。
俺自身も薄々気づいてもいた。
マミヤさんの性格上で、それができるのか。
「主の命に背くことは、私たちに戦士にとって死罪にも及ぶ行為です。私は……あの方の元に戻るつもりはありません。だからこそ私は、春吉様が代わりにキンマ様の隣に居てほしいと、そう思っています」
「そうですか。だったら俺、やっぱり倒れるわけにはいきません!」
コントローラを持ち直し、ハルハルに戦闘態勢を取らせた。
「俺ではアイツを、守れるだけの力は無いんですよ⁉ ゲームの序盤で出て来るような魔物と直に対峙することだって、未だに怖いのに! それに、ネトゲ知人のうわ言を『面白いから』ってだけで、実現するような奴ですよ⁉ 俺だけじゃ身が持たない‼」
断言した。断言してやった!
この戦いは俺だけの話じゃないのだ。
キンマや、そして目の前に居るマミヤさんにだって言えること。
純朴な彼女だって、今こうして我儘好き勝手を決め込んでいる。
だったら俺だって、やるべきことをしたい!
むざむざこんな形で、せっかくできた“繋がり”に、別れを言いたくはない!
「ふふ。本当に面白いお方。でもどうしますか? 本当にこのままだと、命を落とす羽目になりますよ?」
「頼みの綱はまだ残ってます!」
武器ウインドウを広げ、俺は最後の望みをかけた。
キンマから貰ってきた、もう一つのアイテム。
欄の名称には戦闘着と書いてることから、服を強い装備に変えることができるのだろう。
つまり……マミヤさんの戦闘能力、尚且つあの幸運能力を無効化できる力が無ければ、俺に勝ち目は無い。
勝負は一瞬だと、この装備を授けられた時に忠告された。
使い時が今かという自信は無い。しかしもうこれに掛けるしかないのだ。
「頼むぞキンマ‼」
人生で初めて、実在する神に祈りを捧げ。
ハルハルの身体は光に包まれた。
「こ、これって⁉」
「っ⁉」
互いに瞳を震わせた。
驚愕。そこにあったのは――。
全ての服を取っ払った、俺の裸体。
夏まじかでも夜風は容赦無く体温を攫い……魂ではない直の俺の身体は一糸纏わぬ姿となって、戦場の場を支配した。
「ちょっと春吉様! 一体、何しちゃってるんですか⁉」
「いや、俺も聴いてなくて! やばい、こっち見ないで下さいマミヤさん‼」
「頼まれたって見ませんよ‼ は、速くなんとかして!」
彼女は面越しに手を覆い、戦闘中でありながらも、羞恥一杯の雰囲気を味わう。
いつの間にか変身まで解除され、俺は恥部を急いで隠した。
沸騰する頭に反して、夜風は冷たい。
本当! なんてことしてくれたんだよ、キンマ~‼
コントローラーを持つ手を震えさせながら、俺はふと気づき平静に戻る。
静かにハルハルへ再変身。
武器ウインドウから、銃を取り出し。
それを未だに手で覆うマミヤさんの頭上へ向けて、連続で発射した。
バシャッと、頭から大量の黒い液体を被り、彼女は「ひゃあ!」と黄色い悲鳴を上げる。
「春吉様! 一体何を⁉」
「仮面を手で覆ってくれたおかげで、幸運を味方に付けられませんでしたね」
「なっ……!」
絶句するマミヤさん。
表情は伺いしれないが、ボゼの仮面はすっかり黒く汚れていた。
「で、ですが幸運が切れただけです! 私はまだ‼」
言った手前である。
地面に流れるインクに足を滑らせ、マミヤさんはすってんころりん。
先ほどまでと、動きがぎこちない。
「ど、どうして⁉ 私がこんな!」
「幸運の代わりに不幸が舞い降りた。ボゼと同じですね」
「くっ! だったらこんなもの⁉」
戦闘に邪魔ならば脱ぎ捨てようと――したところで、マミヤさんは四苦八苦する。
「と、取れませんよコレ⁉」
「もしかしていわゆる、『呪われた装備』ですかね? この装備は呪われて取れません、ていう」
「私には呪いの耐性があります! だからこそ、『ヒーダマ』は取り憑かれることなく捕まえられたんですよ⁉ これもそうなら!」
「相手の呪いが大丈夫でも、マミヤさんの場合、言ってしまえば装備やアイテムによる『ステータス変更』に近いですからね。ゲームでもよくありますよ。『体力の上限を最低値にする変わりに攻撃力を上げる武器』みたいな、もろ刃の剣的なやつ」
「で、でしたら私は一生このままなんですか⁉」
あたふたと取り乱し始める。
仮面越しでは、余計に不安に刈られるのだろう。
こういう場合、ゲームでは呪いの装備を取り外してくれる老婆キャラとか居そうなものだが。
「まだです! 私は、主の命を裏切った身! 例えこの業を背負ってでも私は‼」
剣を突き立て、柄に寄り添いながら立ち上がる彼女。
そして。
「私は、絶対に自分の運命を塗り替えてっ!」
「ごらああああ、この人間風情がああああ‼ よくも天族である私に恥を掛けやがったなーーーーっ‼」
怒号と共に迫りくる棍棒が、マミヤさんの後頭部にクリーンヒット。
その勢いで彼女は柄に思い切り顔面を打ち付け、力無く倒れていく。
「マ、マミヤさーーーーん⁉」
「ふっ! 誰かは知りませんがお前もこのように……へ? 『マミヤさん』?」
顔をみるみる青くするシシリーを尻目に、ハルハルは彼女を抱き起した。
ボゼの仮面が、額からみるみるヒビを穿ち、砕けていく。
晒された彼女の秀麗な顔立ちは、額に赤いあざを残すのみで、他に外傷は無い。
「え、ちょ、どういうこと⁉ 私がマミヤっちを‼ 私が、ママママミヤっちをををを‼」
「慌てすぎだ! とにかく、マミヤさんを家まで運ぶぞ! 今は黙って手を」
「その必要は無いぞ、春吉」
後方から幼子の声。
振り返り、複数の巾着袋を片手に草履で夜のグラウンドを歩く我らが神様は、小さく嘆息する。
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