第10話 侵食されゆく学園生活
「ねえねえ、マミヤさんって何処出身? もしかして外国人なの?」
「はい。出身はバタリアです」
「バタリアって……過酷な環境で有名だよね⁉ 強い魔物とかわんさか居るんでしょ? 凄いな~そんなところから」
「生まれた時からの故郷ですから、あしらい方は心得ています」
感嘆の声が、教室中に広がる。
今や、クラスメイトたちは新しい仲間の話題で持ちきり状態。
まるで有名人を取り囲むように、マミヤさんに人が集まり、他クラスからもちらほらと見に来る生徒が居るほど。
休み時間の合間、ずっとこの状態である。
まあ、美人で清楚と並び外国人。集う理由には充分であろう。
「こりゃ、今日いっぱいは引っ張りだこだな。人気者は大変そうだ」
「そうだね……」
俺からしてもより着くには、分厚い壁が立ちはだかっている。
本当なら、転校の顛末とか、誰がこの計画を企てたのか、問いただしたい。
十中八九、キンマかもしれないけど、そこはもちろん理由も含めて激しく問いただしたい!
「あの清楚さ。それに風格からして……かなりできそうだな」
「どうしたの昌司? そんな少年漫画みたいな台詞を……」
「最近、相手の秘めた力を除く心眼を鍛えていてな。相手の戦闘力をある程度測れる」
「マジで⁉」
「ああ、周囲の奴らの数値が50オークだとして……」
「ちょっと待って。オークって単位なの? アレなの、オーク50匹分ってことなの⁉」
「あの外国人の戦闘力は……10000オーク‼」
「全然、桁がちゃうやん!」
もうアレだよね⁉ 魔王の域だよね、それ⁉
いやオーク一万匹分の戦闘力ってのも、分かったもんじゃねえけど‼
「しかも今の風格だけでそれだからな。初めから殺るつもりで動いたなら、更に力は増幅するだろうぜ」
「昌司……ちなみに俺の戦闘力っていくらなの?」
「え? …………大体10オーク」
「なんで現実はこんなに厳しいんだ‼」
世界が生まれ変わっても、非力さは変わらない。
改めて、俺の立場を理解すると共に、尊厳を厳守するための決死さが問われた。
俺も昌司みたいに心眼鍛えるかな……。自分より強い相手見極めることは、この世界では何よりの生存に直結しそうだし。
「はあ~あのたたずまいだけで、彼女の才能は漏れだすものなのか~」
改めて、皆の相手をするマミヤさんに視線を向け、しみじみ思う。
「どっかの誰かさんも、騙すのは見た目だけにしてほしいよ……」
「あら~そのどっかの誰かさんとは、わたくしの事ですか~
瞬間、俺の後頭部に強い握力が襲う。
俺は「はっ!」となって、冷や汗を掻いた。
「違うんですよ、
「でも含まれては、いるのでしょう? 飼い犬に手を噛まれるとは、こういうことを言うのでしょうね? 少し調教が必要そうですわ……」
「昌司助けて!」
「戦闘力……100オーク、いや。200オーク。強い……」
「冷静に分析してないで、いだだだだ!」
やばい! 本当にパワーが上昇している!
これが戦闘力の効果だというのか⁉
だとしたら、このお嬢様にすら大きく劣る俺の戦闘力の存在意義とは一体⁉
「あの~少しよろしいですか?」
しかしそんな最中、誰かが助け船を寄越してきた。
西条さんは途端に俺への攻撃をやめ、いつもの気品とした自分に切り替わる。
そして俺も、頭痛の痛みから解放され、救いを差し神ばしてくれた恩人に顔を合わせた。
「どうかなされまして、マミヤさん」
「はい。先ほど、指導者の方がこちらの施設の内情は、クラス委員に聴くようにと承りまして」
生徒の輪から脱し、マミヤさんは目的を告げる。
転入したてで、当たり前の話ではある。しかし当の西条さんは首を傾げた。
「貴方、これだけ人気もなんですし、仲良くなった者に案内してもらった方が良いのでは? 交流も深まりますわよ?」
「おおっと……すげえ最もなこと言ってるぜ、春吉」
「うん……西条さんのこの発言には、言い返す言葉が――いででででっ‼」
脇腹をつねられた! それも相手には決して、バレない角度で‼
「皆様の交流は後ほどに。今は少し、相談したいことがありまして――」
そう言い、彼女は俺に視線を向けて。
「お時間よろしいでしょうか? 春吉“様”」
「春吉……『様』ァ⁉」
西条さんが、これまでにない歪めた表情を作る。
教室中のどよめき。
西条さんから漂う不穏な気配。
全く動じることなく携帯をいじる昌司、並びに笑顔を絶やさないマミヤさん。
何、この空気の変容圧力……朝礼で立たされるよりも、胃がキリキリするんだけど。
「失礼ですけど、マミヤさん。春吉さんとは、どのようなご関係で? “様”なんて付けて敬っているようですけど、貴方はこの街に住み始めたばかりですよね?」
鋭い指摘。
何処か、西条さんの声量が、いつにも増して棘が鋭利になっているように感じるのは気のせいであろうか?
