第4話

「アラブ過激派ヒラム逮捕!」

 十一月六日の夕方、全米のテレビが速報を流した。その舌の根が渇かぬうちに、見出しは変った。

「ヒラム、逮捕直後に射殺! 組織の犯行か」

 国吉は地下室でテレビに釘付けになった。


 千二百十六名の死傷者を出したGターミナル爆破事件の容疑者としてFBIに指名手配されていたモハメッド・イスラーム・ヒラムが今日午後四時半頃、ニューヨーク州ホワイト・プレーンズで逮捕されましたが、その直後ビルの中からスナイパーにライフルで撃たれ、即死しました。

 ヒラムは二十年前にニューヨーク州ナイヤックで発生した現金輸送車襲撃事件の容疑者として手配され、先月十五日のGターミナル事件では実行犯のひとりとして指名手配されていましたが、市内のビルの一室に潜んでいたところをFBIの捜査員に逮捕されたものです。そして捜査員に連行され、ビルを出たところを、同じビルの上階からライフルで狙撃されました。弾は頭部を貫通し、ヒラムはほぼ即死状態だったということです。ヒラムを撃った男は同じ組織のスナイパー要員と見られ、FBIとの銃撃戦の末、射殺されました。それでは犯行現場となったビルの前からトム・ヒンクス記者に伝えてもらいます。トム、現場の様子はどうですか?

はい、こちらは・・・・・・。

 

 国吉は目の前が真っ暗になった。ヒラムが死んだら俺の革命はいよいよおしまいだ。画面は騒然とするビルの前で早口にリポートする記者の姿が映っていたが、国吉は頭が混乱して内容を聞き取る余裕がなかった。

 国吉は呆然としてソファーに身を横たえた。いくら優れたテロリストであっても、一旦逮捕されれば組織を守るため一発で殺されてしまう。その空しさに国吉は愕然としていた。ヒラムとの最初の仕事は、あの二十年前のナイヤックの事件だった。あの当時、二人とも三十歳を過ぎた頃でまだ若かった。大いに世界革命を語り合ったものだ。俺はその後別の組織に属すことになったが、苦しい時はいつもあいつのことを思い出して頑張って来た。五十を過ぎ体力が落ちてくると、またあいつと仕事がしたくなって、組織を離れた途端、組織は俺を目の仇にし、刺客を送り込んできた。俺はまだ刺客に殺されるほど、落ちぶれちゃいない。しかし間違いなく組織の手は俺に近付いて来ている。一体どうすればいいのか。ヒラムがいればまだ革命路線を歩む気はあったが、もうその夢は費えた。俺はもう疲れた。張り切っていた糸が国吉の中でぷつんと音を立てて切れた。


 翌日、神戸にある大邸宅の居間の電話が鳴っていた。女が受話器を取った。

「ニューヨークから国際電話が入っています。コレクト・コールですが、受けられますか?」

 オペレーターが早口の英語で言った。

「イエス」

 女は受話器に耳を傾けた。

「俺だ。何か用か?」

 男が言った。

「大変よ。明子が誘拐されたわ」

「・・・・・・」

「何黙っているのよ!」

「いつの話だ」

「昨日、身代金を要求するCDが届いたの」

「CD?」

「内容のメモを取っておいたから読み上げるわよ。お宅の娘、アキコは今我々の手中にある。キャッシュで二百万米ドル用意せよ。娘と金の受け渡しは、米国東部時間十一月十五日午後二時、ニューヨーク・スタッテン島側のフェリー乗り場の近くにある倉庫だ。フェリー乗り場で赤いネッカチーフを巻き、黒のサングラスをかけた金髪の女が、お前ら二人を倉庫まで案内する。必ずあんたと国吉の二人だけで来い。もしも、誰か他の人間が一緒に来たら取引は即刻中止する。また時間に遅れたら、娘は直ちに命を失うことになる。それでは倉庫で会おう」

「黒抜きに白い両目のロゴがあるCDか?」

「ええ。脅迫文がゆっくり二度繰り返して読まれた後で、白目から変な煙が出たかと思ったら、CDの内容はすっかり消えてなくなったわ。それが今読んだ脅迫文だったのよ」

「あいつらの仕業だ。間違いない」

 男が断定した。

「あいつらって誰の事?」

「緑川誠っていう若いチンピラ野郎だ。連邦警察の追及ですっかりおとなしくなっちまったイタリアン・マフィアの残党と手を組んで、マンハッタンの裏社会を支配しようと企んでる奴だ。俺の命を狙ってやがる。明子は誘い水に使われちまった」

「明子がWTCで行方不明になってからもう二ヶ月近くたつわ。でも、あんたから一向連絡が来ないもんだから、あれからわたし何度もニューヨークに出掛けて心当たりを探ってみたの。でも何の手がかりもなかった。その間あんたと連絡を取ろうとしたけど、一度も取れなかったわ。一体今まで何処で何してたのよ!」

「すまない。しばらく外部との連絡が取れない状態だったんだ」

「わたしすっかり明子が死んだものと諦めていた。でも銀行の本社やマンハッタンの仮オフィスに確認したら、明子は九月十日から休暇を取っていたらしいわ。あのテロの前日からよ。わたし何度も確かめたのよ。本当に九月十日からですね、と。そしたら、絶対に間違いないって銀行は言うのよ。とにかく明子はあのテロを免れたらしいわ。でも、休暇を過ぎてもずっと欠勤が続いていて、何の連絡もないって言うのよ。銀行は当局にその件を連絡し明子の安否がわかり次第こちらにも知らせてもらうことになっているんだけど、明子は誘拐されていたのね」

「お前、身代金を出すつもりか?」

「二百万ドルならアメリカの口座に蓄えはあるけど、キャッシュで揃えるのには手続きが複雑で時間がかかるわ。わたし明日ニューヨークに飛ぶから、迎えの準備をしておいて頂戴。フライトはH航空007便で、JFK着午後十一時三十六分よ」

「お前本気か?」

「当たり前じゃない。大切な娘を見殺しに出来ないわ。それじゃ」

「おい、待てよ! 久子!」

 女は電話を切った。

 

  国吉はヒラムが射殺されたことを踏まえ、大学紛争時代からの盟友である波佐間健一をセントラル・パーク近くにある高級住宅街のアジトに呼んだ。

「最近売春の売り上げが落ちているな。カジノも芳しくない」

 国吉はPC画面から目を波佐間に向けた。

「市警の取り締まりが厳しくなったし、コールガールの質も落ちている。暫くは仕方がない」

「泣き言は要らない。その分、闇金融で穴埋めをしたらどうだ。ヒラムも死んじゃったし、我々の世界同時革命も終わりだ。あと残るはこれまで革命の片手間に積み上げて来た闇商売一本で行くしかない」

「金融ビジネスも敵に食いつぶされている。緑川の野郎がのして来ている。お前の娘を誘拐したのも奴らだろ? お前の命を狙っているというわけだ。あちらはイタリアン・マフィアの残党を味方に引き込んでいるから、殺し屋もうんと抱えている。本当に気をつけろよ」

「久子が身代金を持って明日の便でこちらにやって来る。取引は十一月十五日だ」

「あちらがイタリアン・マフィアなら、こちらはアイリッシュ・マフィアの伝統を引き継いでいる殺し屋連中にお前を守らせるからな」

「アイリッシュも本物が活動した時代ははるか昔の話だ。当時はイタリアンとこのマンハッタンで何度も銃撃事件を起こすくらいの勢いだったらしい。しかし当局の取り締まりで両マフィアの連中ともすっかり表には出なくなった。今の連中は拳銃もさび付いているんじゃないか?」

「おいおい! 寂しいことは言いっこなしだぜ」

「だがなあ、俺たちが真剣に目指した世界同時革命なんて、まっこと幻想に成り下がった。とにかくこれだけ世界が保守化して激変したら、もう俺たちの出番はない。革命ではな。残るは売春、金融、賭博ぐらいしか残っちゃいない」

「金融でも、緑川の奴らは、仮想通貨といった俺たちにはそれこそノウハウも何もない分野でボロ儲けしてやがるらしい。こちらの有力弁護士事務所とも提携して、いざという時に備えているらしいぞ」

「まあ、団塊ビジネスとは様変わりしているわけだ。時代はすっかり変わっちまったんだ」

 国吉は肩を落として、大きな溜息をついた。

「とりあえず、俺は明子を無事取り戻すことにしばらく集中する。ボディガードの件は、また連絡するからよろしく頼む」

「OK。じゃあな」

 波佐間はそう言うと立ち上がり、アジトを後にした。


 米国東部時間十一月十二日の深夜、久子はニューヨークのJFK空港に到着した。出迎えのロビーに「A大学文学部」と英語で書かれたフリップを持った若い白人男が立っていた。久子はその男に合図を送った。男は久子の荷物を用意していたキャリアーに積み、久子を案内して駐車場に向かった。男は紺色のセダンの前で止まり、鍵で後部座席ドアを開け、久子が乗り込む間ドアを開けたまま立っていた。ドアを閉めると男はトランクに荷物を積み込み、車の運転席に乗り込んだ。セダンはマンハッタンに進路をとった。

 

 久子の乗ったセダンは一旦セントラル・パークの南西にあるコロンバス・サークルからセントラル・パークの中通りに入り、そこから公園の反対側にある五番街に出て南下し、セントラル・パークの南通りを西に向かい、再びコロンバス・サークルから今度はセントラル・パーク・ウェストに入った。後をつける車がないことを確認しセダンは高級住宅街の一角で停まった。

