第19話 流布される驚異

 居ても立ってもいられず、飛び出した半面。


「どこに行けばいいんだろう……」


 マジムンの出現場所が分からず、俺は右往左往していた。

 何せ出所が『水が有るところなら何処でもいい』と、かなりアバウトな具合だ。

 あそこまで綺麗に他者を連れ去れるのなら、悲鳴を聴く間もない。

 場所だって無差別なら、一定の場所で根付くこともしないだろう。


「せめて、次に狙う場所が分かれば」


 そこで、ポケット辺りから振動が伝わった。

 携帯、ではない。キンマから貰ったコントローラーからだ。

 取り出し、そこで中央のボタンがこれ見よがしに点滅。

 それを押し込むと、コントローラーを起点に、四角いホログラムが正面に浮かび上がり、白髪長髪のドット絵キャラが映し出された。


『捜査の方は順調か、春吉はるきち?』


「キンマ、お前」


 このコントローラー、通話機能が有ったのか。

 しかもかなり大げさな機能だな。これも神様のこだわりなのだろうか?


『どうやらその様子じゃと、まだ素性が割れんようじゃな?』


「止めても無駄だからな? これから一応、街中を見て回るつもりだ」


『折が悪かったな。お前が飛び出して数分もしないうちに、こっちはマジムンに襲撃されたというのに』


「ほ、本当か⁉ それで、お前たちは無事なのか⁉」


『今は結界を張って保護されておる。奴も迂闊には近づけんじゃろうが、問題はこの騒動がどこまで続くかじゃな。長期戦に長引けば、シシリーの負担がかなり響く』


 結界を張れるのは、天族であるシシリーのみ。

 相手が四六時中、キンマを付け狙っているとしたら、シシリーもマミヤさんも気力が持つとは思えない。


「それで、俺はどうしたら良いんだ? このままだと――」


『相手の正体が割れた。『屋良無漏池ヤラムルチ』じゃよ。元々は同じ名の土地に住み着いていた悪霊のようなものじゃが、世界の変換を機にかなり巨大に成長したようじゃ。まさかわざわざここまで、わらわを潰しに来るとはのう』


「ヤラムルチ、か。それで、対策法は有るのか?」


『卑劣な奴のことじゃ。狙った獲物は何処までも追いかける、獰猛な習性も持ちあわせておる。恐らくお主の友人も、ヤラムルチが現れた場に居たから、狙われたのではないか?』


。そう言えば! オークの子供が一人、昌司しょうじが襲われた現場から逃げ出せていた! その子を見張っていれば‼」


『条件はそろっておるな。ならば急げ春吉! 攫われてからでは遅いぞ』


「オークの里に向かう! ナビできるか⁉」


『それよりも、ハルハルに変身したほうが都合が良いぞ? お前用の、素早い乗り物もアップデートしてやろう』


 そう言うや、画面先からゲージが表示され、何かを自動的に受信する。

 アップデートはすぐに終わり、アイテム欄に新しい表記が現れた。


『場所も設定済みじゃ。あとは最短ルートを叩き出してくれる!』


「よし! それじゃあ行ってくる‼」


 コントローラーの有線ケーブルを、胸に付きつける。

 そして自分の魂を身体から吸い出し、ハルハルへと生まれ変わる。


「さっそく使わせてもらぞ、キンマ」


 魂の俺が、コントローラーを操作し、アイテム欄の新装備を選択。

 キンマから授かった、移動用の乗り物。

 果たして、その性能とは……。



「って、三輪車ーーーーーーーーっ‼」



 光の中から現れたのは三輪車――まごう事なき子供用である。


『安心せい。見た目はそうじゃが、性能は段違いじゃ』


「見た目にも拘ろう⁉ この歳にもなって三輪車なんて‼」


『恥ずかしがるでない。実際に乗るのはハルハルじゃぞ? それともお主は、ハルハルが大人用の自転車やバイクを操縦する絵面が、お好みなのか?』


 聞かれ、俺は想像した。

 ハルハルの小さな手足では、自転車のペダルになぞ届くはずも無い。

 ましてやバイクなど、警察に即検挙される可能性がある。


「くっ! 今は緊急事態だ! こんなことで時間は食えないな‼」


 ここは頭を割り切ろう!

