第9話 変わってしまった日常は

 次の日。

 早朝にもかかわらず、キンマはドアを無作法に開け、俺の部屋にずかずか入室。


春吉はるきちよ、遊びの時間じゃ! 近々、『プラント・ハザード4』が発売されるじゃろ? ついては、そのシリーズの網羅に当たりたいのじゃが?」


「俺の疲弊も考えて⁉ 昨日今日で取れる、激戦の比じゃなかったんだけど⁉」


「ゲームをやれば、疲れなぞ一気に吹っ飛ぶじゃろ?」


 お前、俺のことどう捉えてるの‼

 眠気と憤りで、もはや突っ込む気も失せてくる。

 俺は一度、冷静になることにした。


「あ~悪いけど、俺これから学校なんだよね。協力プレイは夕方になってからでいい?」


「なぬ⁉ お主、わらわの誘いを断るのか⁉」


 いや、仕方ないじゃん。

 こればっかりは、俺に残された義務なんだから。


「学生にとっては、仕事みたいなものなんだよ。軽んじてたら、学業にまで取り残される」


「ぐぬ~、世界変換の際に学校なる存在も消していれば」


 小言でとんでもないことを言ってるよ、この幼女神様。

 悔しそうに銀髪からおっ立つ癖ッ毛を震わすキンマ。しかし、不意に表情をほころばす。


「まあ、致し方ない。協力プレイは、夕方までお預けとしよう」


 そう言って、俺の境遇を飲み込んでくれた。

 ん? やけに簡単に引き下がるんだな? 

