第8話 初めてのマジムン退治

 そんなこんなで世界変換から一か月。

 これまでの経緯を思い返しながら、俺は階段代わりのをコンクリブロックを踏みしめる。

 亀甲墓かめこうばか(沖縄特有の墓)が集中する鬱蒼とした森の奥は、依然と比べて格段に不気味さを増していた。

 何せ、骨だけのアンデッドに追いかけまわされたばかりだ。


「なんか、やっぱり以前の森じゃないな……。地形が丸ごと変わってて、ここまで大きくはなかったのに」


「世界が変貌してから、春吉はるきち様の地球も大分大きくなりましたから。軽く三倍近く」


「そんなに⁉」


「はい。単純に土地の面積も広大になりました。人ではない他種族も入り混じっているようですし、この街の外に出れば、どれだけ変化しているのか直に実感できるかと」


「町内が余りにも退屈しなさすぎて、町外に出ることも考えなくなってまして……」


 俺は困ったように背後を振り返る。

 森の高台からちょうど見晴らしの良い景色を遠目に、モモノキ町を改めて見渡した。

 建物の数や周囲の森林の巨大さには圧巻。

 更にはポツリポツリと浮き彫り目立つ、他世界の建築物。

 氷の水晶で創り上げたような教会や、巨木の上に建てられた共同アパートなど、これだけでも前の世界からすれば、メジャーな観光地も夢ではなかったな……。


「ほら、とっと進む進む! 早い所帰らないと、キンマ様の身に何かあったりしたら、アンタ責任持てるの⁉︎」


「そう焦らなくとも、お前でなんとかできる問題なら、キンマでも余裕にこなせるんじゃない?」


「護衛舐めんじゃねえ! この病原人が!」


「あだっ⁉︎」


 シシリーが逆上して、俺の背をグーで殴る。

 俺は途端によろけ、上り階段からルートを外れて、土砂に上半身を不時着。


「いきなり何すんだよ⁉ ってかなんだ、『病原人』って‼︎︎」


「人間程度が、天族の仕事を貶す。挙句、キンマ様に菌のように纏わりつく貴様に相応しいあだ名よ。今の情けない姿も含めてね!」


「こ、この野郎……?」


 頭に血が上っていったが、不意に引き潮となって下がっていった。

 妙な何かが視界に写り込んでいた。

 ちょうどシシリーの背後に――巨大な影が蠢いている。


「シ、シシリー! 後ろ! 後ろ‼︎」


「ぷっ! そんな子供騙しの手に! そうやって私が振り返った途端に、仕返しするつもりでしょ?」


 そんなシシリーに俺は距離を取り、マミヤさんもジャンプでその場所から飛び立った。


「え? なんでマミヤっちまで? やめてよーそうゆうノリ……」


 そこでシシリーは、やっと振り返った。



 自分の鼻先にまで接近していた、に気付き――。



「ぎゃあああああああああああああーーーーっす‼︎」


 女の子の悲鳴に似つかわしくない叫び。

 巨大な顔面は、人間一人飲み込むなど訳ない大口を開閉し、シシリーは反射的に後方へとバク転。

 そのまま俺の方へと突っ込み、俺の顔面にシシリーの太ももが直撃した。


「は? あわわわわわ‼︎ この変態! 遂に、遂に天族である私を汚しましたね⁉︎ もはや貴様を殺す大義は充分に獲得しました! この地で果てよ、人間‼︎」


「九分九厘、お前の失態だよ‼︎ つうーぅか、さっさと離れ――敵こっちに来てるーーっ⁉︎」


 俺ら二人の問答など、相手に関係などない。

 そのまま浮遊し、突っ込んでくる。


「シシリー⁉︎」


「仕方ありません! 一時休戦です‼︎」


 彼女は俺の足を掴み上げて、地を蹴った。

 無重力を感じるとは、こういうことを言うのかな?

