もしも世界が生まれ変わるなら……
ホオジロ ケン
第1話 プロローグ
『人生とは、たった一つの言葉で変わる』
ここ数週間の間で、身に染みて分かった言葉だ。
今でなお、この言葉は俺の心に自責の念として反復されていた。
深い谷底の奥から響くように。
夜の墓場を、アンデットたちに追いかけまわされているこの状況の自分へとっ!
「どうしてこうなったああああーーーーーーーーっっ‼」
『きいああああああああああああああああ‼』
俺の悲鳴に反応してか、辺りからこだまする女性の金切り声のような、奇怪な叫び。
喉どころか臓器も目玉さえ朽ち落ち、骨だけとなった容姿でどうやって声を発しているのか、はなはだ疑問である。
とまあ、今はそんなことどうでもいい。
現在俺こと、『
俗に、RPGゲームやらホラー映画とかでメジャーな部類に入るんじゃないかな? いわゆる、死者が人を襲うっていうシチュエーション。
俺はその被害者側として、山道から急斜面を必死に駆け下りていた。
元々先祖参りぐらいでしか利用されない場所ともあり、周りに人気は無い。
俺に味方が、居ないわけではないのだが……。
『ケケケケ!』
「ひいいいいいいいっーー!」
間髪入れずに、俺の悲鳴が響く。
アンデット連中が、自分の仲間を俺へ向けて放り投げてきたのだ。
大きく弧を描いて、見事に投げ飛ばされてきた個体は、俺の背中へ張り付いた。
映画では人を獰猛に追いかけるだけなのに、現実はこんな連携を取って来るなんて!
しかし意外にも重量は軽く、相手はしがみ付くだけに余力を割かれている。
ならば簡単に引きはがせ――。
「ああ大変だ。春吉さんの背中に敵の魔の手がーー」
心配の念が欠片も籠っていない、棒読みの声質。
続き、背後にドロップキックの衝撃が走る。
悲鳴を上げる間も無く、勢いのまま坂を転げ落ち、やっとの思いで道路に辿り着いた頃には全身がくまなく苦痛に音を上げていた。
「痛ったああいっ! 何、今何が起きたあ⁉」
「私の華麗な援護で打破したに決まっているじゃないですか~。ほら、何か言うことはないですか?」
やけに上からな態度で悪びれも無く――彼女は鼻を鳴らして、重力を感じさせない跳躍で、俺の前に降りてきた。
青と白のフリルを基調としたゴスロリを着こなし、桃のように淡い赤毛をツインテールとして揺らす。十五歳ほどに見える高慢不遜な少女。
彼女は『シシリー』。一応、俺に助力してくれている。
「一応」なんて言い方には、もちろん理由が有る。
「ケケケ~‼」
「げえ⁉ 骨アンデットが立ち上がってきやがった!」
悪態を付いている暇は無い。
骨アンデットは片腕はどこかへとすっぽ抜けながら、バランスの悪い歩行でこちらへ進路を定める。
ここで時間を掛けていれば、また後方から迫る集団の餌食だ。
「ここはシシリー! お前と協力して、すぐに打破を!」
「あっ……!」
振り向いた先――俺へ向けて、アンデットの腕の部位を振りかぶる途中のシシリーと目が合った。
お互い、なんとも間の悪い空気が粛々と流れ。
「す、隙あり‼」
「ねえよ‼」
シシリーは力の限り、アンデットの腕を振りかぶる。
俺は瞬時に頭を下げて、回避。
対象物を失った骨の鈍器は、綺麗な回転を描きながら元有った持ち主であるアンデットの頭部へと帰還し、綺麗に破砕。
結果的に言えば撃退に成功したが……。
「シシリーお前、何してくれてんだ⁉」
「は? なんのことです? 私はただ敵を狙っただけですけど~?」
「嘘つけ‼ 明らかに俺の後頭部狙ってた位置だろ⁉ あんな粗末なリアクションまでしてたくせに‼」
「粗末な⁉ たかが、命一つ二つ狙っただけで、この言い草とは⁉ 共に戦ってくれるだけでも有難いというのに! 貴方には、『
「抱くかそんなもん! お前らがどうかは分からんが、人間は命一つしかねえんだよ‼」
これが「一応」なんて例えた真意だ。こいつは俺の命なんぞ、一ミリとて考慮などしてくれない。
そしてシシリーは、全く反省も悪びれることもなく。
「もう堪忍袋の緒が切れました。今日限りで貴方のサポート役を辞退します」
シシリーは背を向けて、拳を天高く突き出した。
「今からあの男を打つぞ‼ ついてこられる奴は私に続けーーっ‼」
『ケケーーっ‼』
「お前、あろうことかそっちに付くんかい!」
いつの間にか合流していた屍の群れの前に立ち、不必要にも士気を高めていく。
要は裏切りやがったのだ、シシリーの野郎!
