第32話 手放したくない日常
キンマの女神官 マミヤ・ノロ
私がキンマ様に出会えたのは、思えば人生の転機になる瞬間でした。
当時の私の居場所、もう一つの世界である自国は、各国を揺るがす軍事国家でした。
私はその兵士の一員として、数ある武勲を立てていたのです。
あらゆる種族の領土を手中に収め、他国の連合軍だろうと障害にはなりえませんでした。
『貴様の国は業魔に刈られているのではないか⁉︎』――そう罵られてしまったとしても、否定できる言葉を私は持ち合わせていません。
だからこそなのでしょう。自国の
反逆、内乱、逆襲。
あらゆる人の欲望が混迷に惑わし、狂わせた。
私はただ、右往左往するしかありませんでした。
所属する軍でさえも、将軍の死、官僚の裏切りと重なり、もはや信じる者は何もない。
その時が来るまで、英雄とまで誉れた私の尊厳も意味も無く、私は居何処を失いました。
兵士として生まれ、死が訪れるその瞬間まで戦う。
根付いたその思考は路頭に迷い、末に、私はキンマ様に出会ったのです。
あの方は、私に『戦う』以外の選択肢を授けてくれました。
大抵は家事や身の回りのお世話と、お付きになる仕事です。
私を英雄と呼ぶ人間が見れば、さぞ哀れと揶揄されることでしょう。
しかし私は――かつてない生きがいを感じています。
特に
春吉様の隣でゲームに勤しむ主の姿を前に、私は切に願います。
できればこうしていつまでも、この時間が続けばいいと……。
目の前が衝撃の砂塵に染まり、俺は数メートル後方へ吹き飛ばされていた。
全身を強く打ち付け、立ち上がるのに少々のタイムラグ。
その間に彼女は、煙に見舞われた先から歩み寄る。
その光景は相手して初めてわかる、慄然とした姿だった。
「できれば貴方を傷つけたくはありません。そのコントローラーを渡して貰えないでしょうか?」
「マミヤさん。一体何が目的でこんな! 俺、何か怒らせるようなことでもしちゃいましたか⁉」
「いえいえ、そうではないんですよ。春吉様にも、そしてキンマ様にも害するところはありません。これは一重に、私の一存であり『願望』なんです」
「願望って、一体なんの?」
「春吉様にとって、この世界はどう映っていますか?」
途端に問い返され、俺は押し黙る。
どう映るも何も、俺にとってこの世界は……。
「まがい物。そう感じるのが普通ですよね……。ここまで頑張ってマジムンを討伐してきたのだから。野暮な質問ですみません」
心を見透かされた。
別にそこで動揺が走りはしなかった。マミヤさんの言う通り、俺としては『当然』の想いであり、原動力だ。今更何を、と。
「ですが私にとってここは、死んででも手放したくない居場所なんです」
消え入りそうな笑顔で、答える彼女。
そしてマミヤさんは、俺の世界に組み込まれる前の――自身の世界の惨状を語った。
「私の元有った世界は、争いの絶えない混沌とした世界でした。あらゆる種族が自身の調和を掲げて、互いの正義の旗の元、奪い合い、憎しみ合い……。そんな渦中でただ機械のように、一兵士としての務めを果たす。私はただ、それだけの存在でした」
大剣をそっとなぞり、触れた指は微かに震えていた。
「キンマ様はそんな私に『心』をくれました。考える力を。実行する足を。真に掴むべき未来を抱きしめられる腕を」
一間置き、断固とした信念の元で――。
「ここは私にとって『掴むべき未来』なんです! またあの世界を、元の世界へ帰ることなんて、私は嫌です!」
「マミヤさん……! 俺たちの居る世界だって、紛争はありますよ。俺が済むこの島だって、70年も昔は大きな血を流した。だからこそこの国は、惨事を引き起こさないようにと固く誓ったんです。痛みを受けたからこそ、そう強く!」
「それでも、私の世界よりマシです。あの世界が今更、付けられた傷を労わるはずがないんですよ」
バッサリと。
自身の世界に、未練がましいものなど一切無く、彼女は切り捨てた。
どれだけ悲惨であるのか。
彼女が受けてきた痛みを『想像』できても、共に味わことのできない俺に、彼女を言い負かす言葉も覚悟も見つからない。
ただ一つ。俺はコントローラーのケーブルを解いて、立ち会うしかなかった。
「怪我だけでは済みませんよ? 場合によっては命を落とします。それでも私と?」
「貴方の覚悟に向き合うには、こっちも命を掛けなきゃダメかと。俺にだって、退屈でも取り戻したい日常がありますから」
「それじゃあ話し合いは無理みたいですね。分かりました」
説得の甲斐なく終えた時の、マミヤさんの悲壮感。
それが了承した瞬間、笑顔を作り――。
その上に、『ボゼの仮面』が被さった。
最後の握られた破片が仮面の額に角を生やし、大気に振動を震わす。
「マジムンがこの世界に居続ける限り、神の力でも修復は不可能。つまりは――私を倒さない限り、貴方の目的は達成されない」
「文字通り、最後に立ちはだかる『魔王』ってとこですか? 確かに、風格ありますよ」
俺は喉を鳴らす。
これまで確かに厄介なマジムンと戦ってきたけど、ここまで絶望感溢れる山場を登ったことはない。
だが、決めたからにはもう後に道は無いのだ!
ケーブル端子を体に繋げるや、マミヤさんが剣を掲げて突撃してくる。
泣いても笑っても、最後の
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