 拳銃を持ち、辺りを見回す運転手の男の合図で久子は車を降り、真っ直ぐ玄関に向かい、ドア・ベルを押した。

 ドアが開き、国吉の用心棒らしい黒人が久子を地下室に案内した。重いドアが開くと、国吉は部屋の応接セットに座って、ウィスキーを飲んでいた。

「明子が誘拐されたというのに、気楽なものね」

 久子がコートを脱ぎながら、国吉を睨んだ。

「まあ、そうカリカリするなよ」

「もうそろそろニューヨークも潮時ね。いやアメリカは」

「何処に行こうが、緑川は俺をつけ狙う」

「じゃあどうするつもりよ」

「俺にはまだやることがごまんとある。消されてたまるか」

「わたしは明日一番に銀行に行って、身代金の手配をするわ」

「そんなことをしても金をそっくり持っていかれるだけだ!」

「じゃあどうすればいいって言うの? 明子の命はどうなるのよ!」

 久子は国吉を睨みつけた。

「わたしは金を惜しんでみすみす明子を殺されることだけは絶対にしないわ」

 国吉は黙ってウィスキーを飲み干した。

「おい、マンハッタンで赤間に会ったぞ」

 久子はぽかんとした表情を見せた。

「彼ここにいるの?」

「ああ、北村から連絡が入り、あいつがいることがわかった」

「そう言えば、北村君殺されたわね。ニュースで見たわ。一体どうしたの? まさかあんたが殺したんじゃないでしょうね。どうなの?」

 国吉はウィスキーをグラスに注いだ。

「そんなはずねえだろ」

「わたしもう寝るわ。飛行機で疲れちゃった」

 久子は国吉を置いて、一階に駆け上がって行った。


 寝室のベッドで横たわったものの、久子に眠気が来そうになかった。

 赤間がこのマンハッタンにいる。あれから一体何年が経つのか。久子の脳裏には若き日の赤間と自分の姿が浮かんでいた。

 大学紛争が激しさを増していた一回生の夏のことだった。ノンポリだった二人は、キャンパスの封鎖が続き、授業がないことをいいことに北海道を旅して回った。当時バック・パッカーのように体の幅よりも大きなバッグを担いで旅行する若者が多く、その形から「カニ族」と呼ばれていた。

「俺たちも流行りのカニ族だな」

 赤間が久子のバッグを引っ張った。

「やめてよ! 体がぐらつくじゃない」

 久子が苛立った。北海道に入って一週間ほどが経っていた。

「そんなぐらいでカッカするなよ」

 赤間は久子の豹変ぶりに驚いた。それまで二人は楽しく旅をしていたのだった。大阪から特急白鳥に乗り、日本海側を一路青森に向け進んだ。深夜青森港を出航する青函連絡船に乗り、函館に渡った。午前四時半頃函館港に到着。その後余市から札幌に向かう。札幌で三泊し、バスで旭川に着いた。地元でアイヌの織物を展示する美術館などをめぐり、根室標津で花咲ガニを食べる前に然別温泉に立ち寄った。宿泊先はユースホステルが殆どで、勿論久子とは別室で泊まっていた。

 ところが、然別ではユースがカニ族で満室の状態で、二人は仕方なく安い旅館に泊まることになった。別々の部屋が取れず、同室となり、二人は妙にソワソワした気持ちで真夏の夜を過ごしていたが、そこは若い男と女。深夜になると、初めて同士がぎこちなく体を重ね合わせていた。

 それがきっかけとなり、翌日通りすがりの町の薬局でコンドームを買い求めて、二人は毎夜、知ったばかりの快楽の虜(とりこ)になった。

 帰阪してからも、赤間は久子との出会いを楽しみにしていたのだが、程なく久子は急速に国吉に接近していったのだった。

 赤間は何とか久子を国吉の「性の奴隷」にはするまいと、学生運動から引き離そうとしたが、久子は言うことを聞かない。

「何故なんだ。理由を言ってくれ!」

 赤間はある日久子に迫った。

「今日本のあり方が根本から問われているのよ。そんな大事な時にブルジョアみたいに男と女のちっぽけな幸せを求めようとしたわたしが間違っていた。北海道に行ってようやくそのことがわかったわ。これも経験主義の効用だと思う。わたしノンポリを捨てて国吉君らと連帯して帝国主義と戦うわ! さようなら」

 そう言い残し、久子は赤間の前から去って行った。

 当時、赤間は心の中にぽっかりと大きな穴が開いたような虚脱感に襲われていた。久子の心変わりに接し、女性不信にも陥った。心の痛手を少しでも癒そうと、赤間は一層学問に打ち込むようになっていった。

 紛争がキャンパスから姿をほぼ消した頃、就職活動に入り、商社の入社試験を受けて合格。入社後は海外出張など多忙で、女性とつきあう暇もなく、婚期を逃したと言うのが世間への言い訳だった。本当は女性と付き合うのはもうこりごりだと思い込んでしまっていたのかも知れない。

 商社を辞めて新天地アメリカにやって来た時、リサに出会った。そのリサはあのテロで亡くなった。よほど俺は、女性とは縁がない男だという思いが心を掠めた。もしも大学時代、あの紛争さえなければ、久子と俺は結婚していただろうか。

「われわれはー、大学当局のー、自主規制路線をー、粉砕するぞ!」

「機動隊は帰れ! マル機粉砕! 闘争勝利!」

 ヘルメットを被った活動家の学生がシュプレヒコールを繰り返しながら当局の要請で導入された機動隊と対峙し、鉄パイプや投石で機動隊に襲いかかった。機動隊は放水車で応戦し、激しい攻撃を受けた時には催涙弾を撃った。

 活動家が数人連行され、機動隊が撤収した後も、キャンパスの一角ではしばらく催涙弾の鋭い刺激臭が漂っていた。騒乱の現場から一時姿を隠していた国吉は、何処からともなく現れ、赤間のそばに立っていた。二人とも刺激臭に鼻を押さえ、目に涙を溜めていた。

「お前の仲間が連行されていったぞ。一体今まで何処にいたんだ?」

 赤間が尋ねた。

「幹部が全員パクられてしまったら、闘争が続けられないだろ? これも組織を守るための手段だよ」

 国吉はそんなこともわからないのか、といった表情で赤間をあざ笑うように見つめた。

「都合のよい理屈だな」

「赤間、お前らみたいなノンポリが大勢いるから体制側が付け上がるんだ。俺たちと一緒にデモのひとつでもやったらどうなんだ」

「俺は授業を受けに大学に来たんだ。お前らみたいに授業をボイコットして、建物を封鎖するような奴は、さっさと大学を去れ!」

 赤間が反論した。

「ナンセンス!」

「国吉、バカのひとつ覚えみたいな言葉を使うな。世の中のこと、社会のことをもっとよく勉強してから行動したらどうなんだ。一体お前はどれだけのことがわかっていると言うんだよ」

「お前らノンポリは、高度経済成長の中で平和ボケした体制野郎だ。お前らこそ何も世の中が見えていない。搾取の策動を続ける体制をぶっ壊すこと以外に我々の進む道はない!」

「体制とは何だ?」

「世界の反動勢力と結託し、日本人民を搾取する資本家どもを後押しする日本の反動勢力のことだ。国家権力も含めてな。そんなこともわからないのか」

「ああ、わからないね。お前らの主張や行動はわからないことだらけだ。何が性革命の実践だ。フリーセックスだ。色んな女と寝たいだけの方便だろうが」

「そういう考え自体が帝国主義の思う壷だ」

「おい、国吉。久子を性の奴隷から解放しろ」

「お前はリンカーンか。俺はとことんアメリカ帝国主義と戦うぞ! 米帝打倒! 帝国主義は張子の虎だ!」

「毛沢東の真似をするな!」

 赤間は国吉を睨みつけて、叫んだ。


 身代金の受け渡しの日が来た。国吉は久子と共にマンハッタンから対岸にあるスタッテン島行きのフェリーに乗り込んだ。空にはどんよりとした雲が垂れ込めていた。キャッシュの入った大きなジュラルミンのケースを一人ずつ持ち、二人は明子が囚われている倉庫がある島の方を見つめていた。フェリーは穏やかな水面を滑るように進んで行った。

「明子は本当に生きているのかしら」

 久子が自分に問い掛けるように言った。国吉は黙ってフェリーの甲板で頬を撫でる風に吹かれていた。

 しばらくしてフェリーはスタッテン島の船着場に着岸した。乗客が数人、先に降りて行った。国吉と久子は女を探した。

「ほら、あそこ」

 久子が国吉に目配せした。赤いネッカチーフが眼に飛び込んで来た。女はサングラスをしたまま、金髪を風に揺らせていた。女の周りには銃を構えた黒ずくめの男が三人。国吉と久子はケースの取っ手を強く握りしめて、女の手招きする方に向かった。

「二人だけでしょうね」

 人通りのない裏道に入ったところで女が念を押した。

「ご覧の通りだよ」

 国吉が太い声で言った。男らが国吉と久子に銃口を向ける中、女は念入りに二人のボディ・チェックをしてから、先に歩くように指図した。女の手にも拳銃が握られていた。その様子を遠巻きにしながら機関銃や銃を構えたギャング風の男らが見つめていた。

 しばらく行くと倉庫が見えて来た。

「そこを左に入って!」

 女は倉庫の裏手に二人を誘導した。そして鍵のかかっていないドアを開け、二人に倉庫の中に入るように指示した。

 倉庫は二階建てで、二階には窓があり、外光が差し込んでいた。一階を見渡すと、かなり奥深い造りになっている。大きな木箱が積み上げられ、辺りは暗かった。木箱の間には二階に通じる鉄製の階段がいくつもあった。二人は奥に向かって歩かされた。その時、木箱の陰から人が飛び出して来た。男が二人、猿ぐつわをはめられた女の両腕を掴んでいた。

