第11話 特訓
というわけで、授業終わりの放課後。
「さて
「西条さん……」
俺の前に、第一の難関が立ちはだかっていた。
まさか教室を抜け出るのにも一苦労挟もうとは――ここ最近、話がスムーズに行っている気がしない。
「あの、なんのことか分からないのですけど?」
「とぼけないで下さいまし。あの女との夕食会のことについて。そして私に黙っていたことについてですよ!」
「ちょっと待って‼ なんで人間関係に関して、逐一西条さんに報告しないといけないの⁉」
「貴方が私の下僕だからでしょうが‼︎」
「違いますけどお⁉」
マジでどういう
それを聴きだす前には、すでに襟首を掴まれ、揺さぶられていた。
「さ、西条さん! 周囲の人が見てますよ⁉ 貴方、お嬢様でしょう⁉」
「下僕をしつけるのも、主人の役目ですわ!」
駄目だ! 今回は意地でも離れそうにない‼
周囲の人々の反応も、若干ひかれ気味。
皆、関わらないように目を伏せ、帰宅していく者まで居る始末。不審者の現場に遭遇してしまった反応に近いのだろう。
西条さんは、そこまで自分の株に亀裂を走らせてまで、一体何が気に喰わないというのか⁉
「春吉様~」
一触即発の冷気が漂う中で、前後の状況を全く意に介さない柔和なボイス。
マミヤさんは笑顔で、教室に戻ってきていた。
「特訓用の魔物を調達してきましたよ~? 速く運動場の方へ向かいましょう」
…………笑顔でそれ言う?
西条さんとは別の意味で怖いんですけど、マミヤさん。
「ちょ、ちょっとお待ちになりなさいマミヤさん! 春吉さんとは、これから学級委員としての会議が有るのです! 勝手に連れていかれるのは困りますわ!」
珍しく西条さんが他人に食い付いた。
しかも今回は筋が通った意見。
「それなら心配ありません。生徒会側が、サポート要員を補充して下さったので」
「…………はあ?」
目が点になる西条さん。
マミヤさんの後ろから、複数の生徒が迅速に行動を進めた。
「春吉君には別件がある。西条さん。すまないが今日は一人で参加してくれ」
「それでは行きましょう、
「はあ! ちょっとお待ちになりなさい、貴方たち‼ 何故そんなに恐れた目をしていますの……? ちょっとマミヤさん! 一体何を⁉︎」
お嬢様口調は次第に遠のき。
マミヤさんは爽やかに。
「それでは邪魔者も消えましたし、行きましょうか春吉様」
「ほんのり本音を漏らしましたね……。それに生徒会って、さっきのゴタゴタでほとんど保健室送りになってたんじゃ?」
「そこはシシリーさんの力で、全快させましたよ? これもキンマ様のため……彼らに必要な労力分の体力は、ちゃんと提供してあげませんと」
「ブラックすぎますよ⁉ 転入一日目で何やらかしてるんですか⁉︎」
生殺しもいいところ。
いっそぶっ倒れて入院した方が楽なのではないだろうか?
これでほぼほぼ、生徒会はキンマの手に落ちたも同然となり、俺に安息の地は完全な崩落を喫した。
俺に選択の余地は無く、向かったのは運動場の一区分。
中高一貫校ともあってか、運動場の面積はかなり広く(世界変換後は、更に二倍近く広がった)、各運動部専用、『義務護身術』の演習用などなど。
因みに、『義務護身術』とは変換後に導入されていた学校の科目で、主に魔物やらと遭遇した際の対処法でもある。
俺としては護身術どうこうで凌げる魔物が居るのか、甚だ怪しいところではあるのだが――向かった先が、その演習場であった。
「おお、来たな春吉。待ちくたびれたぞ」
「キンマ……その大男さんは、一体どちら様で?」
斜め上を見上げ、圧倒される俺。
4メートルはあろう、赤い肌ムキムキの人? が棍棒を担いで出迎えてきてくれた。
昔、絵本で描かれていた赤鬼が、そのまま飛び出してきたようなビジュアルに、ただただ嫌な予感が過ぎる。
「キンマ、まさかこの魔物が?」
「対・魔物護身術、兼オーガ流空手部の顧問のドウリキ先生じゃ。一応、この学校の先生じゃぞ?」
「ま・さ・か・の⁉︎」
二本指をピンと張って、敬礼まがいのジェスチャーを貼るドウリキ先生。
斜め上すぎるわ!
