第23話 トレジャーハント

 キンマ直属護衛天族、シシリー。

 

 キンマ様が世界の変換事象を行われて、早一か月。



 相変わらず、キンマ様は麗しいお姿で私を潤してくれる!



 10代に満たしているのか疑わしき、あの容姿!

 子供勝りな、遊びに対しての情念。

 そして何より、我々眷属に対してのあの寛大なまでの温情。

 何一つとっても完璧だった! まさに私は、あの方の隣に立つために天族として生まれてきたようなもの!

 とにかく一挙手一投足が、愛らしいのだ。

 ネトゲに惨敗した時や、セーブデータだっけ? まあ、積み上げてきたゲームの実績が消失した時の、あの駄々のこねた姿はまさに千年に一度遭遇できるか、奇跡の可憐さだった。

 思い返すだけでも、ご飯三杯はいけるね、私!

 そんな、純情で、何よりも第一に。いついかなる時とて、献身を捧げる覚悟をしている私であるのだが。


 最近キンマ様へ不満を抱きつつあった……。


 世界やら暮らしが変わったことへではない。

 学校の人間共が、何かにつけて私を教鞭に鞭打ったり、最近扱いがぞんざいになってそうな気もするが、暮らし的には充実はしている。何より、可愛いぬいぐるみやら動物に触れ合えるのだから、そこは感謝もしよう。

 しかし、ただ一点において。


宇良うら春吉はるきち』――あの病原人だけは、気に喰わない!


 何がって? そりゃあ、何から何までよ‼

 キンマ様に対しての無礼な数々や、簡単にすり寄って来るあの神経!

 “神と話す”ことでさえおこがましいというのに! まさに知性の欠片も持たぬ野蛮人だ!

 それなのにキンマ様は、あろうことか病原人を気に入り、会いたいがために世界をゆがめてしまわれた‼

 それほど価値が有るというの⁉

 いいや、断言してやる! そんな大層なものは一切ない‼

 今手を打たねば。我々にとって、あの病原人は絶対に害を成す!

 何時、幼気なキンマ様の姿態に、不遜を働くか――そう考えただけでもおぞましい‼

 しかし直接命を狙うのは不味い。

 ここはやはり、あの『作戦』に一手間加える他ない。

 これであの病原人の命は、くくく……。

 そうと決まれば、今日から行動を起こさねば‼


 ポンポン。


 え? なんですか先生? 私の肩を叩いて。

 え? 『補習』? これから?

 次の課外授業は無しって……それじゃあキンマ様の隣に居られないじゃない⁉

 放せ、放しなさいよ‼ 私は決して、キンマ様のお側を離れるわけには――。




 世界が変換されても、学生業は欠かせない。

 変わってしまったこの世界で、どんな職業がはびこってしまったのかなど、理解の及ばない話ではあるが、とにかく出席日数だけは気が抜けない。

 元々俺はそんなに頭のいい方ではないし、通っている学校が進学校ともあり付いていくのに悪戦苦闘している。

 進級制度の悩ましい所だ。

 そんなわけで、今日も今日とて学生の勉学に励むわけだが。



「今回の目的は『トレジャーハント』、言わば宝探しだ。ここから先にある森に、アダマンタイト鉱石を隠した。諸君らには時間内に速やかにこれを獲得してもらいたい。今回は中等部の後輩も一緒だ。うかうかして先を越されるなよ~」



「これのどこに、将来の役立つ要素が⁉」



 つい小声で、漏らしてしまった。

 いやだってアレじゃん。明らかに限定的すぎるし! 


「へえ~宝さがしか。ついこの前、冒険家トレジャーハント用の防具を買った甲斐が有ったぜ」


 隣に居た昌司しょうじが、顎に指をなぞらえ得意げに言う。


「あれ昌司? ついこの前は剣士用の武具を買って、『俺の人生はコレだ!』って言ってなかった?」


「いろいろ試して自分にあった職探してんだよ? ほら、俺って飽き性だろ?」


「自分で言っちゃうんだ。もう完全にバスケ部員って肩書がかすんで見える」


「お前もたまには変えてみれば? ええっと、春吉は確か『ゲーマー』だったっけ?」


「それって職って言えるの⁉」


 一体、『遊び人』と何が違うんだよ!