 俺たちの身体が自然と浮き上がり、抵抗感を感じさせることなく、空へぐんぐん上昇。

 キリのいい安全地帯まで飛び上がり、シシリーは俺の背中へと抱きつく形で飛行を維持した。


「い、一体なんだアイツ!」


「あの大きさからして間違いない! アイツよ、この森の主である『マジムン』は⁉︎」


「くそ! マミヤさんは無事なのか?」


 地上に目を凝らす。

 土煙が上がり、少々分かりづらい部分もあったが、奴の影は月夜に微かに写っていた。

 そしてそれが、次第に大きくなっていくことにも。


「なあ、アイツ! 尻尾が後頭部から生えてきてない⁉︎」


「違う、アレはだ!」


 シシリーが勘違いするのも無理はない。

 背骨が尻尾のようにうねり、さらにはそれを軸に直立で立ち上がる怪物。

 するや森の各地に埋まっていた白い大岩が、怪物を中心に集まりだした。


「身体を、造ってる……」


「嘘だろ……?」


 喉も無いのに、重低音の唸り声が響く。

 元々は奴の骨だったのか――集まりだす物体たちは、元あった自分の居場所へ吸い付き、固定され、ヒビを穿ちながらも強度を固めていく。

 映像の逆再生を辿るように、奴は復元された。



 30メートル級の化け物と化して――。



 頭蓋骨は牛のような骨格を宿し。

 胴体は肉付きがあれば、筋骨隆々の容姿を容易に想像してとれた。

 それが二足歩行で森林をなぎ倒していくのだから、すでに俺の戦意は尻すぼみ、ネズミほどの肝も在りはしない。


「ちょっと待って! アレが『マジムン』ってやつなのか⁉ 絶対に最初に遭遇して良いボスキャラじゃないでしょ‼」


「アレは間違いなく大昔に滅んだ妖怪神……! マジムン共め、あんな死骸を掘り起こして、利用するなんて!」


「ど、どどどどど、どうすんだよコレ⁉ アレをどうこうできる力んて俺には無いぞ⁉」


「なんのためにキンマ様が、アンタに神具を授けたと思ってるの⁉ さっさと取り出しなさい! 相手は攻撃してこないことを見るに、まだこっちには気づいてないみたいだし!」


