第31話 裏の真実

 どんな理不尽なゲームでも、法則や攻略法を見出すまでは投げ出すものではない。


 ボゼの眷属が消滅していく過程で、俺はそれを痛感した。


 この世界、前々から敵に関して弱点やらやたらとゲーム的なが設けられている。まあ恐らくキンマの趣味なのだろうが。

 これでマミヤさんが逃亡した眷属を潰せば、いよいよボスとご対面となる。

 はずだった……。



『よもや同胞が敗れるとは! やってくれたな人間‼』



 遠方からでも分かる、どっしりと巨木で作り上げたであろう棍棒を引きずり、はやって来た。


 先ほどまでのボゼとは違う、天狗の如き厳つい風貌の仮面を被って。


『だが貴様の進軍もここまで! 人間風情がでしゃばった罪。ここで制裁を受け――‼』



「何やってるんだシシリー? そんなボゼの真似事をして」



『なっ⁉ ちゃ、ちゃうわい! 私がそんな、天族のような可憐な名前であるはずが‼』


「自分から正体バラしちゃったよ……」


 呆れて物も言えぬ。

 なんなのこの茶番……。


「ちい、なんでバレたんですか⁉ 病原人風情なら、これで通せると思っていたのに!」


「どれだけ俺の知能指数を見くびってんだお前‼ それから、その自信は一体どこから湧いてくるんだ⁉」


 仮面で隠しているとはいえ、特徴的な赤髪のツインテと声でモロバレだっつうの!

 数瞬で身バレもされ、シシリーは「うるさいです!」と仮面を地面へ投げ捨て、羞恥に染めた顔を晒した。


「ここで素直に貴様がやられていれば、こんな面倒なことはしなくて済んだのに! まあいいです! やはり宿敵は、私自らの手で葬るとしましょう!」


「その為に、こんな計画を立てていたのか?」


「ふっふっふ! 私が敵に扮装し、お前を打つ。なんとも手際の良い作戦でしょうか。今ならば邪魔も入らないですし!」


 これまでにない凶悪な悪戯笑み。

 そして彼女は棍棒を天高く掲げた。


「これで最後です病原人! 先に天寿を全うして――」


 バシュバシュ!

 台詞を言い切るのを待つことなく、インクをシシリーの顔面へ向けて飛ばす。

 シシリーは途端に声を潜ませ、更には力が緩んだことで棍棒は彼女の頭上に落下、激突した。


「あがあっ!」


 短い悲鳴。


 そして彼女は倒れていった。




 5分後。

 俺は人の姿で、シシリーを見下ろす。


「私にこんな真似して、許されると思ってるんですか⁉」


「許すも何も、自業自得だろ?」


「なんで私がこんな男に! 戦闘能力なら、絶対に負けないはずなのに~‼」


「言っておくけど、お前の攻略。今まで一番楽だったわ」


「うるさいうるさいうるさい、うわ~ん‼」


 身体を縄で拘束された状態で、挙句の果てに俯いて喚く。

 確かに能力的に言えば、彼女の言うことは真実の的だ。

 頭がポンコツであるという最大の欠陥を除けば、こんな惨事にも至らなかっただろうに。


「それじゃあ話してもらうぞ? 今回の件。それから今までの邪魔の数々。随分と面倒なことをしてくれたなお前」


「そこまでバレてましたか? いいでしょう、もうこうなれば、包み隠さず話しましょう。貴方のと銘打った雑誌に落書きしたこと。冷蔵庫に取ってあったデザートを勝手に食べたこと」


「アレ全部お前の仕業だったのかよ⁉ って違う! そんな子供めいた悪戯じゃなくてえ! ヒーダマが襲った森でのことだ⁉」


「ヒーダマが襲った時? 一体何をうげえ!」


 突如、人の影が振り落ちた。

 ボゼの眷属だ。しかもシシリーの元へ覆いかぶさり、彼女は目を回して気絶した。

 同時に仮面が真っ二つに割れて、眷属のボゼも姿を消滅させる。


「すみません、お二方! ですが無事で良かった。これで全部の眷属を潰すことに成功しました」


「いよいよ最後の相手ですね。なんですけど、シシリーの奴が要らないことをしまして」


「シシリーさんが?」


 倒れる彼女に近寄り、そしてマミヤさんは小さく驚愕。


「これ、ボゼの長だけが付ける仮面ですよ? どうして彼女が?」


「俺を襲って来たんですよ、コイツ。ボゼに扮装して」


「そうでしたか。困ったお方です。ですがこれで仕事が省けました。相手のボスの仮面が有るのなら、これで復活を阻止できます」


「え、本当ですか?」


「はい。割れた仮面たちを見てください、あれはこの仮面の力を等分したもので」


 言うや、三体のボゼの破損した仮面たちは、引き寄せられるようにマミヤさんの持つ天狗の仮面へ集結した。

 破片たちが再構築され、天狗の仮面はより分厚く、外殻を作り変えていく。

 そうやって、最後の一欠片で完成しようとしたところで、マミヤさんが掴み取り阻止した。


「力が完全でなければ、復活できません」


「なるほどそうでしたか。思わぬ局面でシシリーが役に立ちましたね」


「ええ、本当に。これで全てのマジムンの封印に成功しました。お疲れ様です春吉はるきち様」


 会釈し、そう労ってくれる彼女。

 他者がそう認めてくれたからこそ、ようやく噛み締めることができた。


 終わった。なんとも呆気ない幕切れではあった。


 始まりも奇妙なものでは有ったが、しかしこれでこのふざけた現象から……変わってしまった世界から、俺は解放される。

 魔物や学校の授業に脅かされることはない。

 学業に悪戦苦闘しながら、退屈で、そして平穏な日常が約束された世界へと。


 ………………だというのに、なんなのだろう。



 このモヤっとした感じは……。



「それでは春吉様。全てのマジムンを倒したことですし、もう神の力は必要ありませんよね? 私からキンマ様に渡しておきます。さあ、コントローラーを」


「あっ、ええ、そうですね」


 手に握られた、有線ケーブルを括られたコントローラを渡そうとし、ふと手が止まった。


「どうされましたか?」


「……さっきから心に引っかかってたんです。シシリーが企てた計画。本当にコイツが考えてたのかって」


 六月にもかかわらず、やけに冷たい風が頬をなぞった。


「森で起きたヒーダマ事件から、どうにも考えづらい。コイツが考えたにしては容易周到過ぎて、何より俺を救ってくれた。ただ信頼を得るにしても、こんな最後の場面までボロを出すような奴です。嘘なんてすぐに見抜ける」


「すみません春吉様。私には、何をおっしゃりたいのかさっぱりで」


。そして、。マミヤさんはあの時、本当に迷子になっていたんですか?」


 マミヤさんの笑顔が、徐々に固く……薄く開かれた瞼の奥では、瞳が冷ややかそうに俺を刺す。


「…………私のことを、お疑いになっているんですね?」


 悪いと感じながらも、俺は頭で頷いた。

 杞憂で終わるならいい。

 彼女がそのまま心中を痛め、俺へ中傷だと目くじらを立てれば、それで終わる話なのだ。


「仕方無いですね」


 しかし彼女は。



 俺へ向けて、敵意を灯す眼光をあらわにする。

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