第25話 ヤキモチに憑き……

 春吉はるきちにマミヤの気配が消えて20分。

 わらわの毛が波立った。


「む? またこの気配か」


 間違いようもないだろう。森の木々共がざわめき、呻いておる。


「マジムンめ。いきなり現れるとはな」


 今度こそはっきりと理解できた。

 突如、春吉たちと分かれ離れになったのも、恐らく奴らの仕業であろう。

 それも、わらわが干渉できぬことを逆手取り、森の一角に閉じ込めている。

 脱出しようにも、また元の場所へ戻ってきてしまうというわけじゃ。

 悪知恵――いや、奴らがここまで考えて行動などいささか考えづらい。

 ともかく、わらわが身動き取れない以上、待つしか手段はない。


 不甲斐ない自分に小さく嘆息すると、私の前に立つ、三人の知能ある獣が動揺した。


 右隣に座るは、口髭を蓄えた『オーク』。

 そして対面するのは『コボルト』と呼ばれる獣人。狼男よりは一回り小さいではあるが、犬のような顔と、青い毛並みが特徴じゃな。

 最後に左隣に座るは、以前の日本で知名度が高かかった『河童』。頭に皿状の鱗が広がり、甲羅を背負った魚人の一種。

 皆、種の中でも相当な有力者であり、故に、人の言葉も話せた。


「うかみがなしー、ぬーがちむがふがんるあがやー⁉(神様、何かお気に召さんことが⁉)」


「ちがきが足らん! ふかぬっちゅあびてぃとゅいむちすんろー!(心がけが足りんのだ! 他の者も呼んで持て成すぞ!)」


 わらわは、勝手に勘違いするそ奴らを宥めた。


「うんぐとゅいっぺーやゆたさん。いったーやらまってぃ、わんぬえーてぃしとゅらしぇー(そんな大層なものは要らん。お主らは黙ってわらわ相手をしろ)」


 彼らはくわっと目を吊り上げるのをやめて、丸テーブルの前の、トランプカードを手に取った。


 テーブル中央には、わらわたちが築いたカードの山。

 全て、『大富豪』ゲームのために破棄された数字たちじゃ。

 それを前にオークが、満ち満ちとした眼光を宿し、4枚のカードを掲げる。


「『エース』がよんめー。革命!(『1(エース)』の四枚。革命!)」


『ぬーぬ‼(なんだと‼)』


 コボルトと河童が絶望に陥った。

 革命という切り札に、さぞオークも勝ち誇っていただろう。

 しかし次の番であるわらわの変わらない表情に、切り札を切ったオークは不信感を抱いていく。


「わっさんな、キングやわったーやん!(悪いな、キングはわらわじゃ!」


 わらわはすかさず『13(キング)』4枚を叩きつけた。

 革命返し。

 沸き立つ鼻声。

 戦況が目まぐるしく変わる中、わらわの勝負は続いた。




「キンマー‼ マミヤさーん⁉」


 二人の名を呼び、徘徊すること30分。

 まるで収穫がなく、俺は途方に暮れていた。

 戻ろうにもこの森、目印になるような地点やら置物が一切ないのだ。歩けど歩けど、ぐるぐる回っている気さえしてくる。


「学校側はこんな森を生徒に徘徊させるなんて……遭難したらどうするんだよ!」


 うすうす感じていたが、世界が生まれ変わって、人間側のモラルもおかしくなってしまったらしい。

 若い子には旅をさせろと言うが、こんな獣がひしめいている森に放り込むなんて。


「あら、春吉さんではありませんか?」


「ひいい! って、西条さいじょうさん」


 一瞬びくついてしまったが、相手が知人と理解し、平静はすぐに戻ってきた。

 西条さんも破顔一笑し、ゆったりと近づいてきた。


「良かったですわ~。この森、なんだが不思議で、一緒に着いてきたウーラたちとも離れてしまって」


「そうだったんですか。やっぱり危険だよな、ここ」


 珍しく、普通の会話が成立した。

 こんな状況だ。西条さんも俺を弄り倒す余力も無いのだろう。

 俺は彼女に提案する。


「あの、西条さん。頼りないかもですけど、俺と一緒に脱出ルートを探しませんか? 西条さんも、一人では危険だろうし。この森は不気味ですし」


 気づけば、そんな台詞がすらすらと流れていた。

 以前の俺と比べれば、大きな変化かもしれない。ヤラムルチの件で、多少の度胸と共に、自分が戦っていけるという小さな勇気が、後押ししていた。

 今ならば、他人を守っていける、と。


「あら本当に? 嬉しいわ春吉さん」


 嫌味からではなく、心から感謝しているような笑顔の西条さん。

 ついその仕草に、ドキリとしてしまう。

 いつもこんな感じであれば、俺も苦手な意識を払拭できるのに。

 ついそう思ってしまうが。いや、それはそれで、なんか不気味だな。

 

