第29話 ボゼ

 キンマが次のマジムンの気配を察知して4時間後。

 真相やら、暗躍やら、話し合いたいことはたくさんある。

 しかしマジムンはこちらに暇など与えることなく、最後の決戦場で待ち構えていた。


「奴らどういうわけか、わらわたちが通う学校に狙いを定めおった。じゃが安心するが良い。マミヤたちに留まるよう頼み、人払いの陣を貼っておる。お前が行く頃には、生徒も教師も退去しているだろう」


「それよりもなんだが……お前が言うその、邪魔者ってのが居るなら、今回も現れる可能性はあるんだよな?」


「これが最後じゃからな。当然妨害はしてくるじゃろう」


「だったらなんか対策法無いか⁉ このまま無策ってわけにもいかないだろう……!」


「ふむ。じゃったら念入りに、装備を渡しておこう」


 キンマは、俺からコントローラーを受け取り、武器ウインドウを表示する。

 小さな指が宙に表示されるそれらをなぞり、アイテム欄に二つの新装備がアップロードされた。


「こっちは今回のマジムン対策じゃ。名は『ボゼ』。今までのマジムンの中ではまともな姿をしているが、気を付けろよ? 奴らの特技は、『運』を味方に付けることじゃからな」


「『運』? それに『奴ら』って、複数居るっていうのか?」


「眷属が居るというてことよ。まあでも、数はそれほどでもない。ただし『部下』を叩かなければ、『本体』は姿を現さない。シュミレーションゲームみたいじゃろ?」


「そんな解説されても嬉しくねえ。それで、もう一つのは……」


「もしもマジムン以外が相手となった場合に使うが良い。ただし効力は、一瞬だけ相手を思考停止に陥れるぐらいじゃ。その間が勝負時じゃぞ?」


「なんだか、今までの武器とは毛色が違いそうだな……。使わないことを祈っておくよ」


 キンマからできうる限りの加護を受け取り、俺は戦地へ向かう。




 アパートから飛び出し、速足で向かうこと30分。

 すでに空は雌黄しおう色に染まり、黄昏の支配がもうすぐ終えようとしていた頃。


春吉はるきち様、こちらです」


 学園前でマミヤさんと合流し、彼女は現状を俺に説明する。


「奴らはグラウンド場で集まっています。ですが恐らく全員眷属ですね。アレが『ボゼ』です」


「なんかまんま部族みたいですね。踊ってる?」


 場所はグラウンド中央。

 そこにキャンプファイヤーの如く火柱を上げて、周りをぐるぐる回る三人の人影があった。

 何処かの部族のように、浅黒い肌に装飾やら刺青をあちこちにあしらっている。

 何より、鳥を目したであろう顔を覆うお面は、しきりに模様がうねり、絵であるはずの眼がせわしなく動いていた。


「彼らに弱点ってあるんですか?」


「ボゼの『命』といってもいい、あの“仮面”ですかね。彼らの仮面は表情豊かで、更には自身に向けられる殺意や敵意に反応して、変色します。恐らくアレを破壊することができれば、退治となるはずです」


「できれば、あいつらのボスを潰して丸っと収めたいところなんだけど」


「一応はシシリーさんにお願いして、辺りの探索はお任せしています。とりあえず我々だけでも対処してみましょう。私はあちら側から強襲を掛けます」


 挟み撃ちの算段を立て、行動に移す。

 俺は魂とハルハルへと分かち、武器ウインドウからいつもとは違う、遠距離武装を取り出した。

 エイム型の『スナイパーライフル』。しかし造形は至ってカラフルな、玩具風味。

 ハルハルはそれを構え、魂の俺にしか見えない、赤いカーソルを敵に当てる。


 できることならば今回の戦い、手早く終わらせたい。


 そんな雑念がふと頭を過った。

 邪魔者がいつ介入してくるのか分からぬ以上、その不安は当然なのかもしれない。


 もしくは。ただ単に、『裏切り者』の可能性をもみ消したかったからか。


 ドンドンド……。

 彼らが打ち鳴らしていた踊りのリズムが、途端に静かになる。

 マミヤさんが大剣を担いで現れたからだ。

 眷属共は皆、一様にマミヤさんから視線をそらさない。

 ならば攻撃のチャンスは今だろう。

 俺は一人の仮面に表示された的を絞り、トリガーを引く。

 発砲音が残響し、弾道は一直線に相手へと――。



「くしゃん!」



「え⁉」


 標的にしていた相手が、途端に上体をだらりと下げた。

 なんのことは無い、ただのくしゃみだった。

 この緊張の瞬間で、そんなとぼけた生理現象を前に銃弾は空を切り、地面へ不時着する。


 ………………うそん。


『きききいいーーっかああああ‼』


 当然相手はこちらに気づき、仮面に青く塗られたラインが一同赤へと塗り替わっていく。

 戦闘態勢。

 そして一気に攻勢に出たのであった。




「ふ、始まりましたか」


 遠方の風に乗せられて、戦闘の苛烈な音が、その者に届いてくる。

 “彼女”は、待っていたとばかりに、持ち場を離れた。

 その手には、巨大な棍棒。

 そして模様が縁どられた、異様なお面を顔に被せて。

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