【6本目】宇宙戦争(1953年・米)
【あらすじ】
世界各地で、謎の隕石が衝突した。科学者のフォレスター博士と現場に居合わせた教師のシルヴィアは様子を見るために衝突地点の一つであるカリフォルニアの現場付近に滞在するが、その隕石から出現した円盤は地球を侵略するため到来した火星人たちの兵器であった。火星人たちの謎の科学力を駆使した攻撃に、人類の文明社会はなすすべもなく破壊されていく……
【感想】
原作は言わずと知れたH・G・ウェルズのSF小説ですが、ここではそこから更にさかのぼってこの小説に影響を与えたといわれる、1877年の火星大接近の話から始めます。この年接近した火星の観測結果をイタリア人の天文学者が、火星の表面上に点在する線を「canali(イタリア語で水路、水)がある」と発表したのですが、この表現が英訳される際に「canal(運河)がある」と誤訳されてしまいます。その英訳を見た人々が「火星に運河という人工物があるなら、それを作った火星人も存在するのでは?」と想像を膨らませたことが、火星人幻想に繋がったといわれています。
その話から僕が考えることは、その誤訳事件の頃から、所謂火星人幻想というのは、【大衆の想像力の暴走】のメタファとして大衆文化に存在し続けたのではないか、ということです。まず上記の誤訳事件からして、canal(運河)という英訳に間違いはなかったのか、という事実確認を行い、人々が火星人幻想が早々と廃れた、という歴史もあり得たはずです。しかし実際には誤訳が明らかになるより前にずっと早く、火星人実在説の方が広まってしまいました。
【大衆の想像力の暴走】のメタファとしての火星人幻想をもっとも端的に表しているのが、1938年のラジオドラマ【宇宙戦争】をめぐる一連の騒動でしょう(メタファというか、実際にパニックになってますが)。オーソン・ウェルズのプロデュースによるこのラジオドラマを、事実と勘違いしたアメリカ市民たちがパニックを起こしたという騒動です。この騒動も事実確認を行わずに不確かな情報だけでパニックに陥る、という人間の弱さがそのまま露呈してしまったような事件でした。しかしこのパニックの背景には、ナチスの台頭で米国も戦争に巻き込まれるのではないか?という社会不安が背景として存在しています。
そこから更に世界の終わりのような戦争を経ての、この映画です。
物語の冒頭では先の世界大戦で使用された科学兵器の映像が数分ほど移されます。製作陣が、科学力を駆使した戦争の激化に対してのアンチテーゼをこの映画に込めていることは明らかです。
世界各地で同時多発的に戦争が起こっていること、戦後になって独立した軍隊となった空軍が活動していること、地球側が使用した原子爆弾がまるで歯が立たなかったこと(公開の前年、米国は原爆の数百倍の威力を持つ水爆の実験に成功)などから考えても、明らかに当時世界情勢を形作っていた東西冷戦を背景とした描写が目立ちますが、当時いかに米国市民たちが核戦争の勃発の可能性を現実的に捉えていたのか、ということを図らずも示唆しているとも言えます。
物語の終盤では、ある種火星人の侵略よりも印象的に、侵略への恐怖にパニックに陥る人々が印象的に描かれます。ある者は盗み、ある者は暴れ、ある者は主人公が頼みの綱にと用意していた血液のサンプルをどこかへ持ち去ってしまいます。
どれだけ科学文明が発展しどれだけ文明の利器にかこまれた便利な生活を送ろうとも、その科学を発展させた原因である【理性的な思考】をいざという時に考えられる人がどれだけ少ないか、という問題が、この映画の終盤ではある種科学文明批判以上に冒頭の痛切に描かれています。
東西大国の間で戦争が勃発し、世界中が核で焼け野原になるかもしれない、という不安を人々が抱えていた1953年に上映された【宇宙戦争】は、1877年に一つの誤訳から宇宙人幻想が生まれて以来常に起こり続けてきた【大衆の想像力の暴走】の持つ危険性を、暗に訴えた映画であるといえるでしょう。
【好きなシーン】
正直ウェルズの原作とか読んでいない状態でこの映画を見たので、終盤は絶望的な状況にただただ啞然とするばかりでした。
え? え? もう終わんぞ? どうやってまとめる気?まさか全滅END? とか思ってたら、ラスト数分でまさかの自滅に近い形での敵の全滅。あまりに絶望的な状況からの、あまりにあっけなさすぎる幕切れは、自分にとっては一周回ってリアルに見えました。
あと中盤の圧倒的劣勢の中で主人公の科学者がヒロインと食事をしながら「彼らにも、何か弱点があるはずだ」とあくまで理性的に物事に対処しようとするシーンも印象的です。あのシーン以降どれだけ絶望的になっても「何か弱点があるはず」とあきらめない主人公の姿は、今生きている社会が根底から覆ろうとも、あきらめたり動じたりせずに苦境を打開する方法を切り開こうとする、人間の誇り高き理性を体現しているかのようでもありました。
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