「明子!」

 久子が叫んだ。明子は久子の姿を認めて激しく体を動かそうとしたが、男に押さえつけられた。

 奥からサングラスを掛け、黒いスーツに身を固めた長身の男が現れた。男は黒い帽子を脱ぎ、胸のところにかざした。長い金髪が露になった。

「久しぶりだな、クニヨシ。ようこそ地獄の門へ」

 男は不敵な笑みを浮べて、国吉を睨んでいた。

「マドセンか。まだ生きていたんだな」

 国吉の顔が一瞬引き攣った。

 マドセンは指折りの殺し屋だった。国吉がまだ組織にいる頃、コンビを組んだこともあり、獲物は一発で仕留める腕に定評があった。

 赤いネッカチーフの女はいつの間にか姿を消していた。

「ケースをそちらのテーブルの上に置け」

 マドセンが命令した。国吉と久子はケースを木製のテーブルに置いた。明子を押さえ込んでいた男がひとり、テーブルの上に置かれたジュラルミン・ケースを開け、中味を確認した。男が頷くと、マドセンは明子を羽交い絞めにしている男に鋭い眼で合図を送った。  男は明子の縛り縄と猿轡を外した。

「ママ!」明子は久子の胸に飛び込んで行った。その瞬間二階から慌しく走り降りて来る靴音が響いた。

「フリーズ!(動くな)」

 男の鋭い声が暗い倉庫の中に響いた。

 マドセンは一瞬ひるんだが、拳銃を素早く抜いて、二階の男に一発撃ち、直ぐ国吉めがけてぶっ放した。国吉の体が吹っ飛んだ。

「あんた!」

 久子が絶叫した。二階から降りてきたヤクザ風の男がマドセンに向け、拳銃を連射した。マドセンは頭から血しぶきを上げて、木箱にぶつかり、どっと床に倒れ込んだ。

「キャー!」

 久子は明子と木箱の間に身を隠した。

明子を羽交い絞めにしていた二人の男も同時に射殺された。三人を一度に片付けたのは国吉サイドの腕利きの殺し屋だった。

 階段から何人もの男が拳銃を構えて駆け下りて来た。マドセンは即死状態だった。

「早く車を回せ!」

 国吉は顔を歪め、左胸から血を滲ませながら立ち上がろうとしていた。

「動くな! 今担架が来るからな」

 波佐間が叫んだ。

「あんた、大丈夫?」

 久子が駆け寄り、心配そうに国吉の顔を見つめた。国吉はこっくりと頷いた。

 担架が到着し、国吉が運ばれて行った。明子は久子の胸に抱かれながら、涙にむせんでいた。

 外では国吉サイドのギャングが担架で運ばれる国吉を取り巻くように集まり、周囲に目を光らせていた。

 パン! パン! パン! 

 物陰に潜んでいた緑川サイドのギャングが国吉を狙って発砲した。

国吉サイドのヤクザがすぐさま応戦し、双方に何人かの死者が出ていた。

「連邦警察だ! そこまで!」

 拡声器で大音声が響き渡った。辺りは一瞬水を打ったように静まり返り、連邦警察エージェントと地元警察官が鈴なりに銃を構えている姿がギャングの目に突き刺さった。

 国吉は準備されていた救急車に運ばれた。国吉サイドは国吉を連邦警察の手に委ねるのには大きな抵抗があったが、国吉の命を最優先し、手を引いたのだった。

赤いネッカチーフの女は、銃撃戦の流れ弾に当たったのか、倉庫の外で絶命していた。


 マドセンらに明子の身代金受け取りと国吉の射殺を命じ、事の一切を任せていたグリーン・アイズの緑川誠は、フランクフルトの郊外にあるドイツの裏社会を牛耳るギャング団のボス、ウォルフガング・エスターと対面していた。

 その部屋にはナチスドイツを象徴するハーケンクロイツの紋章が壁に掛けられている。緑川はハーケンクロイツにチラリと目をやってエスターの顔を正面から見据えた。鉤鼻の下に髭を蓄え、何処となくヒットラーを連想させる顔に刺すような目が睨んでいる。

 幹部らしい男が分厚そうな契約書一式を抱えて、部屋に入って来た。男は緑川の前に契約書を静かに置き、契約書にサインするページを開くと、エスターの傍に侍った。

 緑川は連れて来たドイツ法の専門家から説明を聴きながら、ドイツ語の文書に目を通した。契約書の内容を確認した緑川はにサインし、契約書を閉じて、幹部に手渡した。エスターは立ち上がり、緑川と強いグリップで握手をし、初めて微笑んだ。

「ミドリカワさん、これでニューヨークにおけるわれわれのブランチを互いに使用し、密に連絡をとりながらお互いの利益を増やし、配分する計画をスタートします。お宅のボスによろしくお伝えください」

 そう言うと、エスターは大きく手を叩き、ディナーの用意を命じた。

 エスターと緑川の前にあるそれぞれのグラスに高級ドイツワインが注がれ、二人は立ち上がって乾杯をした。

 その時、緑川の携帯がポケットで震えた。緑川はワインを飲み干してから、急いで部屋の外に出て、耳に携帯を押し当てた。

「何だと! 身代金も獲れず、国吉は重症ながらまだ息をしているだと! おまけに娘にも逃げられた? このバカ者どもが!」

 部屋を出て来たエスターが立ち止まり、何事かと緑川の方を見た。緑川は軽く会釈をし、何でもありませんというジェスチャーをした。

 

 ニューヨークに戻った緑川は、JFKで出迎えの車に乗り込んで、リトル・イタリーの一角にあるオフィスに車をつけさせ、一番奥にある特別な造りの部屋のドアをノックした。

「入れ」

 ドアの取っ手を掴んだ途端、何かがチクリと指を刺した。見ると小さな鋭い針のようなものが取っ手から出ていた。

 緑川は首を傾げながら、指から出る血を唇の先で吸った。

 そして唾をゴクンと飲み込み、ドアを開けて恐る恐る部屋に足を踏み入れた。

 薄赤いスポットライトに照らされた薄暗い大部屋の真ん中に設えられた幅広の高級デスクの椅子に、顔の見えない人物が静かに座っていた。葉巻を燻らせている。

「申し訳ございません!」

 緑川はグリーンのスーツに痛む指先で無意識に触れ、大きく頭を垂れた。

 顔が見えない人物はしばし沈黙していたが、おもむろに「お前にはもう用はない」と一言緑川の耳に入った瞬間、緑川の体は足元で突然パックリと開いた床から下にある水槽に転落した。水槽にはジョーズが泳ぎ、指から流れ出る血の匂いを嗅いだ途端、巨体をうねらせて緑川に噛みついた。

「ギャアアア!」水槽は血の海と化し、しばらくすると、白目をむいた遺体が浮かび上がって来た。

「赤石君、入り給え」

 デスクに仕組まれたマイクで名前を呼ばれた男が顔の見えない人物の前に進み出た。体が完全にこわばって、震えている様子が窺える。男は緑川が消されたことをモニターで一部始終を見せられていた。

「君はジョーズの餌にならないように頑張るんだな」

「は、はい!」

 赤石と呼ばれた男は最敬礼し、口を真一文字にして突っ立っていた。


 紅葉の季節が過ぎた頃、赤間にジェニーから電話が入り、ドライブに行こうということだった。約束の時間にマンションの前にジェニーが運転するセダンが停まった。

「行き先はセバーゴ湖よ。本当は紅葉の真紅やイェローの紅葉がとっても綺麗なところだけど、今年はもうムリ。また来年ね。でも辺りは公園になっているからいいところよ」

 ジェニーは運転しながら赤間に話し掛けた。

「それはどのあたり?」

「マンハッタンからブロンクスを越えてハドソン・リバー沿いに北上すると、タッパンジーという大きな橋が架かっているの。その橋を越えて、ロックランド・カウンティに入ってしばらく行ったところよ。そこから北東に行くと、有名なウェスト・ポイントがあるわ」

「まだニューヨークに来て日が浅いのによくそんなところを知っているね」

「スーパーの同僚に聞いたのよ」

「ウェスト・ポイントは陸軍士官学校だったっけ?」

「そうよ。大統領だったアイゼンハワーや元帥のマッカーサーも卒業生よ。シカゴにも卒業生の知り合いがいるわ」

 セダンはマンハッタンの六番街、アベニュー・オブ・ディ・アメリカスを北に進んでいた。

 サトルはその日非番でナオミとデートの約束があったが、ナオミに急用ができたため、空いた時間をどう過ごしたものかと、その日のためにレンタルしたランドクルーザーの中で思案していた。一人でつまらないけど何処かドライブにでも行くか。そう思い、アベニュー・オブ・ディ・アメリカス五十一丁目にあるタイム・ライフビルの前で車を発進しようとした時だった。後ろからセダンが近付いて来た。やり過ごそうと待っていると、運転する女性の隣に見覚えのある顔があった。

「あっ、赤間さんだ。あの女性は一体誰だろう。亡くなった恋人の後釜をもう見つけたんだろうか」

 サトルはセダンの後に続いた。ちょうど暇を持て余していたところだ。少し悪趣味だけど、赤間さんが一体女性と何処に行くのか、後をついて行ってやろう。

 サトルはセダンを追って行った。タッパンジー・ブリッジを渡り、インターステート287号線に入った。走る車の台数はマンハッタンよりぐんと減った。サトルは車間距離を空けたまま後に続いた。セダンは87号線に入って行った。辺りには紅葉が散り終わった林が姿を見せ始めた。

