第14話 マミヤさんの価値観
学校帰りにゲーセンへと足を運んだ俺たち。
世界が生まれ変わっても、テレビゲーム、並びに店先に並ぶ筐体ゲームたちに変わりようは感じられなかった。
いや、逆に数だけで言えば、以前よりも倍近く有る。
「ぶう、ぶひぶひぶぶ‼ ぶひぶぶ⁉(おい、もうちょっとアクセル踏み込めよ‼ 追いつかれるぞ⁉)」
「ぶうぶひ! ぶうぶひぶぶ⁉(待ってくれ! これ以上足が届かねえ⁉)」
オークの子供たちが、レースゲームに勤しんでいた。
それも、彼らのような種族の低身長に合わせた、筐体のサイズ。
そう、ここは人間だけではない。
他の種族にも合わせた筐体や、他の種族が作ったであろうゲームさえ立ち並ぶ。
もはや俺の知るゲームセンターあらゆる点で、異なっていた。
その中でも俺は――。
「もっとテンポを取れ、
「ハルハルの状態で動くのきついんだって⁉」
画面上に流れて来る、上下左右の方向指示。
それに合わせて足場に表示される上下左右の方向パネルを、ハルハルの脚で踏ませて、ゲームが要求して来る指示に対応する。
俺はキンマと共に、ダンスゲームで激しくハルハルを酷使。
魂の俺から見れば、コントローラーでハルハルを操作し、そのハルハルでゲームを操作しているのだ。
まさに二重苦。
「頑張って下さい、春吉様~」
傍からマミヤさんが、カメラを構えて、応援。
しかしインスタ映えできるほどのゲームスキルが有るわけでも無く、終了後のスコアボードはまるっきり低評価であった。
「やりましたね、キンマ様」
「ふむ! まあこんなところじゃろう」
かたや、隣のキンマは高ランクスコア。
「負けたようで虚しい……」
「ふっふっふ。どうやら初めて味わう気分そうじゃな、春吉。一緒につるむ仲間が居なければ、味わえぬ敗北感よ」
「やめて、別の意味で虚しくなっちゃう‼」
そういう時だけ、心見透かすのやめてください!
「ここにはお主の知らぬゲームがいくらでもある。どうじゃ? この場でしか現れない猛者共とやり合うのも一興じゃぞ?」
「そういえばゲームセンターで陣取ってたアイツらが居るのに、よく客が入って来るよな?」
店先で迷惑にも陣取ってたゴブリン連中が居るのに、どうにも客足が滞ってるようには見えず。
「アレでしたら、まだ入り口で陣取ってますよ? 先ほどオークの子供たちに惨敗を喫してましたけど」
「子供に負けんのかよ⁉」
もしかしてアイツら放置してんのって、結局のところ、入場するのにそこまで技量を必要としないからか?
アイツらが激弱すぎて。
「さてと! わらわはそろそろ格闘ゲームの方に行く! 今日は月に一度の大会があるみたいじゃしのう」
「もしかして、それのために特訓打ち切ったとか?」
「はて、どうじゃろなー」
清々しい、しらの切り方だ。
キンマは一人、いそいそと格闘ゲームのスペースへと赴いていく。
「マミヤさんは一緒に行かないんですか?」
「ゲームとは、よほど神経をお使いになるのでしょう? 時空間移動よりもよっぽど難儀だと、言っておられました。キンマ様の邪魔になると思いますし、店内ですので、何かあればすぐに駆けつけられます」
「さ、さらりととんでもないこと言いますね……」
神様にとってゲームって、時空間なんたらより難しんだ……。
ハルハルが一頭身の頭をひねっていると、マミヤさんは笑う。
「ですが、だからこそ魅力的なんだと思いますよ? 娯楽のゲームに対しては、キンマ様は真剣です。いつだって『神』としてではなく、キンマ様本来の力でやり遂げようとしておられます。神と言っても、神力が無くなれば、普通の人間と大差ありません。誰もが本来の自分を威厳で保つ中、キンマ様だけは敢えて、赤裸々な自分で勝負しておられます」
