第25話 ヤキモチに憑き……
わらわの毛が波立った。
「む? またこの気配か」
間違いようもないだろう。森の木々共がざわめき、呻いておる。
「マジムンめ。いきなり現れるとはな」
今度こそはっきりと理解できた。
突如、春吉たちと分かれ離れになったのも、恐らく奴らの仕業であろう。
それも、わらわが干渉できぬことを逆手取り、森の一角に閉じ込めている。
脱出しようにも、また元の場所へ戻ってきてしまうというわけじゃ。
悪知恵――いや、奴らがここまで考えて行動などいささか考えづらい。
ともかく、わらわが身動き取れない以上、待つしか手段はない。
不甲斐ない自分に小さく嘆息すると、私の前に立つ、三人の知能ある獣が動揺した。
右隣に座るは、口髭を蓄えた『オーク』。
そして対面するのは『コボルト』と呼ばれる獣人。狼男よりは一回り小さいではあるが、犬のような顔と、青い毛並みが特徴じゃな。
最後に左隣に座るは、以前の日本で知名度が高かかった『河童』。頭に皿状の鱗が広がり、甲羅を背負った魚人の一種。
皆、種の中でも相当な有力者であり、故に、人の言葉も話せた。
「うかみがなしー、ぬーがちむがふがんるあがやー⁉(神様、何かお気に召さんことが⁉)」
「ちがきが足らん! ふかぬっちゅあびてぃとゅいむちすんろー!(心がけが足りんのだ! 他の者も呼んで持て成すぞ!)」
わらわは、勝手に勘違いするそ奴らを宥めた。
「うんぐとゅいっぺーやゆたさん。いったーやらまってぃ、わんぬえーてぃしとゅらしぇー(そんな大層なものは要らん。お主らは黙ってわらわ相手をしろ)」
彼らはくわっと目を吊り上げるのをやめて、丸テーブルの前の、トランプカードを手に取った。
テーブル中央には、わらわたちが築いたカードの山。
全て、『大富豪』ゲームのために破棄された数字たちじゃ。
それを前にオークが、満ち満ちとした眼光を宿し、4枚のカードを掲げる。
「『エース』がよんめー。革命!(『1(エース)』の四枚。革命!)」
『ぬーぬ‼(なんだと‼)』
コボルトと河童が絶望に陥った。
革命という切り札に、さぞオークも勝ち誇っていただろう。
しかし次の番であるわらわの変わらない表情に、切り札を切ったオークは不信感を抱いていく。
「わっさんな、キングやわったーやん!(悪いな、キングはわらわじゃ!」
わらわはすかさず『13(キング)』4枚を叩きつけた。
革命返し。
沸き立つ鼻声。
戦況が目まぐるしく変わる中、わらわの勝負は続いた。
「キンマー‼ マミヤさーん⁉」
二人の名を呼び、徘徊すること30分。
まるで収穫がなく、俺は途方に暮れていた。
戻ろうにもこの森、目印になるような地点やら置物が一切ないのだ。歩けど歩けど、ぐるぐる回っている気さえしてくる。
「学校側はこんな森を生徒に徘徊させるなんて……遭難したらどうするんだよ!」
うすうす感じていたが、世界が生まれ変わって、人間側のモラルもおかしくなってしまったらしい。
若い子には旅をさせろと言うが、こんな獣がひしめいている森に放り込むなんて。
「あら、春吉さんではありませんか?」
「ひいい! って、
一瞬びくついてしまったが、相手が知人と理解し、平静はすぐに戻ってきた。
西条さんも破顔一笑し、ゆったりと近づいてきた。
「良かったですわ~。この森、なんだが不思議で、一緒に着いてきたウーラたちとも離れてしまって」
「そうだったんですか。やっぱり危険だよな、ここ」
珍しく、普通の会話が成立した。
こんな状況だ。西条さんも俺を弄り倒す余力も無いのだろう。
俺は彼女に提案する。
「あの、西条さん。頼りないかもですけど、俺と一緒に脱出ルートを探しませんか? 西条さんも、一人では危険だろうし。この森は不気味ですし」
気づけば、そんな台詞がすらすらと流れていた。
以前の俺と比べれば、大きな変化かもしれない。ヤラムルチの件で、多少の度胸と共に、自分が戦っていけるという小さな勇気が、後押ししていた。
今ならば、他人を守っていける、と。
「あら本当に? 嬉しいわ春吉さん」
嫌味からではなく、心から感謝しているような笑顔の西条さん。
ついその仕草に、ドキリとしてしまう。
いつもこんな感じであれば、俺も苦手な意識を払拭できるのに。
ついそう思ってしまうが。いや、それはそれで、なんか不気味だな。
「ともかく今は他のメンバーも探さないと。キンマとマミヤさんは一体どこに」
「…………あの二人をお探しですの?」
「俺も彼女たちと離れ離れになってしまって。西条さんもウーラたちが心配です、よ、ね?」
あれおかしいな?