 セダンは青空の下に広がる森の中に入って行った。やがて公園の入り口に着いた。二人は車を降りて、湖の方に歩いて行った。サトルもセダンの近くに車を停め、気付かれないように後を追った。低い山並みを背景に、湖がひっそりとその姿を現わした。

「すてきなところだわ」

 ジェニーが湖に向って背伸びした。赤間は湖を泳ぐ水鳥の姿を見つめていた。サトルは休憩所の椅子に腰掛けて、二人の様子を目で追っていた。

「もう少し歩きましょうよ」

 ジェニーが言った。

「この奥にまだ小道でもあるのかい? 林が鬱蒼と茂っているだけのようだよ」

「大丈夫よ。さ、行きましょう」

 赤間はジェニーの後に続いた。暫く歩くと小さな池があった。水鳥が巣で羽を休めていた。

「この池は湖と繋がっているんだろうか」

 赤間が湖の方角を振り向いた時だった。

「お久しぶりね」

 背後で声がした。振り返るとサングラスを掛けた女を挟んで、同じくサングラスを掛けた黒ずくめの男が二人立っていた。男の手には拳銃が握られている。女がゆっくりとサングラスをはずした。赤間は目を疑った。

「リサ! お前生きていたのか。どうして!」

それは紛れもなくWTCで亡くなったはずのリサだった。

「ジェニーとのデートの邪魔をしちゃったわね。ごめんなさい」

 ジェニーが三人の横に並び、赤間に不敵な笑いを向けた。

「一体これはどういうことだ」

 赤間がジェニーを睨んだ。

「全てをお話することは出来ないけど、どうせ間もなくあんたは死ぬことになっているから、少しだけ教えてあげる」

 赤間はホルスターの拳銃を抜く機会を窺っていた。

「ミスター赤間、あんたはなかなか鋭い感性を持っているわ。誉めてあげる。マンションで国吉の名前が出た時、ほんのわずかな眼の動きで、わたしが国吉を知っていることを見破ったわね。まだまだわたしは修行が足りない。組織の人間として失格だわ」

 リサが微笑みながら言った。

「組織? お前はテロリストなのか? やっぱり国吉を知っていたんだな」

「ええ、でも恋人じゃないわよ。任務遂行中にあんたの口からずばり国吉の名前が出て、はっとしたわけ。組織を裏切り、暗殺指令が出ている男の名前を聞いてね」

「国吉の暗殺指令だって?」

「わたしの任務はあんたをマークすることだったから、虚をつかれた感じだった」

「何故俺を? 国吉の知り合いだったからか? 国吉が俺とコンタクトを取ろうとするとでも思い、見張っていたとでも言うのか?」

「まあ、ゆっくりと話してあげるから、焦らずに聞いてよ」

「お前はあの日WTCのレストランでウェイトレスとして現れた時から、俺をマークしていたということだな」

「その通りよ。苦労しなくても、あんたから飛びついてくれた。やはり男を虜(とりこ)にする美貌って女の武器よね。わたしを美しく産んでくれた母親に感謝するわ。ハハハ。でも正確に言うと、商社にいた頃から既にあんたはマークされていた。同じ組織にいる別の人間にね」

「どういうことだ」

「あんたが今隠し持っているものを奪い取るためよ」

 赤間にはっきりとリサの目論見がわかった。

「狙いは特殊半導体のデータが入ったフロッピィ・ディスクだったのか! どうして俺がそれを持っているとわかった?」

「あれはあんたのペット・プロジェクトだった。プロジェクトの責任者として全力を傾けていた。それを一方的に凍結されたら誰だって頭に来るわ。あの時あんたは商社を辞めた。今までの商社のやり方に対する反発が、あのことで一気に噴出したはずよ。そういう場合、恐らくプロジェクト関連のデータはコピーして手元に持っておきたいと思うのが心理じゃない? どうせ商社とは全く関係のない人間になったんだからね。死んだ赤ん坊を母親がいつまでも持ち歩く小説があったわね。そんな感じかもしれない。もっとも、あんたが持っているものは、これからいくらでも生き返り、売れば莫大な金を生み出すものだから、その点全く別物だけどね」

「俺の心理まで読んだつもりというわけか」

「日本に潜入した組織のエージェントがあんたの同僚から色々と話を引き出したのよ。金沢のこともそのエージェントから仕入れた作り話よ。わたしが日本に行ったことにするためのね。日本人はガイジンに弱いから、親しくなるとペラペラあんたの商社での内情をしゃべってくれたそうよ。今言ったのはそれを踏まえた推論なの。勿論それはあくまで推論でしかない。しかし、推論通りにあんたがデータを持っている可能性は充分にある。少しでも可能性のあることならトライする価値はあるわ。特に今度のようなトップ級の出物はね」

「それで覗き見カメラや盗聴器を仕掛けたり、部屋の中を物色したりしたんだな。実行部隊は両脇にいるお二人さんというわけか。電話会社の人間に化けてな」

 男らは微動だにしなかった。

「特殊半導体が生み出すスーパー・レーザーのハイテク兵器はこれからの謀略戦に是非必要なの。最新鋭のコンピュータ製造にも他の追随を許さないほどの威力を発揮するらしいから、鬼に金棒の半導体よね。コンピュータ企業はいくらでも金を出すわ。さあ、万能フロッピーの在り処を言うのよ!」

「俺の大事なものは全てWTCにある銀行のセーフティ・ボックスに預けていた。もっとも崩壊して、跡形もなく消え失せたけどね」

「そんなことを信じると思っているの? どんなことをしても吐かせるわよ」

「冥土の土産に聞かせてくれ。国吉は組織に対してどんな裏切り行為をしたというんだ」

「あいつは組織から独立して別組織のイスラーム過激派、ヒラムという男と共同戦線を張ろうとした。ヒラムはGターミナル爆破でとっ捕まり、口封じに消された。あんたが先刻ご承知のように、一度組織に入れば死ぬまで同じ組織の人間であり続けるのがこの世界の鉄則よ。分派行動なんて許されない。組織の裏情報を一杯握っている人間にゲロされるほど組織にとって恐ろしいことはない。そんな人間の選択肢はないわ。処刑されるだけよ。あんたにWTCの極秘工作について直接は話さなかったようだけど、娘を救出するという全く個人的な目的で、極秘のWTC工作のヒントを部外者に与える恐れがあっただけで死に値するわ。組織が握っている極秘情報を外部に漏らす危険を冒してでも、娘を助けようとするなんてことは、紛れもなく組織に対する裏切り行為よ」

「WTCの事件にお前の組織は関わっているのか?」

「そこら辺はご想像にお任せするわ。さあ、さっさとフロッピィの在り処をお言い!」

男らが銃口を向けたまま赤間ににじり寄った。

「俺を殺せばデータは永遠の謎になるぞ。殺れるものなら殺ってみろ!」

「奴を捕まえて! 車に乗せるのよ」

 二人の男は銃口を向けながら近づいてきた。

「ドキューン」

 背後から突然銃声がした。水鳥が一斉に飛び立った。

「赤間さん、逃げて!」若い男が叫んだ。

 赤間は男らがひるんだ隙に、銃をホルスターから抜いて、猛然と湖の方へ走り出した。

「キューン。キューン」

 援護射撃の銃声が鳴り響いた。

「殺さないで! 捕まえるのよ!」

 リサは叫びながら、男と共に赤間を追った。赤間は必死に駐車場を目指して走った。ジェニーが両手で拳銃を構え、狙いを定めて何発も発射した。赤間も振り返りざま、何発か撃ち返した。足元に弾の掠めた砂塵が舞い上がっていた。サトルは屈みながらジェニーに向けて銃を撃ち、駐車場に走った。

「どうしてここに?」

 突然現れたサトルの姿に赤間は驚いていた。

「ランドクルーザーに乗ってください!」

 サトルは弾を避けながら、運転席に飛び乗り、エンジンを掛けて急発進した。助手席の赤間は危うく後ろにつんのめりそうになった。

 ランドクルーザーは猛烈なスピードで、公園を離れた。その後をリサと男二人が乗り込んだ大型ワゴンとジェニーが運転するセダンが追いかけて来た。

 サトルは歯を食い縛りながらアクセルを強く踏み、スピードを上げた。ワゴンも猛スピードで追いついて来た。銃弾が飛ぶ。いくつものカーブを反対車線に割り込みながら走り抜けた。車が来れば、正面衝突する恐れがあった。幸い車は来ない。しかし、ワゴンはどんどん追い上げて来た。

林の中にパトカーが潜んでいた。三台の車が猛スピードで疾走するのを発見し、パトカーはサイレンを鳴らして後を追って来た。ワゴンとセダンも追われる立場になった。パトカーは緊急無線を入れ、近くにいるパトカーを呼び出した。ランドクルーザーが急カーブを曲がろうとした時、呼び出されたパトカーの姿が反対車線に見えた。

「あぶない!」

 危うく接触しそうになりながら、サトルはパトカーを辛くも避けた。しかし、そのパトカーがスピードを緩め、反対車線に折り返そうとした時、猛スピードのワゴンがパトカーに側面から激突し、大破した。ワゴンは火を噴き、パトカーは弾き飛ばされて道端の林に突っ込んで行った。セダンは急ブレーキを踏んだが、間に合わず、燃え盛るワゴンに激突した。後を追っていたパトカーは急ブレーキを踏み、辛うじて停まった。

