昔話

これは私の覚えてる唯一の過去、魂に刻んだ決意の話。


高三のクラス変えでたまたま隣の席だった大人しそうな女の子が持っていたラノベの表紙が気になってその子に話しかけたのが始まり。


「ねぇその本、漫画?」

「え……違、これは……ラノベ」


私が話しかけた事に驚いたのか女の子はびくりと肩を震わせ小さな声で答える。


「ラノベ?ラノベってなに?」

「えっと……ラノベは小説……でも挿し絵とか多くて、そんなに難しくなく読めるもの、っていうか……」

「面白い?」

「……人による、と思う……でも私は……好き」

「じゃあオススメ教えてよ、私も読んでみたい」

「……!うん!」


それが切っ掛けで私達は友達になった。

彼女の名前は早苗。基本的には大人しいし口数も少ないのだが、ラノベや漫画、ゲームの事を話している時は驚くほど饒舌だった。

早苗の薦めてくれる漫画やゲームも面白くて、私はその中でも乙女ゲームにドハマりした。


「早苗の一番の推しって誰?」


休みの日に私の家で一緒にゲームをしながら尋ねた事があった。


「私は……ロゼッタ・オルコット、かな」

「ロゼッタって……悪役の?」

「うん。最後まで胸を張って強く生きる女性って格好いいと思う。私もこんな風に強くなりたい」


あの時は悪役を格好いいという言葉がよくわからなくて不思議だったけどゲームを進めていくうちに早苗の言ってた意味がよくわかった。

早苗の推しは私の推しにもなった。

共通の好きなものが増えて、毎日が楽しかった。





――早苗がいじめにあうまでは。




何がきっかけだったのか分からない。

同じクラスの女子グループが早苗に目をつけていじめをはじめた。

わざと聞こえるように悪口を言うようなものから始まり、早苗に直接難癖をつけたり授業で使う教材をわざと回さなかったりする事が続きある日私は主犯の女子生徒達に呼び出され早苗と口を聞くなと言われた。

その命令を無視すれば今度はお前だと脅された私は恐怖もあり従うしかできなかった。


「次は移動教室だよね。行こ?」


そんな事など知らない彼女はいつものように私に話しかけてくる。


「……っ」


早苗の顔を見ないようにして私は彼女から離れる。

少し離れたところでそれを見ていた主犯の女子生徒達がくすくす笑っている声が聞こえた。

私はこの瞬間から彼女達と同じ早苗をいじめる側になった。


それから何日過ぎただろう。

いじめられても毎日登校していた早苗がその日は来なかった。

空いた席を眺めていると担任がやって来てこう言った。


「早苗さんがご自宅で自殺しました。原因はいじめだという遺書が残されて関与した生徒の名前も残されています。該当の生徒は後から事情聴取がありますので――」


目の前が真っ白になった。

その後の担任の言葉も自分が何をしたのかも思い出せない。

主犯の生徒達が先生に呼ばれたが私が呼ばれることはなかった。

ただ後悔と悲しみで心がぐちゃぐちゃだった。

その後の早苗の葬儀には出られなかった。

きっと早苗は私を怨んでると思ったから。


早苗の自殺から数日後、早苗の両親から私宛に一通の手紙を渡された。

私に宛てた早苗からの手紙だった。

震える手で手紙を開く。

そこに書かれていたのは怨み言や罵詈雑言等ではなく、私への謝罪と感謝の言葉だった。


『いじめに巻き込んでしまってごめんなさい。友達でいてくれてありがとう。楽しかった』と。


早苗は何も悪くない。

悪いのはいじめていた主犯と見て見ぬ振りをしていた回り、そして彼女の味方になれなかった……それどころか加害者に成り下がった私だ。

私が弱いせいで早苗を守れなかった。

私がもっと強かったら早苗は今も生きていたかもしれないのに。

私は自分の身を守るために友達を犠牲にした最低な人間だ。


(私のせいで早苗が死んだ……違う、私が殺した。私が早苗を、殺した)


早苗は辛いいじめの中でそれでも強くあろうと頑張っていた。

どうして努力していた人間が救われず、私やいじめの主犯のような最低な人間がのうのうと生きていれるのだろう。

こんな世界間違ってる。


数日間部屋に引き込もってずっと自分のした事を後悔し何度も早苗の手紙を読み返した。

いくら後悔しても謝りたい相手はもういないのだ。


ベッドの上に蹲って過ごしていたある日、地震が起きた。かなり大きな揺れだ。

机に積み重ねていた本がバサバサと落ちる。逃げなくては、と思う反面このままものに潰されてしまってもいいかと思った。そうすれば私は彼女に謝りに行ける。

けれど揺れはすぐに収まる。

崩れた本を戻さなければと顔を上げるとピピ、という機械音がして小型ゲーム機から声がした。


『後悔したのなら動きなさい、同じ過ちを繰り返さないように。貴方がすべき事をよく考えなさい』


本が落ちた時に電源が入ったのだろうか、画面には胸を張るロゼッタが居た。

乙女ゲームにプログラムされた台詞に過ぎないはずのそれが、私には早苗からのメッセージに思えた。


「……ごめん……早苗……。私、もう二度と同じ事、繰り返さないから……今度は、誰かを助けられる人になるから……!」


画面の中のロゼッタはイラスト、当然動かない。

それでも私は彼女が笑いかけてくれたように思えた。


それから病気で死ぬまで私は誰かを助けられる人間であろうと努力した。

これが私に出来る事だと思った。


さすがに乙女ゲームの世界に転生したと知った時は驚いたが、同時にチャンスだと思った。

あの時私を励ましてくれたロゼッタに恩返しが出来る。

早苗を守れなかった分、ロゼッタは幸せになってほしい。

たとえ我が身を犠牲にしたとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢が推しなので陰ながら幸せを願います 枝豆@敦騎 @edamamemane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