第22話 春吉の戦い
ヤラムルチとの戦闘道中で、連れ去られた先の鍾乳洞。
悲鳴の声を聴きつけるや、俺とメムは奥にあるひと際広いフロアにたどり着いた。
そこで目にしたものは。
「おい、今のは反則だろ~」
「ぶひぶ~。ぶぶひ!(お前が弱いだけ~。このまま一位を独走!)」
「あ、でも俺の送った甲羅が、もうすぐ到着だぜ?」
「ぶっひいいいいいいいいいいいい~~‼」
オークの子供たちと、レースゲームで戯れる
和気あいあいと、携帯用ゲーム機であるス〇ッチの画面を皆で囲んでいた。
「って、お前ら何やってんじゃああああああ‼」
そして俺は間が刺したように、突っ込んでしまう。
「え? 誰だ誰だ、って
「昌司、何やってんだよこんなところで! 状況分かってるの⁉」
「なんだよ、そんなに声を荒げて。心配しなくても、次で一位を取ってやる!」
「そういう意気込みを聴いてんじゃねえんだよ⁉ 怪物に連れ去られて、こっちは心配で戦ってたっていうのに、一体何やってんのさ‼」
俺は心情を爆発。
昌司もさすがに必死さを受け取ったのか、頬を爪で掻きながら。
「ああ~、変な黒い魔物に連れてこられたのは辛うじて分かるんだけさ。でもほんの一瞬で状況が掴めなくてよ。この場所もいろいろ探索したけど、全然何処かなんて分からないし」
「それでゲームに勤しんでいたの?」
「不安を広げるよりは良いだろ? それよりも街で行方不明になった連中、全員ここに辿り着いてるらしいな。さっき駄菓子屋の婆ちゃんも見つけてよ」
「マジで!」
「ああ。しかもここに来た影響か、何故か体力が付いてな。婆さんは散歩しに行った」
「呑気だな‼」
「俺もオークの言葉が分かるようになったぜ! すげえだろ」
にんまり彼は笑う。
そして俺は、違和感を感じてしまった。
オークの言葉を?
こっちはハルハルを介して、やっとメムと打ち解けた。
この場所に来た影響なら、俺にも効力は有るはずだけど……。
「そう言えば春吉。お前さっきからなんで、コントローラー持ってるんだ?」
その一言で、今度こそ違和感に気づいた。
「昌司、もしかして――魂の俺、見えてる?」
俺は自身に指さして言う。
「何わけわからないこと、言ってんだよ? ちゃんと見えてるぞ?」
どうやら本当に見えてるらしい。
え? ってことは。
「ちなみに昌司。俺の前にちっこく歩いてるコレについては?」
「え?」
俺の視線の先、ハルハルを見下ろして言うが。
「ん? 何も無いけど? そう言えばお前の持ってるコントローラーも、有線がぷっつり切れてるけど、一体……」
唐突だった。
昌司が眠りに誘われるように、体を伏し、地面に倒れる。
次いで、オークたちも倒れていく。
「昌司⁉ なんだよこれ! 一体何が⁉」
『ゆ、勇者様! 天井‼』
メムが、声を荒げる。
異様な何かが、天井に吊るされていたのだ。俺もその正体を知って、呼吸を乱した。
「昌司?」
そこには、もう一人の昌司が居た。
体を結晶に覆われ、氷漬けにされたかのように、鍾乳洞の氷柱と一体化していた。
昌司以外にも同様に、駄菓子屋のおばちゃんやメムの仲間であるオークたち。
連れ去られた人々や、魔物の身体まである。
「夢での光景そっくりだ。ってことは、やっぱり!」
『ここは我の宝物子よ。我の力となる、魂の揺り籠』
洞窟全体に、声が響いた。
比喩ではない。壁や地面、そこらにちらばる石ころ一つ一つが、まるでスピーカーのように連動し、俺たちに届けて来る。
洞窟を駆け巡る淡い光が一か所に集中し、そこから黒い瘴気が集まった。
洞窟の主『
『人間……どういうわけか、貴様は魂と肉体を分離していても、制限が無いようだな。これもあの神の力か。貴様と居た影響で、そこの小童も身体を持ったままここに居る』
ヤラムルチは忌々しそうに、メムと俺を睨む。
今しがた言った奴の言葉を、俺は咀嚼した。
「魂と、肉体の分離」
コイツの言い分だと、この場所では本来、魂と肉体を隔てているのか?