「言葉は通じてる?」
「残念ながらオーガは人型種族でありながら、言語は持ち合わせていません。その代わり手話や仕草で応じますので、気持ちは通じますよ」
補足され、少しだけ感心する。
だがそれも束の間だ。俺は本題に自ら足を踏み入れた。
「そ、それで、俺は何をさせられるの?」
「護身術の講師を読んだのだから、やるべきことは一つであろう」
ああ、ですよねー。
それじゃあやっぱり、このトウドウ先生と体を張った授業を――。
「これからお主は、この『ベヒモス』を相手に生き残ってもらう」
キンマは指パッチンで、催促。
同時にシシリーが引きずってきたのは、ある生物が入ったおり籠だった。
鉄格子を脳天からそびえる二本角で打ち鳴らす――像のような巨体と、サイの造形をかき合わせたような魔物が一匹……。
「『ビッグベアー』はネタバレされたからな。新たにサプライズとして、このベヒモスを町内から連れ出してきたぞ!」
『ぶるがああああっっ‼︎』
「誰も望んでないよ、こんなサプライズ‼︎ ってか、こんなのが町内に居んのかよ⁉︎」
「もしかして〜このオーガがアンタの相手だと思ってた〜? 安直な思考ね、病原人」
「ごめん、思考が二転三転しすぎてショート寸前で胃酸が逆流しそうだから、俺はもう帰らせてもらうわ」
「まあ、概要を話すとすると。トウドウとマミヤは、戦術のイロハを指導する指南役じゃ。ちゃんと心して、体感するのじゃぞ?」
この場から立ち去ろうとする俺の肩を、マミヤさんが片腕一つで引き戻す。
聞かされたのは身勝手な提案。
「は、離せーーっ‼ お、俺はまだ死にたくはない‼︎」
「いざとなれば、トウドウ先生と助けますので。安心して下さい、春吉様」
「貴方の『安心』の信頼性は、すでに地を這ってますよ⁉」
「マジムンに殺されないための、必要仮定と思え。シシリー」
「は~い!」
すこぶる意地の悪い笑みを以って、檻を開くシシリー。
魔物はズシン! ズシン! と、大地に重量を響かせてこちらに向く。
明らかに不機嫌な様相だ。話し合いで解決できる類ではない。
もはやここは、腹をくくるしかない!
「特訓ってことは、『ハルハル』になるのは容認してるんだよな⁉」
「当り前よ。そのための特訓じゃ」
神具であるコントローラーを懐から取り出し、俺は有線ケーブルを胸に突き立てる。
身体から取り出される、俺の魂。
それが実態を帯び、霊体へと変換される俺に代わり、新たな身体を創り上げる。
俺の魂のもう一つの形。
どこぞのマスコット体を醸す、愛らしい一頭身キャラ――ハルハルへと。
「唐突なんですけど。もう春吉さん、元の身体なんて捨てて、このままの形で生きていった方が良くないですか?」
「本当に唐突だなシシリー⁉」
ハルハルが俺の言葉を代弁。
コイツ……かわいいもの好きだからって、俺の人生をまで捻じ曲げる発言を。
「ふ……ふが!」
「キンマ様、オーガが何か言ってますけど?」
「『そんなにちっこくなって大丈夫か?』と、心配しておる。安心せい。あの姿こそが、奴の本領じゃ。むしろ人間体よりも、身体能力は向上しておる」
などとキンマは、トウドウ先生に手話で会話。
へえ~……神様ってああいう特技もってん、ぐぶう⁉
「春吉様、よそ見はいけません。ちゃんと相手に向き合って!」
「ちょ、まっ! 反撃できなっごぶうげふう‼」
一瞬の油断が、勝敗を分けた。
俺ことハルハルは、そのまま相手魔物のお手玉、蹴鞠も当然のように、宙を舞い、地を転がされ――格闘ゲームのハメ技の如く、一方的な試合を展開された。
※この一戦でハルハルは、あらゆる態勢からの『受け身』が得意となった。
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