十一月の夢結び

名月 遙

八回目の冬

第1話

 俺は選ばれてなんかいなかった。

 

 夕方、高校からの帰り道で照井柊介てるいしゅうすけはもう随分と前に気付いた言葉を思い出していた。暗く深い場所から蘇ってくるそれは、まるで忘れてはいけないと自分じゃない自分から脅迫されているように思えた。このある種発作のようなサイクルがやってくるたびに柊介は同じ言葉を返す。


 忘れるわけがないだろ、と。


 人は自分の未来に夢を見る生き物だ。

 それが現実的であれ、非現実的であれ、生きているという実感を得る一つの材料になり得る。子どもが無意識に将来を描くのは人間の本能と言えるかもしれない。子どもが心に描く未来に失望や絶望は一つも無い。柊介の少年時代もその例外ではなかった。ただ一つだけ違うことがあるとすれば、他の子どもよりも自分がキラキラと輝ける未来というものが想像に容易かったということだろう。


 唯一無二の特殊能力。

 柊介はそれが当たり前のように自分の手の中にあったのだ。あの時のことを思い出すと恥ずかしくて発狂したくなる。子どもの身分からすれば柊介の持っている能力はやはり特別に感じるものだったかもしれないが、それなりに大人に近づいた今となってはまるで役に立たない力だった。


 ガードレールを間に挟んで、車道では車が柊介に近づきまた遠ざかっていく。

 夕焼けに染まった空に三羽の小鳥が並ぶように飛んでいるのが見えた。あいつらはいつも一緒にいるのかなと何気なく思ったときだった。


「コラ」


 声と同時に背中に軽い衝撃を受けた。そろそろ来る頃だと身構えていたのだがちょうど思考に意識を持っていかれていたこともあって前方に軽くよろけてしまう。柊介はため息をつくことを隠さずに後ろを振り向いた。

 そこには明らかに不機嫌そうな面構えをした女子が立っていた。

 久永千景ひさながちかげ、柊介の幼なじみである。


「なんで先に帰るのよ。待っててって言ったでしょ」


「……別に一緒に帰らんでもいいだろ」


 柊介は有無を言わさず歩き出した。

 高校生になって二年が経つのだ。腐れ縁とはいえ異性と帰るのが要らぬ勘違いを招くことがなぜわからないのか。何の因果か小学校から今日まで全て千景と同じクラスというのはいい加減笑えなくなってきた。


「話しがあるってーのに。もうっ」


 ブツブツと文句を言いながら、千景は柊介の隣に並んだ。

 家が近所だったこと。それが照井家と久永家の最初のつながりだった。加えて子どもの歳が近いとなればご近所さんからお友達へ発展する壁はなくなったも同然だ。母親同士の交流はダイレクトに子どもに伝導するので千景とは十七歳にして十年以上の付き合いになっていた。


 柊介は隣を歩く千景を横目で見る。

 肩まで伸びる髪越しに覗くその横顔は平均以上の美人と言っていい。だが、自分が中心の考え方をしてる節があるため性格ブスという声が強いと男子情報網で聞いたことがあった。そんな残念な点はあっても、容姿でプラスマイナスはゼロ、いやプラスになるかもしれなかった。女は生まれたときから人生半分が決まるとか、男尊女卑な言葉があるらしいが千景に関してはどこか納得してしまうところがあった。

 二人は無言のまま、幹線道路をはずれて住宅街に入る。二、三人の小学生がはしゃぎながら柊介たちを追い抜いていった。


 話しがあるというのに千景は口を開く気配がない。


 かと言って、柊介から促すこともしなかった。先に帰ったこともそうだが千景の話があると始まる第一声は良い話しだった試しがないのだ。


 前回はなんだったかと、思考を巡らせる。

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