 サトルは後ろで大音響がして炎が上がったのをバックミラーで見たが、そのままスピードを落とさず道路を走り抜けて行った。


 その夜、赤間はサトルと一緒にオフィスに居た。オフィスから引き揚げていたスタッフに電話連絡を入れて、事故の詳細を探るように命じた。ラジオが事故のニュースを繰り返し報じていた。


 今日午後二時半頃、ニューヨーク州ロックランド・カウンティの州道で、スピード違反取締りのパトロールカーに追われていたワゴン車が、応援のため現場に向っていたパトロールカーに激突しワゴン車が炎上。またワゴン車に、後続のセダンが玉突き衝突して炎上し、二台の車に乗っていた四名が死亡、警官一人が意識不明の重体になる事故がありました。四名の遺体は損傷が激しいため、いまのところ身元や性別など詳しいことはわかっていません。現場は見通しの悪い急カーブの近くで、警察によりますと猛スピードを出していた車は三台で、このうち先頭を走っていたランドクルーザーはそのまま287号線方面に逃走したということです。警察ではひき続き非常線を張り、ランドクルーザーの行方を追っています。

「それにしても、サトル君があんな大胆なことをするなんて思ってもみなかったよ」

「いや、ぼく自身も信じられません。まだ体の震えが止まりませんよ」

 サトルが興奮して言った。

「君は銃の撃ち方を練習していると言ったけど、拳銃は秘密の場所に隠していると言っていたんじゃなかったかい? よく持っていたね」

「いつも出歩く時はホルスターに入れて隠し持っているんです。この大都会はいつ何があるかわかったもんじゃないですから」

「もう少しで殺られるところだった。本当に助かったよ。サンクス!」

「ぼくはリサが組織の人間だったと聞いて驚いているんです。映画なんかにはよく出て来ますが、まさか現実に出会うとはね」

「恋は盲目なんて言うけれど、俺は完全に騙されていた。はめられるというのはこのことだ。しかし、国吉の娘さんがリサに誘拐される原因を作ってしまったのはこの俺だ。娘さんに申し訳ない」

「だって、そんなことになるなんて誰も思わないじゃないですか。余り自分を責めない方がいいですよ。ところで国吉と言う人は組織に追われているということですが、今どうしているんでしょうね」

「彼は今大怪我をして入院しているんだ」

「そうですか。でもとことん命を狙われているんでしょ?」

「今は連邦警察に守られているから大丈夫。心配無用だ」

赤間はもう一度国吉の娘に対する態度を振り返っていた。

生まれた時から恐らく一度も会っていない娘を危機から救おうと、父親らしい顔を見せたかと思うと、組織に娘を誘拐されて自分の命が危険に晒されると思った途端、娘を顧みることなく非情なテロリストの顔を見せる。

大学当時、過激派学生のリーダーとして革命遂行を訴える姿。その裏に潜んでいた女たらしの実態。国吉の色んな顔が浮かんでは消えた。

「サトル君、君は独りになると危険だ。暫く俺と行動を供にしよう」

「はい」

「とにかく俺は荷物をまとめる。夜の間に何処かのホテルに行こう」

 赤間は急いで準備にかかった。

 オフィス・ドアのキーを閉めて真っ暗な通りに出ると、サトルは何処かから襲われそうな恐怖感が胸をよぎった。

 大通りでイェロー・キャブを拾い、心当たりのホテルに向かった。赤間は昼間マンションに戻った時にセキュリティ・デスクに座っていた若いガードマンから受け取ったホテルの封筒を思い出した。それは北村の父親、光太郎からのものだった。父親は帰国したはずだ。一体何だろう。赤間は上着のポケットから封筒に入った便箋を取り出し、車内の仄かな明かりの中でそれを読んだ。


赤間様。ご無沙汰しております。その節は亡くなった息子のことで色々と気配りを頂き、有難うございました。さてご報告ですが、私どもは息子の遺体を引き取って帰国し、葬儀を滞りなく済ませました。息子は北村家の墓に入り、その後供養の日毎に妻の加寿子と一緒に参っております。

しかし、わたしはどうしても一度国吉に会って、今回のことに至った遠因を作った男に対し、一言言ってやりたい気持ちが抑えられません。

無駄足になることを承知の上で、わたしは今回妻を日本に残し、またニューヨークにやって参りました。

今日不躾ながら日本人会で教えていただいた大兄の住所をお訪ねしたところお留守でしたので、このメッセージをセキュリティの方にお渡しして置きますので、お帰りになられましたらお読み下さい。

小生は現役時代、アメリカ警察の業務視察のためニューヨークに来たことがあります。視察先はニューヨークとシカゴで、各市警の方にお会いし色々と教わりました。そのうちニューヨーク市警では、当時広報部担当のシスコ警部という方と知り合いになりました。シスコさんは、今は市警を退職され、探偵事務所にお勤めですが、時折手紙を交換する間柄です。今回息子の訃報に接した折、隙間を見つけて約二十年ぶりに再会しました。今回も会うことになっております。

話は脱線しましたが、この機会に是非もう一度大兄にもお会いしたく、お時間を頂けましたら幸いと念願しております。小生はマンハッタンのセブンス・アベニュー五十五丁目にあるWホテルに投宿しております。ホテルのパンフレットを同封して置きますので、お暇な折にでもご連絡願えませんでしょうか。よろしくお願いいたします。

                                   北村光太郎

 

 あの父親はよほど悔しい思いを抱いているようだ。今日は昼間の緊張のせいでどっと疲れた。明日にでも父親と会おう。

 赤間は行き先を変更しWホテルに向かった。ホテルは空き部屋があった。  

直ぐにチェックインし二人でエレベータを待った。エレベータに乗り込み、ドアが閉まろうとした時、男が声を上げ、エレベータに走り込んで来た。赤間は無意識にホルスターに手をやった。その男がもし組織の人間だとしたら。そんな思いが脳裏を掠めた。

 飛び込んできた黒ぶちの眼鏡をかけた男は礼を言い、乗り込んだ。赤間は咄嗟にサトルの服を引っ張り、二人で男の後ろに立った。男は先に六階で降りて行った。

十階で降りた二人は部屋の前まで行き、辺りを見渡しながら急いで部屋に入った。直ぐに灯りをつけ、部屋の中の様子を確認してから内側のドア・キーを閉め、鎖鍵をかけてから服のままそれぞれのベッドに倒れ込み、そのまま眠り込んでしまった。


 翌朝赤間は部屋にサトルを残し、レセプションから光太郎の部屋に電話を入れた。しばらく呼び出し音が続いたが、電話口に光太郎が出た。

「赤間さん! 今どちらに?」

「お泊りのホテルのレセプションにおります。もしよろしければ、ご足労願えませんか?」

 光太郎は直ぐに降りて来た。二人はレセプションの横にあるカフェに入り、セブンス・アベニューを見渡せる席に腰を降ろした。通勤時間帯で、通りにはオフィスに出勤するサラリーマンやOLの姿が目立った。

「わざわざ来ていただいて申しわけありません」

 コーヒーカップを手に持ったまま、光太郎が言った。

「いや、実は昨夜からわたしもこのホテルに泊まっていたんですよ」

「えっ、それはまたどうしてですか?」

 光太郎が不思議そうに赤間の顔を覗き込んだ。

「ちょっと事情が出来まして、連れがいますもので」

 そう言って赤間はコーヒーを飲んだ。

「差し支えなければ事情をお話していただけませんか?」

 光太郎が促した。

 赤間は事の顛末を話した。光太郎は赤間の説明に頷きながら耳を傾けていた。

「それは大変でしたね。まるでサスペンス・ドラマのストーリーを聞いているような気がしますな」

 光太郎は同情している様子だった。

「どうでしょう。一度シスコさんに相談してみましょうか。彼なら何かと力になってくれると思いますよ」

「ありがとうございます。甘えさせてもらっていいでしょうか?」

 赤間はシスコと今後の付き合いが出来る人物なのかどうか、品定めのつもりで光太郎の申し出に応じることにした。尤も、自分の気のゆるみから組織の女と恋人関係になっていたことをオフィスのスタッフに勘繰られるのを避けるためでもあった。

「今夜シスコさんと会うことになっています。ご都合は如何ですか?」

 光太郎は赤間をシスコに引き合わせることになった。

「ところでひとつ尋ねていいですか?」

 光太郎が赤間の眼を見つめて言った。

「どうぞ」

 光太郎は姿勢を正した。

「最初日本人会でお会いした時、赤間さんは国吉にその後一度も会ったことはないとおっしゃいましたが、本当のところはどうなんですか。いや、わたしも警察の端くれでしたので、相手が本当のことを言っているかどうか、ある程度感が働くんです。失礼ですが、あの時嘘をおっしゃったのではありませんか?」

 赤間は観念しようと思った。

「申しわけありません。お父さんが余りにも国吉に対する憤懣を述べておられたので、つい・・・・・・」

「やはりそうでしたか。ところで国吉にお会いになったのは何時のことですか?」

 光太郎が迫った。

「九月八日、すなわちWTCに飛行機が突っ込む三日前のことです。突然マンションに現れたんです」

「国吉は一体こちらで何をしているんでしょうか?」

「先程申し上げたテロ組織の工作員でしたが、組織を裏切り、あいつも組織から追われているようです」

「ということは、光一も組織と繋がっていたんでしょうか?」

「わたしが知る限りでは、国吉は二十九年前ニューヨークにやってきた頃から息子さんを日本人会に入れ、日本や日本人関係の情報収集スタッフとして利用していたようです。日本人会の記録には、ニューヨークに来た頃国吉も日本人会の会員だった時期がありますが、その後は日本人会を息子さんに任せ、組織の工作に専従していったような感じです。これは単なる想像に過ぎませんが、息子さんは国吉とは関係があったが、組織そのものとの繋がりはなかったんじゃないでしょうか」