しかしマミヤさんは動じることなく答える。
「はい。春吉様とはアパートが隣同士なんです。ご近所のよしみで親切にしていただいて……その上私の使える主人に、いろいろと遊び相手になってくれてますので」
建前上に嘘を交えるマミヤさん。
本当のところを話しても理解されないからな。俺としても納得のいく説明――なのだが。
「へえ……随分とお友たちが増えたこと。ねえ〜春吉さん……!」
全然、納得してる顔じゃねえ⁉︎
なんなのこのお嬢様! 一体俺の何が気に入らないの⁉︎
こうなれば一秒でも速く、事態の収束に向かわねば……!
「あ、あの! マミヤさん! それで俺に用って何ですかね? できることなら手短にして欲しいんですけど」
上ずった声で、必死に緊張を抑えていく。
マミヤさんは察したように、頷いて――そして簡潔に述べるのだ。
「今晩の夕食は何をお作りいたしましょう? このところお疲れの様ですし、春吉様の好物でもと思いまして」
『夕食⁉︎』
今度は、教室全体に震撼が走った。
「“今晩”! “今晩”って言いたよね、今?」
「間違いなく、何度も振舞ってるって言動だよな? それに主人と仲良くって……家族ぐるみってことか?」
「うわ、マジ……。春吉君って、少し影薄いと思ってたけど、結構ガッツリ系?」
「ちょ、ちょっと待って……!」
周囲の反応が、度を超え始めたぞ! あらぬ性格の誤解までされ始めてるし⁉︎
「ぴゅ〜やるな春吉……あ、ハズレガチャになっちまった!」
昌司はもうちょっと、俺に興味を持って!
「は、春吉さんに、友達? そんな……私に、断りもなく……⁉︎」
そしてなんでこのお嬢様は、俺の行動を制限しようとしてるの⁉︎
親指の爪を噛み、只ならぬオーラを放つ西条さん。
完全に収拾がつかなくなってきたぞ⁉︎
こういう立場にされての対処法なんて、これまでの人生で歩んだことは一切無い。ここへきて、交友による信頼関係を築いてこなかったことへの不和が響いてきたぞ! マジでどうすんだコレ‼︎
混乱が続く、その最中――『ピンポンパンポーン』と、スピーカーのアナウンスが間を割いた。
『生徒のお呼び出しを申し上げます。二年B組「
「…………え?」
お呼び出し? 俺が?
それも俺だけでなくマミヤさんまで名前が上がり、一向に事態の淵は暗闇のまま。
しかしマミヤさんだけは、俺に背を向けて。
「行きましょうか、春吉様。どうやら、お呼び出しのようです」
「そ、それは分かってますけど……! でも、なんで?」
「私たち二人を呼びつける人なんて、一人だけしか居ないじゃないですか。我々の主人がお待ちかねですよ?」
ニッコリと上機嫌な彼女。
対照的に俺は、血の気の引く思いであった。
「キンマ会長。お二人がお見えになりましたよ?」
「うんむ! 急な呼び出し、すまぬな二人共」
「いえ、キンマ様のご命令とあらば」
「何やってんのお前⁉︎」
目に広がる光景は、会長席に居座るキンマと、横にはメイドみたく付き沿うシシリーの姿。
よく見れば二人共、この学園の中等部である制服を着こなしていた。
「『お前』とは失敬だぞ、春吉。わらわが直々に、お前の学校に出向いてやったというのに……」
「いろいろと渋るわ! 唯一の平穏の場所だったんだぞ⁉︎ それを壊してどうしてくれる⁉︎」
「ん? こやつはなんのことを言っておるのだ?」
「病原人の言うことなんて、理解するだけ無駄ですよ、キンマ様」
ぐぎぎ‼ こいつらに思いやりの気持ちは無いのか⁉ 好き勝手にやりやがって……‼
俺は息を整え、一旦落ち着きを取り戻す。
「それで――マミヤさんが転校したのも、お前たちが学園の会長席に居座ってるのも、全部アレか? この学園を遊び場にでもするつもりなのか?」
「休日以外、お主はたいして暇も持てぬからのう。だったらこっちから出向いてやろうと思ったまでよ」
思うだけにしてくんない⁉――という突っ込みは、一旦封印。
「それに……何かと側にいた方が、いろいろと都合が良いしのう」