「へえ~。キンマって、他の神から見ても変わり者なんですね」
「そう言われると、変わり者じゃない神様の方が少ないと思いますよ?」
頬に指を添えて、彼女は困った表情。
まあ、言われればそうなのかな? そもそも神様を人間の物差しで測ること自体、間違いかもしれない。
「ですがその甲斐あって……いえ、これは春吉様のお陰かもしれませんね。ここ最近のキンマ様は本当に楽しそうです。見て下さいよ、この無邪気な表情」
マミヤさんは、俺にカメラを渡してくる。
背面に表示されたディスプレイには、先ほどのダンスゲームでの一枚絵が。
「確かに、爽やかな笑顔してやがる」
写真には、ハルハルが態勢を崩しかけてる隣で普通の子みたいに笑うキンマ。
俺でもドキリとしてしまう程に、その顔は輝かしい。
「ちょ、ちょっとなんなのこの写真‼ 可愛すぎるーーーーっっ‼」
そして天族に至っては、カメラの画面を抱いて、店内の床を転げまわる。
「シシリーさん! 大人げない事やめてください。春吉様が見ておられたのですよ?」
「人間如きが、キンマ様のご尊顔を脳裏に焼き付けること自体、恐れ多いことなのよ!」
「その割には、学校も町内の人間もがっつり見てるけどな!」
「うっさいわね、病原人! それよりもマミヤっち! これ現存したら、私にもちょうだいね? ね⁉」
言ってる最中もテンションで悶えるシシリー。
そこで俺は、ふと彼女の所持する紙袋に目をやり。
「ぬいぐるみが一杯……」
「またこんなに大量に……。もう我々の部屋に、置けるスペースは限られるんですよ、シシリーさん?」
「だって~超可愛かったからさ~。どうしても手に入れたくて~」
「可愛い物好きは分かりますけど、少しは自重して下さい」
「は~い……」
「可愛いもの好き、ね」
ん? 待てよ?
俺はふと思い、質問する。
「シシリーさ。お前、キンマ様の元に着いた理由って――まさか『可愛かったから』とかじゃあるまいな?」
大事な神に仕える理由が、まさかそんな不純な……。
「それ以外に何が有るのよ⁉」
「マジかよ⁉」
断言しやがった!
「そんなんで良く、忠誠心とか持たせられるな?」
「心配はしなくても、キンマ様はちゃんと慕ってるわよ。他の神様たちに比べたら、よっぽど寛容だし……いつだって隣に居てくれるし。病原人には、分からないでしょうけどね!」
「いい加減、俺だけを敵視するのやめろって。お前の趣向に文句言ってるわけじゃないんだから。……一応聞いておくけど、これはお前の実力で取ったんだよな?」
ハルハルにぬいぐるみを指さしてもらい。
シシリーはそれに、視線を逸らした。
「…………ちゃんと実力ですけど~……」
「店員さ~ん! ここにズルした子が居ま~す!」
「ど~わひゃひゃっひゃ‼ やめて、春吉さん‼」
敵意増し増しの吊り目から、申し訳なさそうに視線を逸らした時点で、嘘だと分かった。
天族の力をクレーンゲームで悪用するなど……大した神の遣いである。
「む、無益な争いはよしましょう! 今日は特別にキンマ様のお写真を、見せてあげるから! ねえ‼」
「お前、そんなんで誤魔化せる気か?」
「マミヤっちの事よ。他にもいろいろと良い写真が……」
言った手前で、何故か本人は首を傾げた。
カメラメモリの写真に対してだ。
「どうした、シシリー?」
「いや……写真は多いんだけど、どれもこれも春吉さんのばかりなんですよね」
え? どういうこと、それ?
マミヤさんは俺ばっかり撮ってたってこと?
