第4話 きっかけ
世界変換、五時間前。
今日の日を遡りながら、俺は疲労の逃げ道としてパソコン画面に向き合った。
当然、現実からの逃げ道として、俺の入り口は一つ。
ハルハル『新しく配信されたクエスト、なかなかの高難易度でしたね?』
キンマ『うんむ。やはりアレは、わらわとハルハルだけでは手に余る! と言うか、協力プレイが前提の難易度とは、いささか足元を見ておらぬか、このゲーム‼』
ハルハル『俺らのプレイスキルの問題もあるかもですが、確かに人手が肝心ですよね~』
現在、俺はネットを通じた友人とゲームに勤しんでいた。
『モンスター・キラー』――いわゆる「狩りゲー」と分類されるこのゲームは、プレイヤーがゲーム中に出て来るモンスターを退治し、モンスターから採取した素材から強力な鎧や武器を作ることを目的としている。
更にネットでは「他のプレイヤーと協力して、より強いモンスターの討伐を楽しむ」ことを趣旨にしている。
ネット環境ならば、より深く楽しめるゲームなのだが。
ハルハル『どう見積もっても、あと十人くらいは欲しいところですよ?』
半面、協力前提の難易度のモンスターに、手も足も出ないことが有る。
公式側としては、より多くのプレイヤーを集って挑んでもらいたいのだろうが、現在その人数は『ハルハル』こと俺。
そして二年もの付き合いになるネット仲間であり、俺が入ったコミュニティの長である『キンマ』さん。
つまり、たった二人だけであった。
ハルハル『やっぱり、大勢の集まる部屋に行くべきじゃないですかね? 俺たちだけじゃあ、最強の装備を持ってたとしても、時間内に倒せる保障も無いですよ』
キンマ『わらわは信頼した者しか、背を任せん太刀じゃ! 何処の誰とも分からぬ輩どもでごった返すクエストでの協力など、片腹痛いわ!』
ハルハル『このクエストの根本的な部分を、否定しちゃいましたね……(汗)』
キンマ『もしも現実に居たなら、我が従者が一ひねりしてやったものを』
ハルハル『末恐ろしい従者ですね(笑)。でもそれだと、倒した後の達成感があんまりないんじゃないですか?』
キンマ『わらわの現実の立場なんぞ、居るだけの簡単な生業じゃ。達成感も糞も無い。その癖、導いていくはずの者共は、勝手に道をたがえるし困ったものよ』
「ええ……」
反応に困る返答で、つい現実の俺も声を漏らす。
キンマさんは、どこぞの会社の社長さんなのだろうか?
言葉遣いからは全然そう感じないが、まあそれはネット越しでのキャラだろうし。
道を違えたってのは、部下が自主退社したとか?
キンマ『まあ、そんなことよりじゃ。ハルハルよ。次はどんなモンスターを狩りたい? わらわもそうじゃが、お前の装備を重点的に強化しないことには、更に上のクエストには望めんぞ?』
ハルハル『えっと、そうですね』
チャットに表示されたログを見ながら、俺はPCの右端。時刻表を見やる。
すでに日時を跨ぎ、深夜の十二時半。
そろそろ就寝しなければ、明日の学園生活に差し掛かる。
遊んでいたい気持ちはあったが、俺は名残おしく文面を打つ。
ハルハル『すみません、今日はここまでにしときます。そろそろ寝ないと』
キンマ『なんじゃ、もう帰ってしまうのか?』
キンマさんの女性型キャラに、
ハルハル『まだ遊んでいたいんですが、何せ明日は学校ですので』
キンマ『学びやのことか? そんなもの休んでしまえばよい! わらわが許す!』
「いやいやいや」
なんと猛々しい物言いだろうか。
ふっと笑いが込み上げてしまった。
ネットでのキャラ付けとはいえ、未だキンマさんは、この根の太い態度を崩したことが無い。
誰に対しても分け隔てなくそう接するもので、仮想の疑似的な関係性でも、不思議と信頼に値する『何か』があったのだ。
ハルハル『そうは言っても、自分が通っている学校、結構な偏差値でして。少しでも気を抜いちゃうと、着いていけなくなっちゃうんですよ』
キンマ『どうしてもダメか?』
僅かな悲壮感。
自分を遊び仲間として、ここまで求めている相手の頼みを断るのに、痛みが伴なわないはずもなく。
ハルハル『すみません』
キンマ『お主は謝ってばっかじゃな。いつになったら、思う存分遊べるようになるのか』
ハルハル『そうですね』
思案し、そして思い至る。
それはただの願望であり、夢に近い甘い話。
日本ではありえない、ゲーム内の世界観(洋風ファンタジー風の景色や街並み)を見渡しながら、俺は思うのだ。
ハルハル『いっそ現実がこの世界のようになれば、いつでもキンマさんと遊んでいられるかも、ですかね』
キンマ『この世界とは、この場所ということか?』
ハルハル『ええまあ、ありえない話ですけどね(笑)』
現実でも苦笑し、そろそろ会話を打ち切ろうかとした矢先。
キンマ『なるほど……それはいい! 直接対面するのなら、いっそそうしてしまった方がわらわにとっても都合がよいな‼』
「え?」
何故かキンマさんのほうは、笑い飛ばすわけでもなく。
満ち足りたように、画面先のキャラが感情に乗せて飛び跳ねる。
キンマ『明日を楽しみにしておれ! きっとお主も気に入るであろう!』
そう言い残すや、キンマさんからログアウトしてしまった。
一体何を思いついたというのか?
この時の俺は、まだ分からないでいたのだ。
自分が口にした甘い虚実が、世界を巻き込んでしまう起因になるなど。
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