【115本目】ある画家の数奇な運命(2018年・独)

 正直、ヨーロッパ産で3時間の映画とか絶対寝ると思っていた。題材が好みなので完走できたけど


【感想】

 【ヒトラーvsピカソ】というドキュメンタリー映画が去年上映されましたけど、その映画の前半パートでは、かつてのナチ時代、古典主義的・写実的な絵画の展覧会と、キュビスムなどを背景とした抽象的なモダンアートの展覧会が同時並行されて開催された、という事実が紹介されました。前者を守るべき文化として称賛し、後者の芸術を「頽廃芸術」として芸術の【悪い例】として半ばさらし者にする、という目論見が当時のナチにはあったようです。


 アカデミー外国語映画賞受賞映画【善き人のためのソナタ】のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが監督を手掛け、2018年に公開された【ある画家の数奇な運命】は、そういったナチ時代の芸術に対する弾圧政策の空気の中で少年時代を過ごした人間の映画です。世間がTENETや鬼滅の刃に熱狂する中ひっそりと上映された映画ですけど、芸術に対してどこまでも真摯に向き合ったスタッフの覚悟が感じられる重厚な映画でした。

 非英語圏の英語ながら、アカデミー賞にも2部門(外国語映画賞、撮影賞)にノミネートされています。

 【フォレスト・ガンプ】のように架空の人間の人生を30年代~60年代までのドイツの歴史の移り変わりと交えて俯瞰していく形式の映画ですが、主人公は架空でありつつ、ドイツでもっとも有名と言われる実在の画家・ゲルハルト・リヒターがモデルとなっています。


 この映画で主人公は、真実の美しさをあまりにも自由に表現しすぎる叔母(年齢差的にはお姉さん)の影響を受けながらも、その当の叔母が統合失調症認定で精神病院送りの末に毒ガスで処分されてしまいます。

 終戦後も、主人公の住むドレスデン(東西ドイツ時代は東ドイツ領)は共産主義政権下で、大学で学ぶ絵画もプロパガンダのような、政府に利するとされる芸術以外は価値がない、というナチ時代とあまり変わらない息苦しい空気の中での生活でした。


 やがて主人公は妻と共に、西ドイツへの移住を決意します。移住先の芸術アカデミーで自由な芸術表現の場を目の当たりにします。実際に当時のデュッセルドルフを含む地域ではモダンアートの復興運動が行われ、結果同地域での芸術活動がドイツ現代美術の礎となっていたそうですが、ともあれ移住先でそのような環境に出会うことで、主人公は長年の政治や社会のしがらみから解放されます。


 仲間たちや新しい恩師に触発された主人公は、悩みに悩みぬいたあげく、己の記憶の奥底に存在した、より深いトラウマを呼び起こします。政治によって自由な芸術を制限されてきたこと、叔母が優生主義政策の犠牲となったこと、よりにもよって義父がその優生主義政策にかかわっていたことといった事実を脳内によみがえらせ、その感情をぶつけた結果、【フォトペインティング】という手法の現代アートを編み出すことになります。

 モデルのゲルハルト・リヒターはフォトペインティングの第一人者ですが、彼にも実際に実際に叔母がナチに殺害されたし、義父が優生主義政策にかかわっていたという過去があります。

 自らのトラウマを漫画や映画に昇華しました、と公言しているクリエイターってよくいますけど、この映画は正に頽廃芸術弾圧、優生主義政策、戦後も罰せられず生きるナチ高官、といったトラウマを持った一人のドイツ人が、自らのトラウマを芸術に昇華するまでを描いた映画なのです。


【好きなシーン】

 序盤近くの少年時代のクルトが目撃した、前で全裸でピアノ弾いた後灰皿で出血するまで頭殴りながら真実の美しさを語る叔母は、後の彼のアート人生を決定づけるだけの説得力のある絵面でしたね。ナチ政権下でありながらあそこまで自由奔放な表現をする彼女の姿には、芸術は本来何物にも抑圧されない!という訴えをしているかのような力強さも感じます。

 甥っ子にその意思が受け継がれて開花するまでが、この映画のストーリーの柱になるわけですが、そういう意味では冒頭とラストにあるバスの警笛合奏のシーンも自由な芸術の系譜を表したシーンって感じで秀逸ですね。


 他、終盤で主人公が完成させた叔母と少年時代の自分の写真の模写を、「匿名の人物」の写真というていで発表したところも、あの当時クルトとエリザベトのような人生を送ったドイツ人たちが数えきれないくらいにいた、という文脈が据えられているような気がして考察のしどころ、って感じで興味深いです。

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