俺とハルハルのように。
そして、天井と今ここに横たわる昌司を眺め、やっと理解した。
「そうか! 魂の昌司が魂の俺を見えても不思議ではない。ということは、天井に有るのが、本来の肉体! 生物の魂を引っ張り出すなんて!」
『人間、貴様は我の一番の障害になりえる! あの忌まわしき神を屠る前に、まずは貴様から始末する!』
ヤラムルチは蛇に似つかわしくない、遠吠えを上げた。
洞窟全体を揺るがす、音圧。
奴は口端を大きく裂けながら、必要以上に口内を広げ、その口元へ周囲の魂となった者たちが、引力に引き寄せられるように吸収される。
伴い、洞窟全域から続々と魂たちが集まり、飲み込まれていった。
「しょ、昌司!」
俺は魂となった昌司の手を握ろうと伸ばすが、水を掴むような感覚だ。
触れられはしても、すぐに零れ、離れていく。
『や、奴が、化け物が大きくなっていく‼』
「アイツは、自分を成長させるために、人々を連れ去ったのか⁉」
『全ては忌まわしき神と人への報復! 我が領地を脅かした貴様らを、根絶やしにするためのな‼』
鱗が逆立ち、禍々しく突出していく。
顔つきも蛇のそれではない。二つの角が生え、もはやその姿は西洋の“龍”に近い。
『我が暮らしを奪った報い‼ 今度は貴様らが受けるがいい‼』
「ふざけるな! 自分勝手なことばかり! そんなことのために昌司を、みんなを‼ お前はここで攻略する!」
アイテム欄から武器を選択。
愛玩の銃を取り出し、奴に向けて発砲した。
ハルハルは寸分の狂いも無く相手の顔面へ照準を合わせ、怒りの銃口から火花を散らせた。
『ぬうああーーっ‼』
しかしヤラムルチは、幾度かの光弾をその身で受けながらも耐え、青みの光沢を誇る岩面に姿を眩ませた。
黒い奴の影が、鏡のように地面や天井で蠢く。
「クソ! 水が無い所でもできるのかよ⁉」
『ここは私の領土だ‼ どこからでも出入りできる! こういう風にな‼』
俺の足元に奴の瘴気が漂った。
ハルハルをジャンプで退避させるや、奴の尾ひれが突き出る。
すかさず照準を合わる、その瞬間――奴の顔がハルハル背後の壁から襲い来た。
『ぐるがああ‼』
胴体もろとも、噛みつかれた。
痛みは無い。
しかし奴の迫力と容姿を間近で見て、魂の俺は恐怖に飲まれた。
数秒、命令を下す手が遅れ、ハルハルは何度も地面や壁に打ち付けられる。
「このままだと、ハルハルが‼」
ハルハルは、決して無敵ではない。
耐久力は人間の比では無いにしても、マミヤさんに両断された特訓を思い返せば、過信はできない。
精神ダメージとしてフィードバックされれば、人間の俺も気絶。
そうなれば俺もメムも、奴の餌食だ。
「いい様にされてたまるか⁉」
セレクトボタンを反射的に押し、アイテム欄から迷わずカーソルを合わせる。
同時にハルハルの手元から銃が消え。
俺が選んだ武器、『片手剣』が実装される。
「うおおおおおおおおおおおおおお‼」
剣を逆手に構え、相手の後頭部に突き立てた。
『ぎいい! 貴様っ⁉』
相手は嫌がり、ハルハルを投げ飛ばす。
丸まった体系を活かし、地面を転がりながら立て直す。これも特訓の成果だ。
しかし背中のランプは危険な点滅を繰り返し、こちらの危機的状況を示唆して来る。
『勇者様! 怪物がまた地面に溶けて……』
「ああ、そうみたいだな。だけどこの武器は役に立ちそうだ」
ハルハルの手に持つ片手剣を、まじまじ見やる。
祭りの屋台で売られてそうな、安物の玩具剣。そんな見た目に反し、威力だけなら光弾よりも高い。
後はヤラムルチの出る位置を絞り込めればだが……。
「いや、考えるまでもない。ここまで追い込めれば、奴は」
ハルハルの立て耳を研ぎ澄ます。
奴に悟らせないよう、静かに武装を変更し。
「メム、頭を下げろ‼」
『ごがあああ――あああっっ⁉』
攻撃に転じていたヤラムルチの口端が、筋肉を引きつらせた。
俺が銃口を向けると同時に、メムも条件反射で頭を下げる。
そして人質を捕えようとしていたヤラムルチは、ものの見事に俺の斜線上に飛び出したのだ。
光弾を数発に絞り、放つ。
いくつかは相手の分厚い皮膚で遮られる、が。
うち一発は、相手の血眼な眼球を打ち抜く。
『ごあああ‼ な、何故⁉』
「二度も同じ手に引っかかると思うな! お前の性格はもう読み取った! これで終わりにしてやる‼」
『ま、まだだ‼』
トドメを試みる前に、奴はまた地面へ潜る。
『我がこんなところで! 貴様なんぞに‼』
相当頭に血が上っているな?