「誰が息子を殺したのかという点ですが、国吉に殺されたという可能性はどうでしょうか」

「いや、それはないでしょう」

「その真実を知るためにも、わたしは国吉と会わなくちゃならない」

 光太郎の顔が険しくなっていた。

「国吉が赤間さんにコンタクトを取ってくることはありそうですか?」

「ここ一ヶ月以上、国吉からは全く連絡がありません。わたしもあいつに問いただしたいことがあるんですが、こちらから連絡を取ることが出来ませんから、何とも申し上げられません」

「歯がゆいですなあ。こちらから連絡がとれないということは。光一の場合と同じです。連絡しようにも光一は全く行方がわからなかったわけですから」

 光太郎は左の手のひらを開き、右手の拳骨でたたく動作をしていた。

「シスコさんに息子殺害に関する情報がわかれば教えて欲しいと頼んでいるんですが、まだ確たる情報はないんです。探偵事務所にお勤めだから、仕事として依頼すればまた別でしょうけど、調査費用は結構高いらしい。彼はわたしとの関係があるから、ボランティアとして元の職場の同僚や知り合いを通じて情報を得ようとしてくれているんですが、やはり現役の警官じゃないですから、確度の高い情報を入手するのはなかなか難しいようです。仕方ないことです」

 光太郎は半ば諦めたような表情を見せた。

「赤間さん、今日これからのご予定は?」

「頼まれ仕事なんですが、午後から塾の授業があるんです」

「その塾は何処にあるんですか?」

「マンハッタンの郊外、スカースデール駅前のモールにあります。S学院というところです」

 夜七時にWホテルのロビーに集合することが決まり、赤間は一旦部屋に戻り、サトルの無事を確認した。サトルは舞のアルバイトがあるというので、赤間はケンジに電話してこれまでの事情を話し、サトルを暫く預かってほしいと頼んだ。ケンジは二つ返事で了解してくれた。サトルを舞に送り届けたあと、赤間は次にどうするかを考えた。

今日はとりあえず塾を休もうか。何と言っても昨日の今日だ。そう思ったものの、最近少し色々な理由をつけては授業を休み過ぎている気もしていた。何処かにどうせ頼まれ仕事だという甘えがあるのだろう。それはいけない。

 悩んだ挙句、赤間は塾に出掛けることにし、地下鉄のプラットフォームに降りた。ちょうどハーレムの中心125丁目行きの電車がプラットフォームに滑り込んで来た。

 ラッシュアワーが過ぎており、空席があったので赤間は座席に腰を降ろした。何処かに怪しそうな人物は乗っていないかと神経を張り詰めた。誰もいないようだった。

 125丁目駅で地下鉄を降り、ハーレムの中央通りに出た。アポロ劇場の前を通り抜け、郊外に向うメトロ・ノースの電車の駅に着いた。 

メトロ・ノースの電車が発着するGターミナルの爆破事件から二十日ほどが経っていた。事件以来、主要な駅には巡回する警官の姿が目立っていた。少しでも不審な素振りを見せると、徹底的に調べられた。あの事件から当局は、ますます神経質になっている。

 電車に乗り、赤間はスカースデール駅に向かった。

スカースデールにはユダヤ人の豪邸が多く、キリスト教会に加え、シナゴーク(ユダヤ教会)も点在していた。

 赤間は豪邸やシナゴークの傍を通る度に、WTC事件を事前に知らされていたユダヤ人というインターネットの裏情報が脳裏を掠めていた。

地元にある現地校には一時に比べるとかなり減ったものの、日本企業駐在員の子弟が通っていた。赤間は放課後その子弟を相手に、塾でTOEFL(外国人のための英語科目)を教えていた。

その日の授業を終えて、赤間はスカースデールの駅前通りを歩いていた。途中、店でポップコーンを買い求めた。駅前の中央には小さな公園があり、真中に円形の壁が立っていた。

何か文字が刻まれている。一体何だろう。赤間は大きな紙コップに入ったポップコーンを頬張りながら近くに寄り、目を凝らした。壁には第二次世界大戦で戦死した地元出身の兵士の名前が刻まれていた。

何処の戦線で亡くなったのだろう。ヨーロッパが多いのかな。それとも太平洋で日本軍と戦った兵士なのだろうか。

赤間は戦死者に想いを馳せていた。

その時、背後から何か硬いものが触れたような気がした。はっとして振り向くと、黒っぽい上下服と帽子を被り、サングラスをかけた小太りの男が不敵な笑いを投げかけていた。

「アカマさんだね」

 ヒスパニック訛りの英語のアクセントだった。男の手には拳銃が握られていた。

「組織の人間か」

「黙ってついて来いよ」

 男は低い声で唸り、赤間の背中に拳銃を突き立てて口笛を鳴らした。同じような出で立ちの男がひとり物陰から現れた。その男が手を大きく振り回すと、黒塗りのセダンが広場の入り口に来て停まった。

「さあ、乗れ!」

 男が拳銃の先で赤間の背中を小突いた。

 赤間は咄嗟にポップコーンを男に投げつけた。男がひるんだ隙に、セダンの反対側に転がるように身を隠した。

「往生際の悪い奴だな」

 男が銃口を赤間に向けた時、背後から誰かが叫んだ。

「銃を捨てて、両手を頭の後ろで組め!」

 銃口が自身に向けられているのを確かめた男は銃を放り出し、両手を挙げた。銀髪を振り乱した年配の男が拳銃を両手で構えていた。その隣で光太郎がセダンの男に銃口を向けていた。

「二人とも頭の後ろで手を組むんだ!」

 銀髪の男が再び叫んだ。

「北村さん!」

 赤間は北村光太郎の背後に身を隠した。

 ドライバー席にいた男がセダンのドアを開けて両手を挙げたまま外に出て来た。銀髪の男は銃を構えたまま、男に歩み寄り、傍らに投げ捨てられた拳銃を足で思い切り遠くに蹴った。

 円形の壁の陰から制服警官が三人、姿を現わした。皆銃を構えていた。

「後を頼みましたよ」

 銀髪の男が声を掛けると、警官は男らを念入りにボディ・チェックした後、連行して行った。

「赤間さん、やっぱり独りで出歩くのはよろしくない」

 光太郎がほっとした表情で微笑んだ。

「こちらがシスコさんだ」

 光太郎が銀髪の男を紹介した。シスコは微笑みながら赤間と固い握手を交わした。

「危ないところを、どうも」

 赤間が二人に礼を言った。

「シスコさんに事情を話したんです。赤間さんが独りで塾に出掛けたと言ったら、危険だから彼の身辺を守ろうと言い出しましてね。それで二人でここにやって来たんです。シスコさんは地元警察に事情を話し、何かあった場合の応援を頼んでくれました」

「そうでしたか。お世話になりました」

 赤間はこのところ他人に助けられてばかりで、少々情報機関のオーナーの面目を潰し、独りで頭を掻いていた。しかし自分の素性は知られていないので、しばらく一般人を装うことにした。


 赤間はその夜約束通りWホテルのロビーで光太郎らと落ち合い、シスコの車に乗り込んだ。車はマンハッタンを何度も西に東へとストリートを迂回しながら、南に向かっていた。組織の尾行があれば、それをまくためだとシスコが説明した。車はマンハッタンの南端、バッテリーパークの近くにある倉庫の裏手でようやく停まった。

「ここなら安全だ。車内で話しましょう」

 シスコが中心となり、これまでの情報を共有した。

「赤間さんは身を持って体験されたように今非常に危険な状態にある。当分の間、フェッド(FBI)が用意したセイフハウスで過ごしてもらうように手配しました。そこはマンハッタンの某所にあり、二十四時間身辺警護がついています。とにかく組織が近付けないところです。よろしいかな?」

 赤間は頷くしかなかった。

「そこで過ごしてもらう間に、赤間さんが今まで知り得た組織の情報を全てフェッドに提供してもらうことになります」

「組織の情報と言いますと?」

「昨日事故で亡くなったリサという組織のエージェントやあなたの同期生国吉のことです」

「初めに伺っておきますが、シスコさんはニューヨーク市警を退職され、今は民間の探偵事務所にお勤めですね?」

「その通りです。それが何か?」

「フェッドとニューヨーク市警というのはそれぞれ捜査機関として張り合う関係にあるのじゃないですか? 片や連邦の警察であり、もう一方は自治体警察だ。元ニューヨーク市警のあなたがフェッドと関係があるのは矛盾しませんか?」

赤間はわざと素人っぽい質問をした。

「わたしの探偵事務所は両捜査機関とも仕事上の付き合いがあります。その時々の事情により、最も効率的な対応を考えます。今回は身の安全をはかる必要のある人物、つまりあなたがいるから、その安全をはかることが可能なハウスを持っているフェッドに依頼したということです」

「なるほど。それと今、リサが事故で亡くなったとおっしゃいましたが、リサの名前はまだマスコミに流れていませんね。どうしてシスコさんはご存知なのでしょう。まだ、マスコミは発表していないのに」

