第15話 異変

 空が橙色の夕刻時を迎えた頃。

 とある場所の駄菓子屋店。


「うーっす! お婆ちゃん、ラムネある~?」


「おや昌司しょうじ、部活の帰りかい。有るよ、一本で良いのかい?」


 制服のボタン上二つをだらしなく外し、インナーシャツを摘まんで風を送る昌司。

 小銭と引き換えに、冷えたラムネの瓶に対面し、彼は一息つく。


「今日は有って助かったぜ。夏も近くなってきてるせいか、最近はすぐに無くなるよな? そんなにこの店、盛況なのか?」


「オークんとこの子供が、よくここに来るのさ~。その他にも、いろんな種族の子がシールやらおもちゃ目当てにね。ほれ、話題にすればなんとやら」


「ぶひひ、ぶひゃぶぶう(婆ちゃん、アイス棒一本)!」


 入店する一匹のオークの子に、店主の婆さんは手際よくアイス棒を渡す。


「婆ちゃん、オーク語なんて分かんの?」


「言わんとしている感情を読み取るのさ~。言葉は通じなくても、何が言いたいのか――求めてるのかなんて手に取るように分かるよ。逆に、最近の人間なんかは、めっきり自分の気持ちを外に出しやしない。若いもんは尚更にね~」


 どうやら他の種族に人気な理由は、婆さんのその特技にも有るのだろう。

 理解し、昌司は鼻を鳴らした。


「まあ、俺はちゃんと自分の気持ちは吐露してるぜ」


「アンタは、悩むほどの頭が無いだけだろう?」


 ムッとなる昌司。

 婆さんは笑い飛ばしながら、「ああ、そうだった」と立ち上がる。


「洗濯物を取り出さんとね~。すまないが、少しここを見といてくれないかい?」


「ん? ああ、別に良いよ」


 気軽に返事し、婆さんはゆっくり家の奥に引っ込んだ。

 昌司はラムネに舌鼓を打ち、それを一気に飲み干す。


「っか~! 身体に染みる~!」


「ぶぶぶ(何だこれ)?」


 するとオークの子供が、食べ終えたアイス棒を前に、耳を引く付かせて不思議がっていた。

 昌司は「どうした~?」と、同じ目線に腰を屈める。


「ぶひゃぶひゃ(ここんとこに文字がある)」


「ああ、『アタリ棒』だなこりゃ。喜べガキんちょ、も一本オマケで貰えるぞ」


 昌司は家の奥に、「婆さ~ん、婆さ~ん!」と声を張り上げるが――。


「あれ?」


 声が無い事に違和感を感じて、家の中に上がり込んだ。


「お~い、婆さん」


 そして、店主の向かったはずの場所(家が古いもの為もあり、浴場とトイレ、洗濯機が一緒くたにされていた)に向かうが――。


「居ない?」


 洗濯機の中身に、触れてある様子は無く。

 しかし衣類を取り出す準備はされており、この道中で投げ出したなんて考えづらい。


「婆さん…………?」


 昌司の眉毛が、不穏な気分で歪む。

 そんな彼に気づかれぬまま、風呂場に満たされていた湯舟は、水面を緩やかに落ち着かせていく。

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