「くう……こうなりゃ、やけだ!」


 俺はポケットから、キンマから授かった神具を取り出す。

 なんの変哲もない、ゲームのコントローラー。それも今時有線の古い型だ。

 一般人がこれを見たとしても、外での利用用途など何一つ浮かばないであろう。実際、俺もその一人であったのだが……。


「いよいよだ……。頼むぞ~」


 俺はコントローラーに信頼を寄せて、実行に移す。


 有線ケーブルの先端プラグを、自分の胸に向けて――俺はそれを、思いっきり突き立てた。


 プラグが胸の皮膚に減り込み、奥へと突き進んでいく。

 痛みは全く感じていない。しかし体内のエネルギーが、差し込んだプラグの先端に集まっていくのを俺は直に感じていた。

 そして俺は、思いっきり有線を引き剥がす。


 ずしん……体内にある体重が、全て体外に取り出されていく感覚。

 それに伴い、本来の俺の身体は徐々に生気を失っていく。


 比喩ではなく――皮膚が透け、実態を失っていくのだ。

 それに代わり、俺の体内から取り出された球体のは、次第に実態を帯び形を整えて変化を遂げた。



 コントローラーの先に創り出されたのは――丸っこい一頭身体系(全長六十センチ)の、シーサーを目したであろう、俺の操作キャラ。



 通称、『ハルハル』である。



 白色の毛並みと皮膚。

 一頭身の丸い体系からおっ立つ耳を震わし、顔の周りには、オレンジ色の渦巻いたもみ上げが、ケーキのデコレーションのように覆う。

 つぶらな瞳に猫のような口をムズムズ動かし、小さな手足をパタパタ振って。


『うんにゃあ!』


「相変わらずプリティー‼︎ 病源人の魂から生まれたとは、到底思えないディティール!」


「褒めてんのか貶してんのか、どっちかにしろよ!」


 ハルハルの口から、俺の声が発せられる。

 現在、俺の状態を表すと、幽体となった俺自身は、同じく実態を無くしたコントローラーを握り、その有線ケーブルの先にはハルハルの背中が、接続するようにくっついている。

 キンマの説明によると、ハルハルは俺の魂から生まれた仮の器。



 言ってしまえばこの神具の能力とは、プレイヤー(幽体である俺)がキャラ(自分の仮の身体)を極限まで酷使し、戦う――究極の二人三脚戦法なのである。



「ほら病原人! 幽体となって私の周囲にうろつかれるのも目障りなんで、さっさと攻略法を見つけなさいよ!」


「分かってるよ‼」


 シシリーの暴言を跳ねのけ、俺はコントローラーのスタートボタンを押し込む。

 ハルハルの目前に、まるでゲーム画面のようなウインドウが表示された。

 そこから武器の項目を選択し、三つの種類からある武器にカーソルを合わせる。

 四角いウインドウから物体が飛び出し、ハルハルの手に握られる。

 俺が選択したのは、遠距離武器である『銃』。

 しかし見た目は物騒な物ではなく、子供が手に取る玩具のようにカラフルな品物だ。

 ハルハルが構える絵的にも、凶悪そうには感じないが――。


「目標を合わせて……発射‼」


 コントローラーを操作し、ハルハルに武器を構えさせ、攻撃。

 俺の操作を寸分の狂い無く、ハルハルも無機質に命令を実行した。反動も全く感じられないまま、相手の角に向けて発砲。

 反して玩具型の銃から散った火花は強力で、威力も同様に付随していた。

 連続で発射される青白い光弾たちが角に直撃するや、威力に破砕し、数秒足らずでへし折ることに成功。


『ぶもぉおおおおーーーー…………‼』


「攻撃、効果あり!」


「それならここからハチの巣よ! ちゃっちゃと仕留、め、て……」


 シシリーの威勢が引っ込んで行く。

 相手の破壊された角が、散り散りになった破片を引き寄せながら修復していくのだ。そりゃあ、言葉に詰まる。


「ど、どいうこと! 再生しましたよ、アイツ⁉」


「そもそもアンデットだしな……すでに死んでるし」


「そんな分析要らないです~! 速く攻略法を見出しなさいよ、病原ニャン!」


「変な仇名付けんな! それだったら、お前の方が詳しいんじゃないのか⁉ マジムンが死骸を操れる方法とか!」


「そんなの分かったら苦労しません~! 私に分かるのは、精々マジムンの力が、奴の顔に集中している事ぐらいよ!」


「顔に?」


 改めて牛のマジムンへ視線を下ろした、その瞬間であった。

 相手は顎を、九十度まで開閉させて、こちらへ定める。

 僅かに喉奥から覗かれる、緑色の光。


 そこから、とがった白骨の矢を無数に放ち始めた。


『うっそ‼』


 シシリーが移動に転じ、俺は銃撃でなるべく向かい来る骨を迎撃するのだが、いかんせん数が多すぎた。

 更に大木程の太い骨も砲弾のように飛ばし、こちらの迎撃も物ともしない。


「まずい、当たるぞシシリー‼」


「そ、そんなこと言われたって~‼」


 周囲も相手の凶器で埋まっている。

 完全に逃げ場無し。

 そんな絶望の最中で――。


「シシリーさん、少し頭お借りしますね?」


「ふげえ!」


 もう一人の味方が、姿を現した。

 マミヤさんはシシリーの頭を踏みつけ、俺たちの前に飛び出るや、その大剣を以てして迫る攻撃を一刀両断!


 その隙に俺は武器を構え直し、敵の攻撃元へである喉奥の光にお見舞いする。


『ぶも……! ぶぶぶ…………‼』


 相手は俺の攻撃に頭を下げて、途端に防御。


「敵が嫌がりましたね? 発射口を攻撃されたのを、嫌がったのでしょうか?」


「いや、もしかしたら……。マミヤさん、少し試してほしいことがあるんですけど!」


 俺は二人にある提案を持ち掛け、実行する。

 相手の攻撃の手が緩んでいる今を狙い、顔面まで急接近。

 牛の怪物がこちらへ攻撃を試みようとした時には、マミヤさんが大剣を振るい、相手の頭部を天辺からかち割った。


「ふひ~もうほとんど人間業じゃないですね~!」


 破砕し、頭部が崩れ落ちていく。

 そしてある光の光源が、むき出しになった。

 緑色に輝く、これみよがしな球体――俺は容赦なく攻撃を試みた。


「怪物の身体が……再生するどころか、朽ち落ちていく」


「やっぱり! こいつの喉奥で光っていた正体! シシリーが言っていた力の源だ‼ こいつさえ壊せば!」


「ちょっと待ってください! 頭部が無いのに暴れだしましたよ、コイツ!」


 それだけ、なりふり構っていられなくなったのだろう。

 相手は必死に俺たちへ向けて腕を振り下ろし、遠ざけようとしてくる。

 しかし攻撃の軌道は、地上で足元を一打するマミヤさんの力を前に、態勢を崩すのを余儀なくされた。


 攻略法も対策も理解出来た。

 ならもう勝利は目前だろう。

 霊体の俺にしか見えないであろう、銃口の先に延びる射線上カーソルを再び合わせ、目標へトリガーを引いた。




 マジムンを退治に出かけ、実に三時間半。

 やっと自分の住処に帰り着くや、出迎えてきたのはテレビに睨みあうちびっ子神様の姿。


「どうやらうまくいったようだのう。初戦を収めた感想はあるか?」


「お前……ずっとそうやってゲームやってたわけ?」


 俺に振り替えりもせずに言うもので、危うく溜息で返答するところであった。

 時刻はもう深夜0時。

 幾度の死に目にあって、激戦を潜り抜けて来たというのに――うちの神様は良いご身分である。


「ちゃんと奴らの気配が消えたのを感知しておる。わらわの仕事は最後じゃ」


「そういうわけよ病原人。あんまりキンマ様に軽い口を利くな! 目の前で同じ空気も吸うな! っていうか会話もするな~‼」


「今は深夜だぞ? 大声を出すんなら出てけ!」


 一方的に敵意を向けやがって、全く……!

 もうあれだ……とにかくいろいろありすぎてくたくただ。

 これに限って言えば天族の体力を見習いたい。


「何はともあれお疲れ様です。明日学校もあることですし、春吉様には休んでいただきましょう。帰りますよキンマ様」 


「ふむ……まあそれなら仕方ないか」


 名残惜しそうにゲーム画面を閉じ、キンマは「よくやった春吉」とだけ。

 マミヤさんは頭を下げて、シシリーは犬歯をむき出しにして、三人は自分たちの居場所へと帰っていく。



 俺の借りた部屋の、すぐ隣の部屋へと――。



「なんで神が住居借りてるんだろう……」


 泥まみれの服を脱ぎながら、ついそう思ってしまった。

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