西条さんが不機嫌に、半眼で睨みつけてくる。
これは一体……。
「春吉さん、私先ほどからおかしいんです。なんと言いますか、気持ちのコントロールができないといいますか、今貴方があの二人の名を口にした途端」
首を傾げて、可愛い仕草で。
「殺意が湧きましたわ」
「それは重症ですねぇえ‼」
可笑しくない⁉
どういった経緯を辿ったら、そんな歪んだ結果に至るの⁉
「貴方はただ、私の純朴な犬になってくれれば、それでよかったのに。憎らしい。ぽっと出の輩なんかに弄ばれるなんて」
声が、ドスをはらむどころか徐々に裏返り始め、異常を際立たせる。
ドレスがふわりと浮き、幽霊のように西条さんは浮いた。
「こ、これって⁉」
何が起こっているのか。
身を守る意味でも俺はコントローラーを取り出して、配線を自分に繋げる。
瞬間、ハルハルと別個するように魂となった俺の視界に、黄色く揺らめく無数の炎が映る。
そのどれもに、人間の苦悶する表情がシミのように張り付き、西条さんの周囲を飛び囲む。
「ま、まさかこれ『マジムン』⁉」
『ううあああああああ!』
たび重なるくぐもった声共は、俺へ向けて指さす西条さんの意思に沿うように、襲ってきた。
「武器は、っこれだ‼」
アイテム欄からすぐさま指定し、武器はすぐにハルハルへ転送された。
取り出した片手剣を、すぐさま振るう。
しかし攻撃は命中すれど、切り裂かれた炎たちは、すぐさま元の火の玉状へと再生した。
「この手の相手は、物理攻撃じゃ無理なのか⁉ だとすると魔法はって、ハルハルには無いし!」
このままではジリ貧になる‼︎
考える間も無く、火の玉たちは互いを集め、螺旋の道となって範囲攻撃を繰り出してき――。
「うおりゃああああ! やっと見つけたーーーーっっ‼」
天高々に響く声量と、吹き荒れる突風。
そして彼女は空から、隕石のように飛来した。
「シシリー⁉」
「ちい! 全然ぴんぴんしてるじゃないですか‼」
「助けに来たんじゃないのかよ、お前⁉」
出会い頭に舌打ちしてくるなんて。
ここまで不快感あるお助けキャラを見たことが無い。普通、仲間が助けに来るって熱い展開だよね?
「分かってまーすよ。キンマ様からメールで助けろと言われましたし。この『ヒーダマ』共を何とかしないと、キンマ様が森から出られませんからね!」
そう言うや、彼女はあるアイテムをハルハルに投げ寄越してくる。
「え? 何これ、虫取り網?」
「特注品です! 奴らを捕まえて、コレの上に押し込んでください!」
「ちょっと待てお前、それ……『空気清浄機』か⁉ なんでそんな物持ち出してんの!」
「奴らは、人の放つ汚濁された気を吸って成長します。それをこの清浄機で浄化してやろうってことですよ!」
「キレ気味に説明されたけど、本当にそんなんでいいのかよ‼」
「人間の発明だけは、認めているってことです! それじゃあさっさと行きますよ‼」
シシリーは意気高々に、サイクロン掃除機を掲げ、迫る火の玉たちを吸い上げていく。
「お前たちの家電に対する信頼って一体! てか、それよりもそんな便利なものあんなら、もう一台持って来いよ‼ 虫取り網じゃ一匹ずつしか掴まんねえ‼」
シシリーは全く聞く耳を持たず。
仕方なく俺たちは、連携の取れていない協力プレイの元、マジムンたちを撃退していった。
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