だったらここが正念場だ。俺は響くヤラムルチの声に、応じた。
「だったら次の一撃で決着を決めようぜ! 俺の取るべき選択は決まている!」
武装を片手剣に取り換える。
もう遠距離武装は必要ない。
きっと奴は今度こそ仕留めようと、俺を狙い来るはずだ。
『殺す‼ お前の魂を食い潰してやる‼』
勝負は一瞬……ハルハルの全技能を振り絞って、奴に一撃を加える。
決死の時。
ヤラムルチの瘴気が、岩面を濁す。
天井――地面――壁。
俺の集中力を乱す様に、現れては消えていく尾や鱗の残影。
それを幾度となく繰り返し、俺はひと際強く放つ、奴の気配を定めた。
攻撃は正面からだった。
『死ねえっ‼』
地面から瘴気が広がり、今までよりも俊敏に姿を現す。
まっすぐ一本の矢となって、突っ込んでくるヤラムルチ。
それを前にハルハルは、片手剣を構えて。
自分の後方から迫っていたヤラムルチの脳天を、貫いた。
『な……に……⁉』
ヤラムルチの口は震えていた。
そして、ハルハルの目前にピタリと止まる――尾の先端。
ヤラムルチは、二手に攻撃を分けて、俺を闇討ちしようとしていたのだ。
「言っただろう? お前の性格は把握してるって」
『性格……らあ、と……⁉』
呂律が徐々に回らくなっていく相手に、俺は冥土の土産とばかりに。
「卑劣なお前のことだ。正面から真っ向勝負なんてやり口、初から一ミリとて俺は考えなかったよ」
『人間、ふぜい、に…………!』
憎悪は力なく干からびていく。
ヤラムルチはドスン! と地面に倒れ伏し、原型を泥上に崩していった。
『やった! 勇者様が勝った‼』
メムは歓喜に、小走りに駆けつける。
対して俺は、素直に喜べはしなかった。
「昌司。それに他の人たちも……」
天井に未だ、結晶の一部となって吊るされる被害者たち。
守れなかった。
その罪悪感と後悔が、勝利の余韻を上塗りにする。
もっと速く、マジムンの存在に気づいていれば。
「何を落ち込んでおる! お主は良くやってくれたぞ?」
「その声、キンマ!」
声はコントローラーから響いていた。
それに続き、眩いほどの輝きが火花のように飛び出し、周囲の空間へ飛散。
壁や地面を砕いていった。
「ええ⁉ キンマ何を‼」
「元凶が居なくなった今、その土地の効力はわらわの所有地となった! 案ずるな。今そこから出してやる。被害者となった者たちもな!」
閃光が視界一杯に広がった。
一面、真っ白な空白の世界。
だが、それも一瞬だ。
反射的に瞼を閉じ、次にゆっくりと開いた時には、高床式の建築物と森林の景色が広がった。
「オークの里。ってことは」
「よくぞヤラムルチを討ち取ったな。単独で成し遂げるとは、大したものよ」
「キンマ」
現場にはキンマが居た。
更にその後方では、マミヤさんが倒れ伏したオークや人々を、シシリーと一緒に運んでいた。
その中には昌司の姿も。
「かなり多くの輩が、被害に有ったな」
「ヤラムルチに、魂を喰われた。俺では救えなかったよ……」
魂の状態では涙は出ない。
しかし、ハルハルから流れる声量は震えていた。
そう、もう彼らは、戻っては来ない。
どう説明すればいいのだろう。彼ら家族や街の人々に。
「何を言っておる。助かるぞ? あ奴らは」
「……………………へえ?」
コロリと、簡単に告げるキンマ。
「キンマ様~。ヤラムルチの亡骸から続々と飛び出してます。どうやら魂たちは無事のようです」
