第6話 わらわは神じゃ!
「ふんふんふ~ん……ふふふ~ん……!」
「………………」
流れるゲームのBGMに、少女も鼻歌を合わせる。
俺はただその光景を、静観していた。
すっかり変わりきった外の惨状から帰宅し、10分が経過。
どうして、こんな状況になってしまったのか?
何がどうして、俺はあんな現実を突きつけられてしまったのか?
それら全ての事情を把握していると思しき人物は、どうしてそんな涼しい顔して、人様ん家のゲームを興じていられるのか?
…………とりあえず取り正したい情報量に、眩暈を覚えるほど俺は疲弊。
「大丈夫ですか? 疲弊が見て取れますけど?」
居間の隣から声を掛けてきたのは、先ほど、
マミヤ、さん……だったけ? 彼女が心配を寄越してきた。
「ええ、ああ……いえ。これぐらい……」
「すみませんが、勝手に台所を使わせていただきました。どうぞお飲みください。気が和らぎますよ?」
そう言って、折りたたみ式のテーブルにティーカップを二つ。
中身は薄い紅色をした液体であった。
お茶とも、コーヒーとも呼べない、独特な色合いの飲み物。
この二人を信用していないこともあり、なかなか手が出しずらい中――自分をキンマと呼ぶ少女は、画面に目を移したままカップの取っ手に指を絡め、躊躇いなく啜る。
それを境に、俺もティーカップを鼻先まで近づけた。
ほのかに甘い匂い……。
そしてちょこんと、口に含む。
「あ、美味しい……」
「気に入って頂けて何よりです」
マミヤさんが、満足そうに笑顔を向ける。
俺はついドキリとしながらも、続けてその飲み物を口に運んだ。
最初は軽いほろ苦さがあるが、それが次第に舌の上で溶けていき、甘みがじんわりと広がっていく。
それに伴って、まるで体の疲れも同時に溶かすように、体内へ浸透。
初めて出会うこの味の感覚に舌鼓を打った。
「すごく美味しい。これって一体、何を原料に?」
「『ザックーム』と呼ばれる食人植物の胃液を、『マンドラコ』の血で中和したものです。とっても身体に良いんですよ?」
…………なんだろう、途端に味が苦くなったような気がする。
というかそもそも、『ザックーム』って何だよ……!
「あの、すみません。そろそろその、教えていただけませんか? どうしてキンマ……さんが、俺に会いに来たのかを」
「『キンマ』で良い。変に気を遣うでない。ネットの付き合いの頃から、妙に相手を敬うのう、お主は」
コントローラーを指で弾きながら、呆れた口調を寄越すキンマ。
俺は彼女に身体を向けた。
「それじゃあ……キンマ。君とマミヤさんは、なんの用があって俺の家に」
「ぬあああああ‼ なんじゃ、この邪魔キャラは! 一面に出ていい難易度のキャラじゃなかろう‼ マミヤよ! わらわの腰掛けを持ってこい! こうなれば徹底抗戦じゃ‼」
「はい、ただちに!」
「いや聞けよおおぉぉーーーーっ‼ そろそろ我慢の限界だぞ、俺⁉ これでもなんとか平静を装ってるんだ! ゲームの攻略法なんて、後でいくらでも教えるからあ‼ 本当、俺の話を聞いてください、お願いします! もうおいていかれるのは――」
十五分後。
「んんっ! それではこれから、
喉を整え、マミヤさんは丁寧に進行役を務める。
どこから持ってきたのか、フリップボードを部屋に持ち込み、ペンで簡素な見取り図を描いていく。
「まずは我々の事を改めて。私はマミヤ・ノロと申します。キンマ様の神官兼、付き人としてお側に居る者です。あともう一人、付き人の者が居るのですが、今現在彼女は買い出しの為ここには居ません」
「ふむふむ」
「それで、私たちがお慕いし、主として定めるこのキンマ様こそ、若くして世界の管轄を任された存在。貴方たちの言葉で言う……“神様”ということになります」
「えっへん!」
誇り満々に、胸を張る幼女神様。
それを前に、俺の反応は一つ。
「はあ?」
「まあ……そういう反応になっちゃいますよね」
「何を納得しておるのじゃマミヤよ! こやつは、わらわの偉大さを分かっておらん‼」
「偉大も何も、さっきまでゲームしてただけじゃん」
「神とて娯楽に興じる! むしろ長い英知の中、貴様らが育んだ数多の文化で最も評価しておるのは、貴様らの持つ遊技じゃ! 他の神共も合間を縫っては、お前たちの遊びを真似ていったぞ! 囲碁やら将棋やら」
「へえーそうなんだー」
ここまで感情の乗せられない声を発したのは、人生で初かもしれない。
それを前に、キンマは小さい足で地団駄を踏む。
「こんなに言っても分からぬか! ならば見せてやろう、お前に神の力とやらを!」
そうやって、キンマは指をパチリと鳴らす。
そして静寂が続いた。
「ん? 何も起こらないんだけど?」
全く、年上を茶化すのもいい加減にしてほしい。
ただでさえこちらは、いろいろあって疲弊しているというのに、その上で神様なんて話……。
「春吉様……身体の具合は大丈夫ですか?」
「え? なんで今、具合の話なんかを……」
マミヤさんが何故か、奇異な視線を向けて来る。
俺は、彼女が向けて来る反応をよく分からずに、次いで視線を辿った。
そこには自分の身体が――四角ばった何かに浸食されていた。
「な、なんじゃこれ‼」
徐々に手足の皮膚が、鮮明さとは程遠いぼやけ方をしていく⁉
何かが身体に張り付いているとか、そういうものではない! 皮膚が、体組織が、そして来ている衣服にまで、まるまる物質が別の何かに変化していた‼
「ふっ! 古き良きかな、ドット絵というのは捨てがたい。どうじゃ? 現実で自分がそうなった感想は?」
「ドット絵⁉ お、お、俺があ⁉」
「この効力はこの部屋全体――つまり、わらわたちも、な」
「うわあ⁉ 二人もドット絵になってるーーっ⁉」
俺の部屋を支配していく、ドットの世界。
人や物のデフォルメを変化させるだけではない。人間の等身にさえ影響を及ぼし、やがて大昔の有名なRPGゲームの世界観のように、全ての物体が視覚的に変貌を遂げていく。
「ふふふ……どうじゃ? これでもわらわを神と信じぬというのか?」
「お、俺の身体! 触った感じはそうでもないのに、すげえ角ばってる⁉ ていうか動きが凄いぎこちないんだけど⁉ 思うように動けないし、身長も変わってるし‼」
「どうやらそれどころではないみたいですよ、キンマ様?」
「ふむ。確かにこれでは、話がしづらいのう」
口の開閉パターンが二つしかないためか、相手の言動がまるでパラパラ漫画みたいだ。
しかしそんな世界も、指があるようにはみえない手から乾いた音が響くや、途端に効力を失った。
一瞬で変貌した容姿のドットがはじけ、瞬きの合間には元の身体に成り代わっている。
俺の部屋も……そして元凶の二人も。
「嘘……こんなことって……」
「受け入れるのには、時間が掛かるかもしれません。ですが、キンマ様がこの星の均衡をつかさどる上位の存在と言うのは、まごうことなき事実。お話の続き、聞く気になりましたか?」
「…………お願いします」
今起こった現実を受け止め、俺はようやく話を真剣に聞く運びになった。
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