 俺はハルハルを操作し、新アイテムの三輪車に腰かけさせる。

 見た目は、意外にもマッチしていた。


『光っておるボタンを長押しすれば、勝手に目的地に進む!』


「よし、急げハルハル――って、うわああああああ~っ‼」


『うにゃにゃにゃにゃにゃ~~っっ‼』


 ボタンを押し込むや、有線ケーブルは容赦ない速度で俺を引きずっていく。

 速度はバイクにとて肩を並べられるほどに。

 ペダルかチェーンが焼き切れる勢いで、ハルハルは必死にペダルを漕いでいった。




 春吉宅から二・五キロほど離れた、開拓森林の奥地。


 里の周囲で、悲鳴はまたも轟いた……。


 高床式の木造建築物が立ち並ぶ、里の中心広間。

 多くのオークがその場に集合し、周囲を警護していた兵士オークの報告に、耳を痙攣させる。

 ※ここからはオークの言葉を標準語で、お送りします。


「どういうことだ⁉ 今度はモーの姿が消えたぞ⁉」


「ムーの姿もだ! これが街で騒ぎになっている、消失事件⁉」


 突然、仲間が消息を絶ち、所持していたであろう手製の槍だけが仲間の手元に残された。

 自分の武器をみすみす手放す戦士は居ない。


「やはり何かあったのだ! これはただ事では無いぞ‼」


「人間だけが標的では無かったのか⁉ これは魔物の仕業か‼︎」


「て、天罰だ……きっとこの街に、神の裁きが下ったのだ。このままではみんな、ミライカナイに連れ去られてしまうぞ!」


「馬鹿なことを言うな⁉ 人間どもならまだしも、何故我ら自然と共存している種に!」


 喧騒は冷めない。

 そんな中で、一人の子供オークだけが、真実を訴える。


「『黒い蛇』だ! そいつが仲間を飲み込んでいったんだ‼」


「なんだ、メム! さっきから一体何を言っている?」


「だから黒い蛇だよ! オラは見たんだ‼ 奴は水の中からいきなり現れて、レグやモンモを食べていったんだ‼」


「どこにそんな巨大な大蛇が……。大体、そこまで巨大なら、とっくに人間が対峙しているはず‼」


「やはり天の裁きだ! 神隠しだよ‼」


 メムの言葉に誰も耳を向けず。その歪な生態と、マジムン故の凶悪な性質を、誰もが想定できないでいた。


「とにかく、一人になれば狙われるのは確実。ここは集団で固まり、対策を練らなければ……‼︎」


 ガシャン!


 何かの落下音が、不意にオークたちの耳を震わせた。

 全員が違和感を感じたのは、彼らの元来から持つ野生の本能があってのことなのか――視線の先の石積みされた井戸から、不穏な気配を感じ取る。


「おい。なんで井戸のバケツが、外に投げ出されてるんだ?」


「オイラが知るかよ。お前見てきてくれ」


「な、なんでオイどんが!」


「もう! 何さアンタら、不甲斐ないねえ⁉」


 気の強いメスオークが、エプロンを捲し上げて近づいていく。

 滑車とロープで繋がれたバケツは、何かに押し出されたように、破損し転がっていた。

 それを素通りして、メスオークは井戸の底を見渡した。

 至っていつもの、清澄な地下水。


「なんだい、やっぱり何もないじゃないか」


 メスオークは、皆に何もないことを告げようと、井戸に背を向けた。

 すると、肩にポツリと、水滴が滑っていく。


「おや、雨かい?」


「お、おい! お前の後ろ⁉︎」


「へ?」


 二度の瞬き。

 メスオークは再び、井戸に見やる。

 水しぶきが上がっていた。

 それも徐々にせり上がるようにして、大量の水が上り詰め。



 黒い混濁とした汚水から、大蛇が大口を開けて、メスオークに食いついた。



『ぶひいっ⁉』


 全てのオークが息を詰まらせた。

 メスオークが、じたばたと手足をもがくが、努力空しく丸のみにされる。

 膨らみが蛇体の腹を下っていき、井戸の先へと落ちていくや、大蛇の視線はオークの集団へと注がれる。


「ば、化け物だああああぁぁーーーーーーーーっ‼」


 一様に恐怖が貫いた。

 下等な集団が足並みを崩す様に、ヤラムルチは意地汚く笑ってみせる。

 逃げ場は絶対に与えない。

 空に漂う曇った雲が、もうすぐ地上を支配する。


 化け物は獲物に舌鼓を打つように、舌をチロチロと出し入れする。

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