【20本目】英雄-HERO-(2002年・中)

【あらすじ】

 2000年以上前の、七国が争う戦乱の世の中国。のちに始皇帝となる強国・秦の秦王は、暗殺を防ぐために家臣院外の人物には百歩以上の距離に近づけないように命じていた。

 ある日、無名(ウーミン)と名乗る男が、秦王を狙う三人の刺客を殺した功績を称えられ、王に謁見する許可を得た。王に命じられた無名は、刺客たちを殺した経緯を語り始めるが……?


【感想】

 登場人物の回想というていで、映像が展開されるタイプの映画ってありますよね。

 古くは黒澤明の名作【羅生門】から、最近だと(去年10月に上映されて話題になったあの映画)とか。

 登場人物の主観による回想だから、どこまでが真実でどこまでが嘘や誇張かわからないのが、この手の映画のキモになっています。

 香港電影金像奨(別名・香港アカデミー賞)で撮影賞をはじめとする7部門を受賞し、2002年のアカデミー外国語映画賞にもノミネートされた張芸謀(チャン・イーモウ)監督の【HERO-英雄-】は、こういう回想系?映画の面白さを僕に教えてくれた映画です。

 

 もう序盤から【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ】以来のジェット・リーVSドニー・イェンの因縁対決の剣と槍の対決に一気に引き込まれましたよ。前半からして刺客VS刺客の嘘みたいなスピードで展開される果し合いを、後半で琴の演奏をバックにイメージ上で行われる戦闘、という形で白黒で撮っています。結果生まれた、動と静の両方を取り入れた決闘シーンはただただ圧巻でした。


 そして、無名が三人の刺客の末路を語り終えて、あれ?まだ半分も行っていないぞ?と思わせたところで、秦王が【残剣と飛雪がそんな心の狭い人物とは思えない】と疑いを見せ、そこから秦王の主観で全く別の回想シーンが始まったときの衝撃と言ったら。初見当時【羅生門】もちゃんと見ていなかった自分にとって、無名の語った回想シーンが真っ赤な嘘だったという展開にはただただ驚愕しました。


 ただ【羅生門】の登場人物たちがいずれもエゴイズムで動く咎人だったのと違って、この映画では無名によって真実が打ち明けられるところに、ちょっとしたカタルシスが存在しています。計画のために平気で嘘をつく頭の良さ(悪く言えば狡猾さ)のみならず、伝えたいことがある相手に対しては真摯に向き合う誠実さも持ち合わせたこの武人に、観客は感情移入の矛先を見つけられますし、安心できるわけです。


 嘘をついてまで秦王に近づいた無名が、暗殺の意思を捨てて天下泰平の望みを秦王に託すことで物語は結末を迎えます。このオチ観た直後は「でも秦王ってあの後暴君中の暴君になるんだよな……」と思って若干のむなしさがあったんですけど、無名が歴史に名前を残さない人々=中国の民衆のメタファであり、秦王が後の始皇帝であるだけでなく中国の歴代統治者のメタファでもあったと考えると、色々腑に落ちてきます。この映画は、市民たちが統治者に対して、天下泰平の望みを(何年経とうが、何回裏切られようが)殺す勢いで訴えかけている映画なのです。



【好きなシーン】

 何せシーンのほとんどがどこまでが真実かわからない回想なので、超人的で、どこか幻想的な動きのアクションシーンにこそ魅力を感じましたね。矢の雨が降ってても平然と書を嗜んでいる書道塾の人々とか、袖と剣だけで矢の雨をいなす無名と飛雪とか、剣と手足だけで水面を切りながらの残剣と無名の対決とか。


 同時期の武侠映画である【グリーン・デスティニー】もワイヤーアクションを駆使した幻想的なアクションシーンが見どころです(当時の流行ですね)。ただあの映画が作風自体が幻想的だったからこそワイヤーアクションが冴えたのに対し、【HERO-英雄-】は個人の回想、というていで映像を展開することで幻想的なシーンの違和感をなくしています。回想を主軸にしているからこそ「あのありえないアクションは無名と秦王の各個人に対する印象の現れでは……?」「そもそも嘘の回想も部分的には事実もあるのでは……?」、みたいな感じで、各シーンに再解釈の余事が生まれることが、この映画の最大の魅力の一つなんじゃないかと思っています。

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