 俺は渋い顔で訝しむが、懸念も後からやって来たマミヤさんやシシリーに釘を刺された。


「春吉様、お時間が」


「やべ! それじゃあ俺行くから。この部屋出るんだったら、戸締りしておいてくれよ?」


「そんな雑用をキンマ様に頼むんじゃない! さっさと消えろ、病原人!」


「お気をつけて~」


 罵詈と気遣いを同時に受け、俺は学校へ登校する。




 学校への登校道中。この世界においての日常風景が、視界端に流れていく。

 マジムンの討伐された日に会話した通り、この街の敷居は爆発的に広がっていた。

 明らかに畑の面積が三近く広がった敷地で、農家のおじさんは動物の馬力で畑を耕しているのだが……その動物と言うのが、5メートル級の『バイコーン』。


「ワン! ワンワン‼」


 次に通り過ぎた近所のおばさん宅で飼われてる犬が、今日も元気に吼えてくる――その額には角を生やしながら。


「おい! あっちに魔物が出没してるってよ‼ ワニの怪物だ! 陸に上がって民家に入って来る勢いだぜ‼」


「もうすぐ排卵の時期だからな。それで紛れ込んだんだろ。急いで追っ払うとするか‼」


 頼もしい意気を以って、普段、公民館でこの街の行事なんかを取り締まっている大人たちは、自警団の如く、鎧と槍を持参して向かう。

 挙げ句――。


「ぶひ! ぶひぶひぶっひ‼(やったぞ! トップレアのびっくり〇ンシールだ‼)」


「ぶう、ぶひひぶう⁉(すげえ、当てやがったぞコイツ⁉)」


「ぶうぶ、ぶうぶぶひ‼ ぶひぶひひひ⁉(おばあちゃん、俺はまだ買うぞ‼ 今度は左の奴をくれ⁉)」


「そう、慌てんで、オークさんたち」


「なんだろう、あの珍生物……」


 駄菓子屋の前で、びっくり〇ンシールを熱心に買い求めていたのは――『オーク』と呼ばれる種族の子供たちだった。


 身長は50センチ程度(成人しても80センチぐらい)と小ぶりで、見た目も子豚とそん色はない。

 しかし表情豊かに上下する眉や目元。

 何より、二足歩行で闊歩し、彼らなりの言葉で会話する。そして皆同様に、種族の服装である腹巻きを下半身に着こなし、昭和時代の親父の風貌を醸していた。


「ぶもぶもぶもぶもーーっ‼(当たれ当たれ当たれ当たれーーっ‼)」


「ありゃ、学生さんおはよう。今日はいい天気だね~?」


「おはようございます。今日も繁盛してますね」


「ふふふっ……この街も活気づいた証拠さ~」


 軽い談笑を交え、通り過ぎる。

 停留所に近づき、後方で悔しがるオークの声を聞き流しながら、やがて来るバスに乗車。

 時刻は、午前8時。


「街が肥大化しすぎて、移動にもっぱら時間が掛かるな……」


 ここで疲れが来る辺り、まだ俺は慣れているとは言えないかもしれない……。

 窓に肘を預け、そう思案していた中――バスがいきなり急停止。


「おい、なんだ運転手さん! 危ないじゃないか⁉」


「すみません、お客さん! 『サラマンダー』ですよ! そいつが道路に飛び出して、道をふさいでるんですよ!」


「こりゃあ、自治体に任せるしかねえな。会社間に合うかな~」


 運転手も乗客も、渋い顔。

 変換した街の住人からすれば、運が悪かった程度の認識であったのだろう。

 しかし現在、バスの周囲をうろつき、俺の窓の横で炎を吐きながら唸る三メートル級の猛獣に、俺はただ頬を引き付かせるしかなかった。




 そんなこんなで、ようやく俺は学校へ到着。


「ま、間に合った~!」


 自分の机に付くや、上体を預けて安堵する。


「なんだ? 朝からやつれてんな~お前」


 そこに昌司しょうじも、同じく登校し席に到着。

 俺はただただ、溜息を長く、苦言を吐露する。


「もうさ……なんだか俺、この街で生きて行ける自信が喪失しちゃって……。魔物のせいで学校が遅れるならまだしも、いつの日か餌になってしまそうで」


「考えすぎだぜ、春吉。魔物の方も自分の住処はわきまえてるし、一度やり合えば案外どうにかなるもんだぜ? ようは人間、度胸よ」


「みんな、図太くなってる気がする……。それじゃあ、内地ないちなんかはどうなのかな? 都会だし、魔物が出るってことは……」


「まあ、自然が少ないとこじゃあ、どうしたって別の地法に流れるもんよ。どっちかっていうと、あっちは人種族の縄張り争いが肝かな。ヤクザとゴブリンマフィアの抗争とか、エルフやらドワーフ共との三つ巴商売競争とか」


「どっちにしろ、俺の想像の範疇にねえ!」


 もう俺にとって、この学校こそが唯一残された手綱かもしれない!

 家では神様に居座られ、外ではこうして環境が様変わり。

 それに比べ、学校は妙な授業こそ増えてはいるが、比較的内装も教室内の交流も、依然と同じように保っている。

 クラスメイトとの交流も少なく、進学校の学校に難を示していた俺が、今となっては安心できる場所になっていようとは――皮肉も良いところだ。


「はは……いっそのこと、ここに移住するかな」


「何、変なこと言ってるんだ? あ、そうだ。それよりも今日は朗報があったぜ。俺もさっき掻い摘んで聞いたんだがよ」


「ん? 朗報?」


「ああ」と、昌司は白い歯を覗かせて、笑いながら。


「転校生が来るんだ。それもかなり美人の女子。俺も朝練ついでに遠目で見ただけだけどな。西条さいじょうが教師と、その女生徒と話してるのを見るに――」


「このクラスに来るってこと?」


 五月半ばの、この時期に転校とは変わったものだ。

 それに西条さんを見ない理由がそれなら、可能性は大いにある。

 まあ……ぶっちゃけた話、俺が関わることも少なそうだし――朗報ってほどでもないような。


「席に着け、お前たちー。これからホームルームを始める。――と、その前に」


 教師と西条さんが入室するや、教師はドアの方へ手招き。


「今日から突然ではあるが、新入生を紹介する。新しいクラスメイトだ。入ってきていいぞ~」


「失礼します」


 清楚に頭を下げて、新入生は入室した。

 教室中にどよめきと驚嘆。


 そして俺には、絶句が訪れる。



「マミヤ・ノロと言います。よろしくお願いいたします」



『おお~‼』


 何食わぬ顔で、今朝俺を見送っていたはずのマミヤさんは、笑顔を振りまく。

 クラスが歓迎ムードで出迎える中、俺は穏やかに窓の空を眺めていた。

 まあ、とりあえず、なんだ……。

 グッバイ、俺の聖域がっこうせいかつ



 頭切り替えていこう…………。

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