「お前たちの都合で、振り回されるこっちの身にもなってくれ。っていうか、キンマたちは中等部の方に転入したのか?」
「流石に、キンマ様の見た目で高等部はきついとの算段ですよ。学力的にとかは、全然お前よりも天地に突き放す差ですけどね⁉」
「それもあるが問題はシシリー、こやつじゃ! こやつの頭では、中等部についていけるかも怪しくての! お主一人だけとも考えたが、余りにもわらわから離れとうなくて、泣き出す始末。結果、この様よ!」
「申し訳ございませぇん、キンマ様~‼」
飛び上がり、見事な土下座をするシシリー。
額をこれでもかと床に擦り付けるその姿は、天族の欠片も感じさせない、哀れなものだった。
「まあ幸い、この学校は中等部と高等部に分かれていると聞いての。共同している生徒会を手っ取り速く乗っ取って、中等部からでも根回しできるようにしといたわ!」
「やりたい放題だな、お前たち⁉」
「それでは高等部の生徒会長さんにも、話は通してあるのですか?」
「うんむ! わらわの仁徳に、『キンマ様なら学園全体を任せられます!』とな!」
「事実上、上に立てたわけですねーーっ⁉」
絶対コイツ何かしたよ⁉
洗脳かはたまた脅迫なのか――それを聴きだせる段階はすでに過ぎてしまっていた。
「決まったことに、一々口を出さないで下さいよ。これは貴方のためでも有るんですよ?」
「俺の、ため?」
「近くで私たちが援護できるのが、一番の利点ですね。それから、春吉様には今後のマジムン対策として、もう少し力を付けていただきたくて」
「『牛マジムン』は、お前の攻略法がうまくいったにせよ、大半はマミヤのお陰でもあろう」
「キンマ様! 私も次点ぐらいにはお役に立てたかと!」
「お前は足を引っ張ってた部分が大きいわ!」
俺とシシリーは遠距離でいがみ合う。
コホン! と咳を打ち、キンマは続けた。
「とにかく、じゃ! 今後とも討伐を続けていくのなら、このような綱渡りでは話にならん。せっかく遊びに来て、そのゲーム仲間が死んでしまったとなれば笑い話にもならんぞ!」
それ、どっかの誰かさんが大事にしなければ、こんな手間はかからなかったんじゃね?
「お主の思っていることは筒抜けじゃぞ? 顔を見れば分かる」
やべ! 悟られた⁉
「っつうか、相手の心理見抜けるのに、なんで細かいとこには手が行き届かないんだよ!」
「何事も神はサプライズを大切にする! 豪快な粗事業に、いちいち後ろなど向いていられないのでな!」
「ええ…………」
鼻高々に言っちゃったよ、このちびっ子神様。
まあ、最初から悪びれた態度も見せないし……そういうのは期待するだけ無駄だと、溜息を付く。
この数日の付き合いで、俺は諦めを覚えてしまっていた。
「それでその、俺はどうすればいいの?」
「放課後を楽しみにしておれ。それまでには根回ししておく」
「え、それだけ⁉ もっと何か具体的に!」
「サプライズを大切にすると言ったじゃろう? 全く、お主も速くわらわの考えに慣れ……」
「キンマ会長‼」
キンマの声を遮るようにドアが開け放たれる。
会話をぶった切り、荒い息と切り刻まれた制服を晒して――俺たち高等部の生徒会長である男子生徒は、折れた槍で直立を保ちながら言う。
「力及ばず、すみません……。貴方様の眷属用に、こさえようとした『ビッグベアー』の捕獲に失敗……! 係員共々、緊急搬送されました……。誠に申し訳、ござい――」
気力を絞り切り、意識を絶った生徒会長さん。
そしてキンマは冷静に言う。
「ふむ……やっぱり最初からマミヤに頼んでおけば良かったな。よしマミヤよ。休み時間にでもいいから、強い魔物を連れて来てくれ」
「了解しました、キンマ様」
「了解したじゃねえよ⁉ 一体なんのための魔物だ! まさか俺か⁉ 俺にあてがう気か⁉」
全然楽しみにできねえよ‼
そんな俺と、無駄に死力を潜って来た生徒会長さんなど気にも留めず、場は解散の流れとなった。
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