第2話 神の思い付き

 時は少し巻き戻り……。


 世界変換、二日前。

 地球とは違う、別の世界にて。


 鼠色の雲がよどむ、暗雲の空の下。



 何百何千とふりそそぐ無数の矢が、向かう先の地上へと突き立っていく。



 しかしその悉くは、討ち取るべき対象の頭を射抜くことなく。赤々とした不可思議なエネルギーの壁に阻まれた。

 草原に、半径十メートルの範囲で隔てる、円形状の結界に。


「第一陣の放った攻撃、全く効果なし!」


「神の先兵であるだけのことはある。しかしそれもここまで。今日限りで他の神々を淘汰し、我らが崇めるムハン神が唯一にして絶対だということを知らしめる! 皆の者、武器を掲げ突撃せよーーっ!」


『おお~‼』


 攻め落とすべき陣地はたかだか十メートルの結界。

 そこへ数百、数千を超す大軍が突入した。


「頭上! 誰かが突っ込んでくるぞーーーーっ‼」


「何⁉」


 大軍を率いる部隊長が空を見上げ、兜の隙間から、誰かの影を視認した。

 その影は身の丈に合わない武装を振りかざして、周りの部下共々、一陣の攻撃の元空中を漂わせる。

 ゆっくりとこちらへ歩いてくる戦士は、たった一人。

 彼女の攻撃は、全ての暴力を真正面から打ち砕いていく。




「キンマ様~。いつまでここに居るつもりです? 私そろそろ疲れて来たんですけど」


「邪魔をするでないシシリー‼ 今がいいところなのじゃ!」


 外では、人がゴミのように吹き飛ばされている中で、桃色の髪をツインテールにまとめ、ゴスロリを着込む少女が、主に口を開いた。

 長い白髪の頭に王冠を乗っけ、齢十歳前後ぐらいの『キンマ』という少女は、外の惨状なぞなりふり構わず、目前の『敵』に対処する。


 薄型テレビの向こうに存在する、ゲームの敵キャラ――その大群に。


「むう、流石は最高難易度。無双ゲームの癖に、攻撃力は高いわ防御は固いわ、爽快感はほとんど楽しめんのう!」


 コントローラーのボタンを必死にがちゃがちゃ鳴らして、主の意識はそれだけに向けられていた。

 楽しむ道中、テレビが振動で前に倒れ、ゲーム画面にもノイズが走る。


「まずい‼」


 キンマは、すぐにテレビを起こした。

 その間にテレビの裏側があらわになると、別の世界と繋がっている白い光明の『出入り口』が開かれており、ゲームやテレビの電源ケーブルはそこから伸びて電力を確保していた。


「これシシリー! 外のマミヤにもっと丁寧に戦えと言っといてくれ‼ これでは折角の協力プレイが台無しじゃ!」


「無理ですよ、この結界維持するのに動けないんですから。そもそも、どうしていつものように『天界』でおやりにならないんですか? こんな危険な場所。今だってムハン神様を横道に崇める、下劣な人間どもが襲撃しているじゃないですか?」


「ここでしか、そのムハン神と通信できないからじゃ! あやつめ~腕が鈍っておる! 女にうつつを抜かして、ゲームの腕を磨いておらんかったな‼」


「また他の神様をゲームに巻き込んだのですか?」


「なんとかして娯楽を広めようとな。なのにあやつときたら、そうそうやられ負ったぞ‼ この腑抜け!」


「相手の腕に合わせないと駄目ですよ~。ただでさえテレビゲームなんて、他の神様がやるわけないのに」


「もうよい! わらわら一人で……ん? ゲームにいきなりバグが⁉ まさか‼」


 疑問を呈した途端。

 ゲーム内で不意に、予期せぬ天空からの雷が、敵キャラたちをことごとく射抜いていく。

 そのどれもが一撃の元、どれだけの防御力も体力も無に介する勢いで、屠っていく。

 こんな攻撃の仕様など、このゲームには実装されていない。

 キンマはすぐさま悟った。


「あやつめ。自分が敗北した腹いせに、神の力で介入してきよったぞ」


「昔のキンマ様もそんな感じでしたよね~って、あたっ‼」


「一言多いわ‼」


 コントローラーを自分の神官の後頭部に投げつけ、途端に結界が効力を失った。

 その瞬間、空からキンマとシシリーとの間に、兵士が割って入る。

 兵士に起き上がる気配は無い。

 それを屠った張本人は、急いで二人の元に駆けつけた。


「大丈夫ですか、お二方。すいません、つい加減ができず力んでしまって」


「ちょっと、マミヤっち! 持ち場離れたら駄目でしょ‼ まだ敵が、って居ない……」


 周囲の状況を見渡し、察するシシリー。

 危険は皆無。

 千人にも及ぶ、倒れ伏した蛮行者共と戦場の成れの果て。

 マミヤと呼ばれた女性は、疲弊を感じさせずに笑う。


「問題ありませんよ? キンマ様に立てつく輩はすでに敗走しました」


「戦闘開始して、まだ十分やそこらだったよね?」


「そうでしたっけ? あのような輩共など、徒党を組むだけで脅威では無いですよ。ほんのちょっぴり、力の差を見せつけてやれば、すぐに逃げて帰りましたから」


「アイツらと同じ人間とは思えない。本当に規格外ね、マミヤっち」


 ぶるっと、怖気に肩を強張らせるシシリー。

 キンマは逆に鼻高々に、ふん! と鳴らす。


「流石はマミヤじゃ! ゲームの味方キャラも、お前のように頼もしければのう」


「現実と虚構は違いますよ、キンマ様」


「虚構の方が現実に着いていけてないって、どういうことですかね?」


「ここでの遊びも終わった。やはりどうやら、わらわの遊び相手となってくれるのは、にしかおらんみたいじゃ」


「すると。いよいよやるのですか? 前日に考案したを」


「うむ! 何事も経験なり‼」


「ちょっとキンマ様。 なんでマミヤっちに話して、私はハブなんですか! 一体何を考えてるんです?」


「今までにない、特大級の催しを考えた! すでにあちらの神にも話を付けておる!」


「え? また他の神を巻き込むんですか?」


「今回は特に助力が必要なのじゃ。まあ問題は、いきなり押しかけて困惑しないかということじゃがの」


「この地と違って、かなり遠い場所ですからね。しかも長居するとなると、かなり世界に負担をかけることになりますけど?」


「無理な期間は設けておらん。目的が達成したら、すぐに遠のく」


「全然話が見えてこない‼ キンマ様、私を置き去りにしないで下さい~‼」


「ええい、しがみ付くでない!」


 従者が情けなく足元にしがみ付くもので、彼女たちは一旦その場を後にするのであった。

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