「ともかく今は他のメンバーも探さないと。キンマとマミヤさんは一体どこに」


「…………あの二人をお探しですの?」


「俺も彼女たちと離れ離れになってしまって。西条さんもウーラたちが心配です、よ、ね?」


 あれおかしいな?

 西条さんが不機嫌に、半眼で睨みつけてくる。

 これは一体……。


「春吉さん、私先ほどからおかしいんです。なんと言いますか、気持ちのコントロールができないといいますか、今貴方があの二人の名を口にした途端」


 首を傾げて、可愛い仕草で。



「殺意が湧きましたわ」



「それは重症ですねぇえ‼」


 可笑しくない⁉

 どういった経緯を辿ったら、そんな歪んだ結果に至るの⁉


「貴方はただ、私の純朴な犬になってくれれば、それでよかったのに。憎らしい。ぽっと出の輩なんかに弄ばれるなんて」


 声が、ドスをはらむどころか徐々に裏返り始め、異常を際立たせる。

 ドレスがふわりと浮き、幽霊のように西条さんは浮いた。


「こ、これって⁉」


 何が起こっているのか。

 身を守る意味でも俺はコントローラーを取り出して、配線を自分に繋げる。



 瞬間、ハルハルと別個するように魂となった俺の視界に、黄色く揺らめく無数の炎が映る。



 そのどれもに、人間の苦悶する表情がシミのように張り付き、西条さんの周囲を飛び囲む。


「ま、まさかこれ『マジムン』⁉」


『ううあああああああ!』


 たび重なるくぐもった声共は、俺へ向けて指さす西条さんの意思に沿うように、襲ってきた。


「武器は、っこれだ‼」


 アイテム欄からすぐさま指定し、武器はすぐにハルハルへ転送された。

 取り出した片手剣を、すぐさま振るう。

 しかし攻撃は命中すれど、切り裂かれた炎たちは、すぐさま元の火の玉状へと再生した。


「この手の相手は、物理攻撃じゃ無理なのか⁉ だとすると魔法はって、ハルハルには無いし!」


 このままではジリ貧になる‼︎

 考える間も無く、火の玉たちは互いを集め、螺旋の道となって範囲攻撃を繰り出してき――。



「うおりゃああああ! やっと見つけたーーーーっっ‼」



 天高々に響く声量と、吹き荒れる突風。

 そして彼女は空から、隕石のように飛来した。


「シシリー⁉」


「ちい! 全然ぴんぴんしてるじゃないですか‼」


「助けに来たんじゃないのかよ、お前⁉」


 出会い頭に舌打ちしてくるなんて。

 ここまで不快感あるお助けキャラを見たことが無い。普通、仲間が助けに来るって熱い展開だよね?


「分かってまーすよ。キンマ様からメールで助けろと言われましたし。この『ヒーダマ』共を何とかしないと、キンマ様が森から出られませんからね!」


 そう言うや、彼女はあるアイテムをハルハルに投げ寄越してくる。


「え? 何これ、虫取り網?」


「特注品です! 奴らを捕まえて、コレの上に押し込んでください!」


「ちょっと待てお前、それ……『空気清浄機』か⁉ なんでそんな物持ち出してんの!」


「奴らは、人の放つ汚濁された気を吸って成長します。それをこの清浄機で浄化してやろうってことですよ!」


「キレ気味に説明されたけど、本当にそんなんでいいのかよ‼」


「人間の発明だけは、認めているってことです! それじゃあさっさと行きますよ‼」


 シシリーは意気高々に、サイクロン掃除機を掲げ、迫る火の玉たちを吸い上げていく。


「お前たちの家電に対する信頼って一体! てか、それよりもそんな便利なものあんなら、もう一台持って来いよ‼ 虫取り網じゃ一匹ずつしか掴まんねえ‼」


 シシリーは全く聞く耳を持たず。

 仕方なく俺たちは、連携の取れていない協力プレイの元、マジムンたちを撃退していった。

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