 赤間は調子に乗って更に素人丸出しの質問を投げかけた。

「いいですか、赤間さん。リサはニックネームで、本名はメグ・ホーキンス。闇の業界では有名な産業スパイ兼テロリストでした。お得意の色仕掛けで多くの国際的な企業の極秘資料やデータを盗み、フェッドが極秘裏に追っていた女です。最近では工作の失敗が重なり、組織の中での評価は下がっていました。男漁りが過ぎたせいだと陰口をたたかれていたそうです。組織の情報をつかむためにフェッドは組織にスパイを潜入させ、情報を日々掴んでいます。今回もリサがロックランドの事故で死亡したという情報が組織に入り、我が方のスパイからフェッドにその情報がもたらされたというわけです。マスコミに出るような情報は、事が終わってからの滓(かす)のようなものです。発表される前に、既に事態は新しい展開を見せている。従ってマスコミの情報なぞ、われわれの業界では何の役にも立ちません」

 シスコは冷ややかに言った。

「問題は国吉です。国吉は組織からドロップ・アウトして、フェッドがGターミナル爆破事件の実行犯として指名手配したアラブ過激派、モハメッド・イスラーム・ヒラムと合流しました。ヒラムは今からちょうど二十年前、ニューヨーク州で発生した現金輸送車強奪事件の主犯のひとりで、WTCのテロにも関わった疑いが濃い人物です。国吉は一九七二年日本を離れ、ニューヨークに潜入し、アメリカの過激派に接近した。ヒラムとはその当時からの知り合いで、恐らく現金輸送車の強奪にも関わっていた可能性があります。今のところWTCやGターミナル爆破との関連は、はっきりしません。赤間さんは最近国吉と遭遇した数少ない方ですから、フェッドの担当官が会いたがっています。出来る限りの情報を提供してやって下さい」

身の安全を保証するから、それと引き換えに国吉らの情報を渡せ、ということだ。要するに取引だ。

 赤間はそう思ったものの、とても独りで出歩ける状況ではない。リサに目をつけられていたということは、組織全体が敵ということで、もし万一組織に拉致されれば、命の保証はなくなる。ブルー・ダイアモンドの極秘データを奪われたら、後は証拠隠滅のため消されるだけだ。ここは、やはり国吉の情報をフェッドに渡すしかなかろう。

 赤間はフェッドによる尋問を覚悟した。


 セイフハウスは表向き、ジャズクラブにカムフラージュされていた。赤間らはハウスに向かう車中から専用のアイマスクを被り、FBI要員の案内でジャズの生演奏が聞こえるクラブの横を通り抜け、狭い通路からクラブと隣り合わせになっている建物に入って行った。

 アイマスクをはずす許可が出て辺りを見渡すと、建物の入り口にある小部屋にはフェッドの監視員らしい人物が数人待機していた。皆肩のホルスターに拳銃をぶら下げている。

 建物の中に入ると、表の演奏の音が全く聞こえなくなるほど、気密性が高かった。入り口が分厚い金属製のドアで覆われているせいもあった。更に奥に行くと、幾つかの部屋が両側に並び、ドアが開いていた。部屋を覗くと、窓がない代わりに煌々とした照明が部屋を照らし出していた。

「これがミスター・アカマの部屋です」

 案内したフェッドの担当官が一番奥にある部屋のドアを開けながら言った。

 部屋に入ると、ホテルの一室のような雰囲気で、ベッドとデスクが置かれ、バスルームや応接セットの設備があった。

「今夜は遅いからもう寝ていただいて結構です。明日から色々とお話を伺うことになります。食事はどの時間帯でも食べられます。入り口の手前を左に行くと食堂がありますので、そちらでどうぞ」

 そう言うと、担当官は出て行った。赤間はシスコと別れ、改めて部屋の中を見渡した。

 窓のない部屋はやはり閉塞的な感じが否めなかった。こんなところで一体いつまで過ごすことになるのか。赤間は圧迫感に襲われていた。


 翌日食堂で朝食を済ませると、早速二人の担当官が部屋にやって来て、聴取が始まった。

 担当官は一人がジェフ、もうひとりはハンセンと言った。ジェフは聴取の担当で、ハンセンは記録担当だった。

「国吉がマンションに現れたのは何時(いつ)ですか?」

「九月八日です」

「国吉は何の目的でやって来たのですか?」

「娘をWTCのテロから守るために、協力して欲しいということでした」

「娘の名前は?」

「明子です。姓は野口でした」

「アキコ・ノグチですね。彼女の職場はWTCにあったのですね?」

「ええ」

「それであなたは当時付き合っていたリサに娘を連れ出して欲しいと頼んだのですね?」

「連れ出して欲しいとは申していません。国吉が言った通り、九月十一日に娘さんがWTCのオフィスに出勤しないようにしてくれと言いました」

「その時リサはどう言いましたか?」

「わたしに全て任せてくれと言いました」

「具体的にどういう方法をとるか、リサは話しましたか?」

「いいえ、後で必ず話すと言いましたので、その時はそれ以上尋ねませんでした」

「リサに協力を仰いだのは、何か理由でも?」

 答えるのに恥ずかしい質問だったが、赤間はサラリと言ってのけた。

「その当時は彼女と恋人のような関係にありましたし、他に頼める人物がいませんでしたからです」

「その時はまだリサの正体を知らなかったのですね?」

「全く知りませんでした」

 ハンセンは発言を聞き漏らすまいと、パソコンを打ち続けていた。

「国吉について見聞した事柄について話して下さい」

「わたしの通っているマンハッタンの日系スナックに現れたそうです」

「ということは、あなたはその場に居なかったという意味ですか?」

「そうです。店長に後で聞きました」

「その人の名前は?」

「ケンジです」

「それはファースト・ネーム(名前)ですね。姓はわかりますか?」

「いえ、知りません」

「国吉がその店に現れたのは何時(いつ)のことですか?」

「マンションに現れた日の夜です」

「九月八日ということですね?」

「そうです」

「何処の、何と言う店ですか?」

「セカンド・アベニュー四十九丁目ウェストサイドを少し下がったところにある舞という店です」

「メイ?」

 ジェフは一度で「舞」を聞き取れなかった。

「マ、イ、です。日本語でダンシングという意味です」

 ハンセンもパソコンの入力に困っているようだった。

「その店の営業は何時からですか?」

「夜七時です」

ジェフは時計を見て携帯電話で別のエージェントを呼び出し、その夜七時に舞という店に行き、ケンジという店長に接触して国吉について話を聞くように指示した。

俺の話のウラを取ろうという魂胆だな。赤間は微笑んだ。

ジェフが続けた。

「そこで国吉はどんな話を?」

「大学時代の武勇伝を話したそうです」

「それはどういう意味ですか?」

「自分が世界同時革命を目指す過激派のリーダーであったことをアピールしたということです」

「その他には?」

「その場にいた日本人の若者が、国吉の世代の人間が日本社会を堕落させたと話したのを聞いて、国吉は激高し若者に暴力を振るったそうです」

 ジェフの質問は微に入り、細に入り続いた。


 翌日も赤間はハウスでFBIの担当官と向き合っていた。これまでの事情の説明を受けるなど当事者同士のミーティングだった。シスコと光太郎も同席し、耳を傾けていた。

 最初に赤間が尋ねた。どうしても説明の前提として先に聞いておきたかったことがあったのだ。

「あの身代金受け渡しの日のことをFBIはどういう形で知ったのですか?」

 担当官が口を開いた。

「国吉本人からわれわれに連絡があったんです。娘さんが組織に誘拐され、連合いと身代金を持ってスタッテン島の倉庫に行くことになった。事が無事終われば、自首する。ついては娘とわれわれを守って欲しいと」

「あいつが自首を?!」

 赤間が首を傾げた。

「われわれも組織が国吉の殺害を狙っているから、全てをFBIに任せて、まず自首するように勧めました。しかし国吉は自首の条件として、誘拐犯の属する組織グリーン・アイズが指定する通りに国吉本人らが取引に行くことを主張しました。娘を自分の手で組織から救いたいからと言ったんです」

 赤間は組織が娘を誘拐し国吉をおびき出そうとした時、娘を捨てて自分の身の安全を図ろうとした国吉が、何故今回は敢えて危険を冒そうとしたのか、合点がいかなかった。

「国吉に何らかの心境の変化があったということでしょうか?」

「やはり自分の娘だからじゃないでしょうかね」

 担当官は当然だという顔をした。

「いずれにしてもわれわれは国吉の自首を最優先に考え、国吉の条件を呑んだ上で現場を張り込むことにしました。だから国吉とそのワイフ、それに娘の身の安全を絶対に確保する必要があったのです。特に国吉に死なれては元も子もありませんから」

 担当官は国吉から得られる組織壊滅のための有力情報や裁判での証言を念頭に話しているようだった。

「娘さんの容体はどうなんですか?」

「何しろ二ヶ月余りも組織に拘束されていましたから、精神的にも肉体的にも限界に近付いていたことは想像されます。とりあえず今は、病院で精密検査を受けながら安静にされています。拷問の跡もないようなので、一同ほっとしております」

「国吉の容体は?」

「幸いにも弾は心臓をわずかに逸れました。命に別状はありません。それでも二、三ヶ月の入院は必要でしょう。国吉のワイフも一時的なショックによるストレス状態が徐々にほぐれてきているそうで、娘さんと同じ病院で手当てを受けています」

