第7話 これからの方針
全ての発端は、キンマが俺たちの世界のゲームに巡り合ったことがきっかけであった。
キンマは見た目通り、神の中ではまだ幼い。周囲の神々が統治する世界を見て回り、勉学に励む中、ふと俺たちの地球に立ち寄った。
「『世界とは大樹』よ。無数の可能性に枝分かれしながら、果実を熟していく。その果実こそがこの地球であり、同時に他の枝には別の分岐を辿った星の果実が実っている――
「そしてキンマ様はこの世界の文化に興味を持ち、その土産に、ここの神様からありとあらゆる遊技をプレゼントされました」
そして彼女は、この世界の遊技に見事魅了された。
特にネットを介したテレビゲームに関して言えば、自分からネットコミュニティを創り上げるに至るほど。
「天界の娯楽は何かと古いのじゃ! 爺婆共の趣向は両極端で、お手玉程度の遊びを興じる者から、血や暴力を求める野蛮な決闘儀などなど! 結局どれもわらわの趣向に合わんかった」
「まあ、それは確かに両極端だな。だけど、ネトゲってそんなに打ち込めるものなのか? 神様が?」
「分かっておらぬな。ことゲームに至り、この世界は随時いろんな趣向のゲームを手掛けておるではないか? それも世界中の兵どもが、腕を競い、その勢力図も一週間ごとに塗り替わっている。全然退屈はしないのう!」
「そう言われれば、まあ……確かに」
ゲームだけなら皆、手軽に手を出す。
遊べる土台や、対戦相手が豊富となれば、それだけで競い合う楽しみは増えるもの。
昨今の時代はネット対戦が当たり前だし、簡単に国を跨いで腕を競い合える。
反面、お手玉などは俺も古臭く感じるし、コロシアムのような血気づき過ぎた荒事は、根本的に好き嫌いの差が大きすぎる。それに限り、キンマの意見は納得だ。
ネットの付き合いの頃からこの性格を地で行ってるなら、飽き性っぽいキンマの性格にゲームはうってつけなのかもしれない。
「それじゃあキンマは、ゲームをやりにこの世界に来たわけ?」
「ゲームをやるだけなら、天界の機械からここのデータを復元すれば済む話じゃ。しかしこと、一緒に遊んでくれる相手は別であろう? わらわは一緒に遊んでくれる者が欲しいのじゃ!」
「そのためにいろいろと、他の神にもゲームを勧めてみたのですが――なかなか操作や仕様に苦労しているらしく……育ってくれないと」
「かくいう私も」と、マミヤさんは付け足す。
他の世界ともなると、文化も違ってくるだろうし……そりゃあ受けるには、それなりに時間を要するだろうな。
「と、いうわけでお前に会いに来たわけじゃ! これで納得かえ?」
「どうして俺に? キンマの創ったネットコミュニティには、他にも人は居るでしょ?」
「このにーひらー(鈍い奴)め! わらわと一番付き合いの長いのは、お前じゃぞ! コミュニティに一番に入団した日の事を忘れたと申すか⁉」
「に、『にーひらー』?」
「キンマ様はこの土地に訪れるに辺り、こちらの古い言葉も身につけているんですよ」
「古い言葉って、それじゃあ今の方言かよ。今時、方言使う沖縄県民はほとんど居ないぞ?」
遊びは最先端を行っている割に、話し方なんかは古臭い。
これも周りの環境のせいなのかも。
「あの頃のお主も、一緒に遊んでくれる存在を求めて、わらわの急募に乗ったではないか? それからは大分、死線を潜り抜けてきた」
「覚えてるよ。あの頃は俺も、没頭するものに会えないかと模索して、そしたら偶然無料のネットゲームで協力してほしいと、ブログで見つけて」
妙な口調で、簡素に「仲間募集中!」と見出しがされてたっけ?
初めはただ流し見してただけなのだが、やけに熱心にゲーム画面を張り付けて、攻略法を訴えていたから、その熱に当てられて俺も参加したんだよな……。
「だけど、俺もゲームなんて慣れてなかったから、いろいろ苦労したよな~」
「うむ。初めは足を引っ張りおって、『何しに来たんだこやつは⁉』と思ったものじゃ」
「そこは思うだけにしといて⁉」
「じゃが、同時に共に切磋琢磨出来る意味を知った。わらわにゲームの楽しさを教えてくれたのは、お主なのじゃよ」
非難も賛辞も、裏表なく告げて来る。
それには俺も、率直に狼狽えたよ。
俺が神様に……ゲームの醍醐味を教えた?
