第17話 神隠し

「なんだか、パトカー多くない?」


「昨日の深夜から、なんだかひっきりなしよね~?」


 子連れの母親たちがそう談笑する最中に、道路には警察車両が通り過ぎる。

 更には道中の、駄菓子屋店でも。


「ぶひゃぶひゃ⁉ ぶーぶひぶひ、ぶひぶぶ⁉︎(店が閉店している⁉︎ やはりさっきの噂は、本当だったのか⁉︎)」


「ぶうぶひ、ぶひひぶぶう! ぶう! ぶひっひ、ぶひぶびいぶぶう⁉︎(だとしたら、しでかした輩を野放しにできぬ! 探せ! 我らの聖地を、みすみす手放してなるものか⁉︎)」


『ぶうーーーーっ‼』


 それはオークの集団であった。

 数はざっと見渡して、二十匹前後。

 まだ未成年のオークが大半であり、その中に大人オーク(と言っても、身長は大体80センチ前後)は数匹混じり、皆一様、剣幕を鋭く交えている。

 普段なら森の中で民家を作り、里全体で農作業やら防衛やら割り当てられた仕事をこなす彼らなのだが――どうも今日は様子がおかしい。

 そもそも、これだけの数が、俺たちの街中で行動を起こしている事が珍事だ。

 彼らは、家族だけでなく種全体の結束力が強い種族だ。里への忠誠心が異様に高く、滅多なことでは、自分の仕事をおろそかになどしない。

 これだけの数が、自身の仕事に手を置いてまで、一体何をしているのか?


「そう言えば、駄菓子屋の店、閉まってる……」


 俺は途端に足を止めて、不振がった。

 今朝見てしまったあの夢が、不自然にぶり返し、それを振り払おうと頭を振る。


「いやまさかな、そんなこと。あるはずない」


「何がまさかなんだ? 春吉はるきち


 不意に背後から声を掛けられた。

 振り返ると、そこには昌司しょうじが、鞄を後ろ手に担ぎ同じ光景を目にしていた。


「昌司、どうしたの? 君、通学路はこっちじゃないよね?」


「俺もアレが気になっててよ。聞いたか? あそこの駄菓子屋のお婆さん、昨日行方不明になってんだよ」


「え⁉」


 再度、オークの集団に振り返り、息を詰まらせる。


「そ、それじゃあ、オークたちが騒いでる理由って?」


「随分とあっちの婆さんには、世話になった奴らが多いからな。それで結束してるんだよ」


「警察は? さっきのアレは、それで捜索してたのかな!」


 昌司の顔は、少しも晴れず。


「昨日から何故か、行方不明者が続出している。警察側も手は尽くしてるんだが、手掛かりの糸口も掴めていないらしい。俺も……これはただ事じゃないと思ってるぜ」


「昌司?」


 彼は何か知っているのだろうか?

 事態の深刻さを、いの一番に実感している節が彼から感じ取れる。

 それを聞き出そうと、口を開けた手前――。



『ぶひゃあーーーーーーっ‼』



「ひ、悲鳴⁉」


「オークのものだ‼」


 それを聴いて、昌司は黙って走り出す。

 俺も一歩出遅れながらも、彼の背を追いかけた。

 流石は運動部と言うこともあり、追い付くのは至難。なんとか彼の姿を視界に留めておくのが精いっぱいで、止まった昌司に追いついた頃には、心臓はバクバクものであった。


「しょ、昌司!」


「これは⁉」


 なんの変哲も無い、市街地の道すがら。

 そこには一匹の子供オークが、怯えて地面に突っ伏しており。



 そのオークの周りには、仲間が持っていたであろう品や武器が、乱雑に散らばっていた。



「ど、どういうこと? 他のオークたちは?」


「わ、分からねえ! だけど同じだ! 婆ちゃんが居なくなった時と……」


 愕然とする昌司。

 俺も同様に、焦りが思考に絡みつく。

 これが行方不明になる経緯、なのか? こんな忽然と、前兆も無く……‼

 周囲は市街地。すぐ隣には家々が続き、相次いだ悲鳴に住人たちも窓から顔を出し始めてもいる。



 こんな人目の付くところで、それも一斉に消失するなど――。



「ちょ、ちょっと君大丈夫か? ほら、立ってみろ」


「ぶぶぶ! ぶぶぶ……‼」


 オークの子供は怯え、俺の手を取ろうとさえしない。

 明らかに何かに対して、恐怖心を抱いていたのだ。


「と、とにかく! ここに居るのはまずい‼ 速く、昌司も一緒に‼」


 俺は振り向き間際に言い放つ。



 彼のリュックサックが、不意に地面へと不時着した。



「へ?」


 事態を飲み込むまで、順に手順を追って、光景を追う。

 彼が後ろ手に担いでいたバッグは、無造作に地面に置かれ……当の本人は何処にも居ない。

 移動した痕跡も、消失したという実感すらも。

 まるで初めから、そこには誰も居なかったように――丸っきりその姿は、その場から完全に掻き消えていた。


「ぶ、ぶひいいいいいいい‼」


 オークが悲鳴を上げて、走り去っていく。

 俺はそれで我に帰った。


「どうして、なんで⁉ 昌司⁉ 何処行ったの⁉」


 車が一台、通れるかぐらいの細い道路道。

 周りを見渡しても、何も無く。

 もはや頭に入って来るのは、何かに騒いでいる犬の鳴き声と、道路わきに備えた、用水路から流れる水の音だけであった。

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