「国吉の奥さんというのはどういう方ですか?」

 赤間がさっきから気になっていることを尋ねた。担当官はメモを取り出した。

「お名前は野口久子さん。日本のコーベに自宅があり、マンハッタン五番街でブティックを経営されているそうです」

 久子だ! 彼女は国吉と結婚していたのか。赤間は予想されることとは言え、驚きを隠せなかった。

 担当官は倉庫現場での状況について、順序だてて説明していった。

「射殺された組織の殺し屋は誰でしたか?」

 シスコが訊ねた。

「マドセンです」

「そうか、あの名うての殺し屋か。国吉も本当に危なかったな。マドセンが一瞬ひるまなければ、国吉は完全に殺られていたところだ。国吉はマドセンの腕前をよく知っている。マドセンでなくても、組織は国吉を殺るために確実なヒット・マンを送り込んで来たはずだ。それなのに何故先に自首せずに、条件を付けてまで自分を危険に晒(さら)したのだろうか」

シスコの疑問は、そのまま赤間の疑問でもあった。担当官は同じ疑問が繰り返されるので閉口していた。

 担当官が席をはずしたあとで、赤間とシスコ、それに光太郎は引き続き話をした。

 赤間が尋ねた。

「お父さんを前にして亡くなった息子さんのことを訊くのは大変心苦しいのですが、わたしも色々と気になっていまして。お父さん、息子さんの死についてシスコさんのご意見を伺ってもいいですか」

「ああ、いいですよ」

 光太郎が頷いた。シスコが話し始めた。

「息子さんは何かの見せしめのような殺され方をしていますね。体中痣だらけで後頭部を至近距離で撃って、死体を海に放り込むという荒っぽい手口では、実際そうであったように、直ぐ遺体が発見され、殺害がばれてしまう。時間稼ぎをするなら、日本人会のIDカードは普通取り出して、身元が直ぐわからないようにするはずです。でも首にわざわざ巻き付けてあった。それに殺人となれば、マスコミが騒ぎ立てる。だから見せしめのようだと言ったのです」

「なるほど。楯突くと、こうなるぞ、ということですか。国吉が犯人だという可能性はどうでしょう?」

 赤間は光太郎の目を気にしながらも、敢えて質問を投げかけた。

「国吉と息子さんは長年行動を共にして来た。しかし、二人の間に何かトラブルが起こり、それで殺したということはあり得ますね。長年付き合ってきたのに、お前は俺に歯向かう気かといったような事があれば、裏の世界では口封じのために起こり得ることではあると思います。しかし、あんな劇場犯罪のような殺し方はしないと思います。これは、やはり組織の犯行と考えます」

 光太郎は黙って頷いていた。

「それとわたしが狙われた直接の動機は、例の特殊半導体のデータですが、それによって開発可能と言われるスーパー・レーザー兵器は、どのくらいの威力を発揮するのでしょうか?」

 赤間がシスコに尋ねた。

「そのことについては、わたしは専門家じゃないのでよくはわかりませんが、何かのスパイ映画で出てきたような威力、すなわち高層ビルを一瞬にして消し去るといったようなことも、行く行くは可能になるんじゃないでしょうか。そうなれば大量殺人がいとも簡単に行えることになり、もしそれがテロ組織の手に渡れば、今現実の恐怖となりつつある核爆弾の原料を奪われるのと同じことになり、恐ろしく危険です」

「そうですか。わたしは知らぬまま実に恐ろしい開発に手を染めていたんですね」

 赤間は自分の浅はかさに呆れていた。

「赤間さんは特殊半導体の平和利用のために開発を進めていたわけですから、そんなにしょげることはないでしょう。スーパー・コンピュータの開発も可能になるわけですから。スーパー・レーザーの兵器転用はあくまでも負の副産物ですからね」

 シスコが赤間を慰めた。


 国吉は徐々に回復し、集中治療室から厳重な警戒のもとで個室に移され、臨床尋問が始まったという情報がFBIからもたらされた。赤間は一度国吉に会ってみるのも悪くないと思った。久子のことや心境の変化ともとれる娘に対する態度の変化について直に尋ねてみたい気がしていた。

ある日、担当官に国吉と会うことが可能かどうか聞いた。一連の尋問が終わってからなら、機会を作りましょうという返事だった。

北村のお父さんも国吉に会いたがっている。どうしよう。ややこしいことになるかも知れない。しかし、お父さんはその機会を探りにわざわざ今回ニューヨークに来たのだ。やはり声を掛けてみよう。

 機会は予想外に早く訪れた。赤間は光太郎とフェッドの護衛付きで病院を訪れた。病院の正面玄関には両側に張り番の警官が立っていた。命が助かった国吉を狙う組織のヒット・マンを警戒してのことだった。病室の前にも警官が居た。部屋に入ると、国吉はベッドに横たわり、眼を閉じていた。シーツのめくれから白い胸の包帯が覗いていた。国吉はドアの開く音に気付いて、眼を開いた。

「久しぶりだな」

「おう、赤間じゃないか。よく来てくれたな」

 国吉は赤間の隣に立っている男に目を転じた。

「国吉、こちら北村さんのお父さんだ」

 国吉は一瞬驚いた様子だった。

「何か御用でしょうか?」

 国吉がつっけんどんに光太郎に訊ねた。光太郎は硬い表情で国吉を見つめていたが、感情が堰を切ったようにあふれ出した。

「君が光一をアメリカに連れて来て、光一はここで殺された。息子が死ぬ原因を作ったのはお前だ。それを認めるか? どうなんだ!」

 国吉は当惑した表情を見せた。

「失礼ですが、俺は病人です。席をはずして貰えませんか。赤間と話がしたい」

 光太郎は顔をゆがめた。

「お前は息子をたぶらかし、わが家をめちゃくちゃにした。挙句の果てに、息子は殺されてしまった。お前のエセ革命が息子を殺したんだぞ!」

 握りこぶしを振り回しかけた光太郎を赤間が制止した。

「お父さん、お願いします」

 国吉は硬い表情で光太郎を見つめ、声を上げた。

「北村は自らの意志で戦線に参加したんだ。俺に文句を言われても困る。早く出て行ってくれ。看護師を呼ぶぞ!」

 入り口を警備している警官が声高な会話を耳にしてドア越しに中の様子を窺っていた。赤間は何でもないと警官に合図を送った。

「お前は革命家なんかじゃない。人間の心を忘れた者に本当の革命なんか起こせるものか!」

 そう言い放つと、光太郎はドアをバタンと閉めて出て行った。

 赤間は光太郎の後を追った。

「赤間さん、申しわけありませんでした。あいつの顔を見ると、無性に腹が立ってしまいまして。わたしは外で待っていますから、どうぞごゆっくり」

 光太郎は軽く会釈をして廊下を歩いて行った。赤間は部屋に戻り、国吉と対面した。

「傷の具合はどうだ?」

「なかなか痛みは完全には取れない。夜なんかシクシク痛みやがる」

「お前、久子さんと結婚してたのか」

「結婚というよりはずっと内縁関係のままだ。同居もせず離れたままだから、まあそれも怪しいもんだがね」

 国吉が寂しい笑みを浮かべた。

「久子さんは元気になったか?」

「ああ」

「明子さんは?」

「名前の通り、明るい娘だ。この前久子と一緒に見舞いに来てくれて、やっぱり俺の娘だという実感がした」

「お前はそれを確認したいがために、身代金受け渡しの時に敢えて危険を冒したんじゃないのか? 勿論俺の単なる推測だがな」

「その通りだ。お前に娘のことで頼みごとをしに行った頃、すなわち明子が誘拐された当初は、まだ娘という実感がなかった。だからこそ、組織の脅しで俺は娘を放り出して逃げてしまった。しかし後でじっくり考えてみて、娘を危険な状態に置いたまま逃げたことは、俺にはたまらなく辛かった。実の娘なのに、何もしてやれなかった。だが今回久子に脅迫状が来た時は、それを乗り越えようと思った。父親として娘と向き合おうとした。その証を作るため、俺は命を賭けたんだ。昨日までの敵、フェッドに守られながら」

「あの誘拐には、俺にも間接的な責任がある。正体を知らなかったとは言え、リサに明子さんのことを教えてしまったからな」

「お前は何故リサを知っていたんだ?」

「ニューヨークに来て間もない頃、俺の前に突然現れたんだ。リサに惚れ込んでしまって、すっかり騙されちまった」

「お前も脇が甘いな。情報機関の代表とは思えんぞ」

「まあ、それを言うな。俺も一皮むけば単なる一人の男だ。魅力的な女には弱いぜ」

 国吉の顔に初めて笑みが浮かんだ。

「あの女の狙いは何だったんだ? 何か目的があってお前に近付いたんだろうが」

「特殊半導体の機密データさ。恐ろしい武器が作れるらしい。おっと、こんなことをお前に話してよかったのかな?」

「もう俺は闇の世界から足を洗ったんだ。余計な心配をするな」

「そうか。安心した」

 赤間はもうひとつ微妙な問いを放った。

「こんなことを聞いてもいいか? 明子さんは久子さんとお前との娘かい?」

 赤間には国吉の顔が少し曇ったように感じられた。

「いや、光代との娘だ」

「光代って、紛争当時お前が同棲していたあの女か?」

「そうだ。明子を産んですぐに病気で亡くなっていた」

「それで明子さんは久子さんに育てられたのか?」

「うん。育ての親という奴だ」

「色々とあったんだな」

「人間、五十年も生きているとね。お前も同じだろう?」

「そうだな。色々あった。ニューヨークに来てからは特に目まぐるしかった」

「お前も俺みたいに組織に追われる身だったのか。本当に大丈夫なのか?」

「だから取りあえずフェッドの世話になっているわけさ」

「何だ。俺と同じじゃないか」

 二人は大声で笑った。

「あっ、痛い!」

 国吉が胸を押さえた。

「笑うと傷が痛むぜ」

「すまん、つい調子に乗った」

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