「それだというのに、お主ときたら……」
するとキンマは、小さな掌をテーブルに打ち付けて。
「最近は学び舎に行くとかで、めっきりわらわとの時間をないがしろにしよって‼ 分を弁えろよ! お主が相手にしておるのは、神なのじゃぞ⁉」
「これが私たちの訪れた主な理由ですよ、春吉様」
「神様がネットやってるなんて、察せられるわけねえだろ⁉」
こっちはエスパーじゃねえ‼ ただの一般市民だ‼
お互いに想いの丈をひとまずはぶつけ、俺たちは話の続きに戻った。
「君たちがその、俺のところに遊びに来たのは分かったよ。だけど一番肝心なこと――外のあの惨状はどうつけるの? アレも何か関係が?」
「はい、大いにあります」
「ふ! 驚いてくれたか、春吉よ! アレこそがわらわ最大のサプライズ。神としても前人未到じゃったぞ? 他の世界とこの世界を繋げることは」
「他の世界と、繋げる? 一体何を言って」
「まだ分からぬか? 先ほど話した、
「遊びに来るついでに、なんてことしてくれてんのお前‼」
つい、神に無礼を言った気がするが、もう遠慮もしていられなかった。
自分の世界の要素を、無理くりこっちと合わせたって……!
「なんでそんなことを⁉ ただ遊びに来るだけなら、普通に来いよ‼」
「神が別の世界に足を踏み入れるには、その土地の恩恵を受けねばなりません。例えその地を統括する神の許しを得たとしても、その場に居られるのは精々一日が限度」
「わらわが一日やそこらで満足できると思うか? どうせだったら、しばらくは長居しようと思ってな。この地の神と協力し、二つの世界を併合したのじゃ! これならばわらわは思う存分、ここに居られるぞ‼」
「じゃ、じゃあ……俺以外の人間が、普通の生活として享受しているのも……」
「記憶を弄ると、わらわとの思い出まで影響が出かねんからな。お主だけは配慮してやった」
なんつーはた迷惑な配慮を⁉
「それにこの世界を望んだのは、お主ではないか春吉。わらわはただ、お主の願いを聞き入れてやったというのに」
「願いって……俺が何時そんなこと⁉」
「ほれ」
指をパチリと鳴らすと、今度はテレビに異変が起きた。
電源を切っていたはずなのに勝手に付き、更にそこにはゲーム画面が映し出される。
ほのかに見覚えのある風景に、キャラ。
これってもしかして……。
キンマ『お主はいつも謝ってばっかじゃな。いつになったら思う存分遊べるようになるのか』
ハルハル『そうですね……』
ハルハル『いっそ現実がこの世界のようになれば、いつでもキンマさんと遊んでいられるかも、ですかね』
間違いなかった。
つい昨日、キンマと共に遊んでいたゲームの光景。
それが録画でもされてたかのように、テレビで再生されており――。
『いっそ現実がこの世界のようになれば、いつでもキンマさんと遊んでいられるかも、ですかね』
「………………」
ゲーム内のチャットの一文。
俺が書き込んだであろう、その一文に、脳天から汗が噴出してくる。
「まさか……これがきっかけで?」
「うんむ!」
この時、俺は神様に冗談は一切通じないことを理解した。
なんてこった!
たった軽はずみで、世界を変えてしまったぞ、昨日の俺⁉
「で、でもアレだよな⁉ ここまで凄い世界に創り変えるってことはさ! もちろん元の世界だって、戻すことできるんだよな⁉」
「何を心配しておる。横入りとはいえ、わらわはこの世界の神じゃぞ? ちゃんと“バックアップ”だって備えておるわ」
肩の荷が一気に軽くなった。
まさに絶望の淵で、希望の糸口を掴み取るかの如く。
俺の表情は次第にほころび、キンマの満面の笑みを浮かべて――。
「まあその“バックアップ”とやらは、現在化け物と化して、手元から逃げていきよったけどのう」
「何やってんだぁーーーーっ神様よぉおおおおお‼」
そして再び、奈落の底へと突き落とされてしまった。
「“バックアップ”が化け物になるってなんだよ⁉ どうなったら、そうなっちゃうの⁉」
「それが……無理やり世界を接続した弊害なのか、この世界にいわゆる『バグ』が生じてしまいまして。そいつらが存在する限り、キンマ様の世界の再改変は阻まれてしまうのです」
「改変前の世界の構成要素を、そ奴らは身の内に蓄えておる。この地を汚染する悪しき妖――この土地で言うところの『マジムン』といったところじゃのう」
「そんなの、神の力でどうにかできんのか⁉ 化け物を倒すぐらい……!」
「神が手ずから生命を摘み取ることは、厳禁なのじゃ! そうでなくても、奴らの力はいささか大きくてのう……。神の力を弾き返してしまうのじゃ」
「そんな……神様でも無理って。キンマじゃなくても、他の神――それこそ、俺たちの元有った世界の神様はどうなんだ? キンマと協力して、この世界を創ったんだろ?」