「魂を大量に取り込みすぎて、消化までには至らなかった。勝負が速く付いたのも要因じゃ。これはお主の功績じゃぞ」
指をパチリと鳴らすキンマ。
瞬間、泥上となったヤラムルチの亡骸から気泡が立ち、止めどなく魂の激流が空へと昇った。
「ええ~と、貴方はあっち。アンタはあっちね。こらあ! それはアンタの身体じゃないってば‼」
それを前に、シシリーが魂たちを元ある身体に誘導していた。
そして戻っていく命の灯は、宿主に辿り着き、深い眠りから覚めていく。
『アレ! 俺たちは一体何を』
『マリ〇カートをやってた辺りから、記憶が無い』
『みんなーーっ⁉』
次々と立ち上がっていくオークたち。
状況が分からずぼーっとする者。互いに抱き合い、喜びを分かち合う者。
メムは友人たちの輪の中へ、涙を流して向かい入れられている。
和気藹々と、希望は俺の使命に報いるように、一人の男にも。
「いっつつ、あれ? ここは何処だ?」
「昌司!」
遠目で、友人は何事も無く復活する。
身体にも精神にも、異常は感じられない。
「ヤラムルチは、魂を燃料に成長しようとした。あのまま行けば、彼らは出汁にされ、絞りつくされていたじゃろう。しかしお主の頑張りで、それを阻止できた」
「俺が、みんなを」
実感などない。
仇を撃とうと必死になり、すでに皆、奴の餌食になったと諦めてもいた。
俺はそんな、か細い糸口を、掴みとったんだ。
「良かった……本当に!」
初めて何かを成しえたような達成感。
今まで生きてきた不甲斐ない人生に、ほんの少し自信を持てたような気が、今回ばかりは沸き上がった。
息を付いたところで。
『みんな! 勇者様だ‼ 勇者ハルハル様が怪物を倒してくれたんだ‼』
『それは本当かメム!』
『私の消えかけた意識で、戦っている者の夢を見たわ。きっと現実だったのよ!』
『ああ! 我らの救世主を称えよう‼』
「え? ええ⁉」
気づけば、ハルハルの周囲にオークたちが集まり出す。
埋め尽くす、テキスト欄の嵐。
ぶひぶひ! 彼らの鼻息に埋もれ、ハルハルの言葉は届かない。
終いには大量のオークに胴上げされ、俺はハルハルに吊られる形で地上と宙を上下していた。
「ちょっと、まっ‼ 激しい、おええ‼」
「ふっはっは! 勇者か、それも悪くない。眷属が称えられると、わらわの鼻も高くなるというものよ。良かったな春吉!」
「お見事です。一人でマジムンを討伐されるなんて。これで一人前ですね」
キンマとマミヤは賛辞を贈り。
「アンタはあっちね~。はあ、もう面倒くさくなってきちゃった。魔物は身体をごっちゃにしても、バレたりしないわよね」
などと、自分の業務を適当にこなそうとするシシリーを端に。
「ぶひぶひぶう」
「おんや、このオークちゃん。アンタにゲームを渡しに来てるわよ?」
「お、ス〇ッチ。そう言えばゲームの途中だったな。状況はさっぱりだが、売られた喧嘩は買うぜ!」
昌司と駄菓子屋の婆ちゃんは、状況など全く無視を決め込んでいた。
「ちょ、待って! どっか連れて行かれちゃう‼ 誰かーーっ‼ 誰か助けてーー‼」
勝利の余韻など一切ない。
俺はただただ、シャチに弄ばれる獲物の感覚を味わっていくことになった。
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