「ふふふ、随分可愛らしい会話をしていますね、春吉さん。良ければ手を貸しましょうか?」


「さ、西条さいじょうさん」


 声を聴いただけで尻すぼむ俺。

 彼女は、黒フリルのあしらった傘を優雅に刺して、近づいてくる。


「おう、なんだ西条。随分得意げだな? 勝算でもあるのか?」


「あら、勝算も何も。こちらには頼もしい味方が付いていますのよ? ねえ貴方たち」


 彼女の手鳴らしで現れる、二つ頭の犬型魔物オルトロス――ウーラとサーラ。


「って、魔物の力借りるのアリなの⁉」


「この子はちゃんと学校側に手続きを踏んでますわ。差し障りなく」


(きっと学校側を金で説き伏せたな)


(き、汚ねえ!)


 こそこそ昌司と苦言を呈していると、コホンと上品な咳を一つ。

 彼女はちらちらと、目でこちらを見やる。


「それでどうしますの? 私と手を組むのなら、わきまえも少しはありましてよ?」


「いや、そう言われましても」


「あら、貴方に選択の余地がありまして? どうせ初めから、自分で見つけ出せるなんて思ってないのでしょう? なら強い者に巻かれるのは世の常ですわ。大人しく私の下僕として、ね」


 い、言いたい放題言いやがる!

 きっと、俺が苦い顔をしているのを楽しく眺めていたいのであろう。

 そういう顔を今現在している。


「あ、居ました。春吉様~!」


 そこで俺の名を呼ぶ、女性の声。

 それも、“様”付で呼ぶなんて一人しか居ない。

 マミヤさんはキンマを連れて、俺の元へ歩み寄る。


「良かったですねキンマ様。中等部も合同であるなら、存分に連携が取れますよ?」


「ふむ。まあ、なんくるない(問題ない)。か」


 首肯するキンマ。

 俺はそこで、「へ~」と感嘆を漏らす。


「神様だからと言って、授業はちゃんと受けてるんだな。楽しいか? 学校」


「退屈はしとらんよ。最近は、教師間でいろいろ根回しできるようにもなったしのう。こうやって、時々面白い企画を、わらわの手腕で進めておる」


「この課外授業、お前のせいだったのかよ⁉」


 もうこれ、学園全てコイツに掌握されてないか?

 この短期間に、そこまで融通を張らせる根を肥やしたとなれば、やがてはこの街全てがキンマの軍門に下る。

 そんな気がしてならない。


「今回はちゃんとした思惑もある。春吉、お前にはわらわたちと同行してもらう。どうもこの森、怪しい気配が立っている」


 言うや、キンマの癖ッ毛がおっ立った。


「『マジムン』の影響を受けている可能性があるということです。もしかしたら、それで生態系が変わってしまっているのかも」


「本体は居ないのか?」


「居れば、わらわが土地を踏むことなど叶わぬ。奴らは神の力すら阻害してしまうからな」


 なるほど、そういえばそうだった。

 まあ、そういうことなら協力せざる負えない……ん⁉



「随分、親しい友人ができましたのね? 私を蚊帳の外に追いやって」



 どす黒い情念と化した気配が、背筋を撫でた。

 しまった! 無視されてしまったことで、西条さんのプライドに傷をつけてしまった!


「なんじゃこやつ。今はわらわが春吉と話しておる。素直に引っ込んでおれ」


「あらあら、可愛げのないおちびさんだこと。あまり年上に対しての無礼は、頂けませんね。ねえ、ウーラ? サーラ?」


『くう~ん』


「ど、どうしましたの貴方たち⁉」


 視線を逸らし、耳を垂れ下げて。

 明らかにウーラたちは、気後れしてしまっていた。


 目の前のマミヤさんに。


「なるほど、この方のペットだったのですか? どうりで、仕付けがなってなかったのですね春吉様」


「『仕付け』って⁉ マミヤさん、貴方一体何をしたのですか⁉」


「いえ、だから『仕付け』ですよ。軽くお灸を据えました。ねえ、わんちゃん?」


『ぶるるるる(武者震い)』


 マミヤさんの鋭い眼光を前にウーラたちは震え、西条さんは僅かに拳を振動させた。


「さて行くぞ春吉。あまり時間を掛けるのも面倒なんでな」


「ああ、うん。分かった」


 彼女の苦悶な表情が、頭の隅にこびりつきながらも、俺たちは出発。


「最近、めっきり絡む機会が減ったな? 春吉を弄り倒してた罰じゃないか?」


「お黙りなさい、庶民! この屈辱、いつか必ずや!」


 振り返るや、遠目には地団太を踏む西条さんが、そこには居た。

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