そ、そそそそそ、それってつまりは……⁉
俺にも春が来たのか⁉ と、つい桃色の妄想を滾らせてみたり。
「特訓で必死に逃げてる写真とか、牛マジムンの墓地で、アンデットに追いかけられてる写真とか」
そして俺の春は、一気に冬期へ到来した。
「ちょっとマミヤさん! なんですか、この傍観の数々⁉」
シシリーからカメラを受け取り、中身をスクロール。
あれやあれやと出て来る、記憶から追放したいトラウマの名場面集に、マミヤさんは笑顔で。
「私、好きなんですよね。他人が必死に足掻いている様って……」
素気無く言うもので、俺とシシリーは寒気を走らせる。
「なんだか……一気に黒い部分が表面化しだした」
「マ、マミヤっち。悩み事とか有ったら多少は相談に乗るよ? だから余り抱え込まない方が良いんじゃないかな?」
「ん? 私の趣向って、そこまで変なんですか?」
『自覚が無い、だと……⁉』
驚愕する俺たち。
それにマミヤさんは弁明するように、手を振った。
「私って、生まれた時から『
マミヤさんは、辺りを見渡した。
「ですから……こういう場所で、みんなが必死に足掻いて……あまつさえそれを楽しんでいる光景は、昔の私からすれば信じられませんでした。こんなに和気藹々と争い合えるなんて……」
子供から大人――歓喜から悔恨に至るまで、様々な種族が互いの想いを交錯させてゲームの筐体を前にさらけ出す。
その様子を映す瞳はどこか儚げであった。
俺は率直に戸惑い、隣のシシリーがしおらしく耳打ちする。
(マミヤっちは、私たちに会うまで戦争真っただ中の戦地で戦ってたのよ。来る日も来る日も、子供の頃からずっとね)
(それじゃあ……普通の人として暮らしたことは?)
(一日たりとも、無かったかもね)
途端に、意味合いがコロリと変わった。
マミヤさんの視線で覗くこの場所が、少しは感じ取れたのかもしれない。
「ここは良いですよね。誰もが……自分が楽しむために戦っています。その中に一つとして、命を脅かすことも無い。人も、オークやゴブリンといった他種族も、分け隔てなく」
そして俺たちに向き合い、言うのだ。
「私は、キンマ様に付き、春吉様たちの世界に辿り着けたことを、幸福に感じます。ここでは今までに無い、いろんな景色を見せてくれますから」
「マミヤさん……」
「マミヤっち~……」
シシリーまで、ハンカチで目元を拭う。
価値観の相違が大きかったほどに、彼女の人生の物差しも、あらゆる面で大きく書き換えられたのだろう。
その相違の差異が、ゲームという娯楽発達のお陰なのか――。
それともキンマの存在によるものなのか――。
「すみません、マミヤさん。貴方の気も知らずに……」
カメラを返し、野暮な性格の詮索に対して謝罪する。
マミヤさんは「いえいえ」と、全く気にも留めず。
「特に春吉様の勇士には、他には無い強い何かを感じるんですよ。この写真を眺めていると、私も身の内深くで、愛おしく思うのです」
カメラの画像を眺める、マミヤさん。
多分、そこが俺が持っていて、マミヤさんに無いものなのだろう。
俺の気持ちを表現するハルハルは、瞳を震わせて――。
「本当に、春吉様が頑張っている様を眺めていると、身の毛が震えるほどゾクゾクしちゃいます。なんなんでしょうね、この感覚は。本当に、初めて!」
アレ? なんだろう。
彼女が勝手に沸き立っていくのと同時に、俺の気持ちが冷めてしまうのは……。
茫然とする俺。
そんなハルハルの小さな頭に手を乗せて、シシリーはこれ以上踏み込んではいけないと、首を振った。
「ふ~っはっはっは‼ やったぞお主ら⁉ 此度の大会は、わらわが覇者じゃ! マミヤ、シシリーよ! 今宵は赤飯じゃ! わらわを称えるがいい‼」
「やりましたね、キンマ様‼」
キンマがお手製のメダルを首に下げ、胸を張って登場。
シシリーは過剰に称えるのだが、マミヤさんは瞬きするのも忘れて、カメラを何度もスクロール。
その時の顔は、決して女子がキャキャキャウフフと、和む笑顔ではない。
俺はそこでやっと、マミヤさんが俺に対して向けて来る情動が、決して羨望の類では無い事を理解した。
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