「問題が生じるや、わらわに後始末を任せてきよった。あの飲んだくれ爺め、『もしも戻らなかったら、そのままキンマちゃんに譲渡するわい!』とか、豪快な台詞を残してのう」
マジで⁉
俺たちの世界の神様、めちゃくちゃ無責任じゃねえか‼
「って言うか、こんなちびっ子に責任を押し付けるなよ‼」
「なっ⁉ わらわはもう一人前の神様じゃ‼ ちびっ子言うでない‼」
「現在進行形で、失態犯してんじゃん⁉」
「言ったであろう! この所業は、神の中でも前人未到なのじゃ! 未知数の大きい危険性を孕んでいた中で、ここまで世界のバランスを維持したまま改変できたのは、わらわの才覚が有ってこそ‼ 寧ろ、マジムンを除けば、偉業とさえ褒めたたえるべき事案であろう!」
「褒めるって、誰が褒めてくれるんだよ⁉」
「そうですよキンマ様。勝手なことをやって、他の神様は大変ご立腹です」
「失敗を恐れて、栄光に手を伸ばせはしまい。調子をよくすれば、いずれどうやって改変したか、技術を乞いに来るであろう」
「そうなったら、他の世界もたちまち阿鼻叫喚だよ」
つくづく下々の者への配慮が足りてない。
そしてその配慮不足が、俺だけにしか当てはまっていないのが悲しすぎる。同じ痛みを分かち合えないなんて……。
「案ずるな。ちゃんと打開策は考えておるわ」
キンマは三度、指を鳴らす。
するとボンッ! と、テーブル中央から派手な煙が上がり、やがてとある品が手品みたく姿を現す。
「何これ。『コントローラー』?」
現れたのは、見紛うことなきゲームのコントローラー。
ひと昔前のオーソドックスな、ジョイスティックとボタンだけで構成されている品だ。
しかし手に取ってみるが、微妙に見たことの無い機種に気づく。
「ってか、これで一体何をさせるつもり?」
「お主がこれを使って、マジムンを討伐するんじゃよ」
「へえ~…………え⁉」
俺が……討伐する?
こんなコントローラー一つで?
「案ずるな。何もお主だけにやらせるつもりはない。ちゃんとマミヤやシシリーも助力させる。皆で協力して、この世界のバグを退治して来るのじゃ!」
「いやいやいや! 対峙するっつったって、コレでどうやって⁉ それに俺、身体能力なんて凡人並みだよ⁉ 去年の身体測定だって、平均よりちょっと下だったし!」
「安心してください、春吉様。それはキンマ様が、春吉様専用にお作りになった、強力な『神具』です。私も遅ればせながら尽力いたします」
「マミヤは『
思い出すは、先ほどの撃退劇。
確かに、一回り巨大な怪物を素手でボコってたもんな。
「あとそれから、天界でのわらわの従者も一人就ける。それでなんとかしてみせい」
「天界の従者? それって?」
「シシリーという名の、天界人です。まあ天使みたいなものだと思ってください。彼女もまた、キンマ様を守護する為、霊法を心得ています。きっと春吉様のお役に立てるかと――」
「誰が役立つかぁああああああーーーーーーーーーーっっ⁉」
突如、鼓膜を貫いていく怒声。
マミヤさんの冷静としていた表情に、眉がぴくりと痙攣した。
玄関口から、声の発信者らしき人物の足音がドタドタと響き、居間とを隔てる障子ドアが乱暴に開け放たれる。
「キンマ様~‼ なんで高貴な天族である私が、このような下賤な人間に力を貸さねばならんのですか⁉ 納得できません‼」
シシリーと思しきその人物は、淡い桃色のツインテールを乱暴に振り回し、両手に持った紙袋(中からぬいぐるみが、いくつも顔を出している)を手首にかけながら、俺を指さす。
「わがまま言うでないシシリー。お主は何をそんなに毛嫌いしておるのじゃ?」
「私が守護するのはキンマ様ただ一人! そもそも神を守護するはずの天界人が、嫉妬や情念を振り撒くだけで土地に全く貢献しない人間風情を守る意味が分かりません‼」
「この者はわらわの友人じゃ。シシリー、お主はわらわの友を侮辱するのかえ?」
キンマの非難する視線。
それには、遣えている天界の少女もたじろいだ。
「そんなことは……無いですけど‼」
「なら黙って、わらわの指示に従うのじゃ! もしもこの任を果たせんようじゃったら、お主とは今後口聴いてやらぬからな‼」
「そ、そうなったら私……ぶく、ぶくくくく……っ‼」
「うわああああ‼ 泡吹いて倒れましたけど、コイツ‼」
「余りの絶望に耐えられなかったようですね。安心してください春吉様。この者もこれで、しかり任を果たすでしょうから」
「全然、安心できねええええええーーっ‼」
こうして、非日常、最初の幕開けが突然にも開幕された。
普段の日常を取り戻すため、俺は『マジムン』と呼ばれるバグを討伐する生活が始まったのだ。
わがままな神様と、勝手の分からない協力者二人と手を取り合って――。
…………これはもう、駄目かもしれん。
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