「お前、自分の課された任を自ら放棄するのか? それって
「今ある
高貴な存在が、発していいとはいえないぐらいの罵詈雑言。
シシリーの覚悟は本気らしく、彼女は骨をナイフ代わりに、アンデットを従えて飛びかかってくる。
「覚悟、病源人! 地の底で詫びろおおおおーーっ‼」
「ちょ、ちょっと待っ――!」
台詞が途中で喉奥へと埋もれる。
相手の一撃で、喋ることさえ奪われた……わけではない。
二度目となる、地を転げまわっていた。
自分の身体が何かの衝撃で態勢を維持できず、アンデットに至っては、無残にも破片として宙を舞う。
気持ちいいぐらいに一掃されていたのだ。
「あぐう! い、一体何が?」
落下してきたシシリーの困惑具合も、余韻はすぐに過ぎ去った。
『彼女』が徐々に近づいてくる。
月をバックに敵の残骸を踏みしめて、絶やさぬ笑顔のまま。
「駄目じゃないですかシシリーさん。従者が勝手な行動をしてもらっちゃうと、私の仕事が増えるんですよ? この意味、分かってますか?」
「マ、マミヤっち‼」
彼女の名を自然と口にし、シシリーは尻込みしながら後ずさる。
葵色の髪を三つ編みよりきめ細かいフィッシュボーンにまとめ、ファッションモデルさながらの抜群なスタイル、美貌を併せ持つ。清楚で綺麗なお姉さんといった印象の女性――『マミヤ』さん。
自分の背丈ほどもある大剣を軽々と操る姿を除けば、第一印象はそんな感じである。
「ま、待ってよマミヤっち! これは誤解、そう誤解なのよ!」
「貴方の凶行、ずーっと見てましたよ? その上で、どう言い訳するつもりですか?」
「…………すみませんでした~っ!」
逃げ口を塞がれたシシリーはプライドなぞ棄て、藁にもすがるように俺の後ろへ避難してしまった。
マミヤさんは小さく嘆息。
「この件は春吉様に一任します。それよりも見つけましたよ? このエリアの《主》を」
報告に俺は息を飲む。
「遂にやるんですね、俺。大丈夫でしょうか?」
「心配ありませんよ。春吉様ならやれます。我々も居るんです、自信を持って下さい」
「いや、それも心配の種なんですけど」
下を見るや、未だ俺へ向けて野犬の如き唸り声を鳴らし、足にすがりつくシシリー。
こいつはこいつで行動の一貫性がねえな。
「マミヤさんも、監視してたんなら、なんでもっと速く助けてくれなかったんですか?」
「すみません。私もまだまだ未熟な者でして」
視線を落とし、申し訳なさそうにしながら。
マミヤさんは、懐からカメラを取り出す。
「春吉様の必死そうなご尊顔を収めるのについ」
「ここに俺の味方は本当に居るのかーーーーっ‼」
深夜の山奥。誰にも届かないであろう俺の叫びは、ただただ暗影に飲まれていく。
世界が生まれ変わり、もうすぐ一か月になる。
そう事の発端は、つい一か月前――あの日を境に何もかもが変わっていった。
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