第2話 これを機に新しい生活を始めます。
「はぁ、魔王軍で四天王を……そうですか」
魔王軍を辞めたドルマは魔王城を出てから一週間走り続け、魔族と人間の中立都市にある職業安定所を訪れていた。
カウンターを挟んでドルマの対面座る猿の獣人は、履歴書を見ながら眼鏡をクイッと上げる。
「うちは中立都市だから、魔王軍でお偉いさんをしていた人でも基本的に一からやってもらう事になるだろうけど大丈夫?」
「はい、どんな仕事でも一生懸命頑張ります」
そう言ってドルマはミシミシと悲鳴をあげる椅子の上で背筋を伸ばした。
「この特技の欄にある『グランドブレイク』ってなんですか?」
「はい、斧で地面を割り、地割れを起こせます」
「へぇー。じゃあ、この『グランドバースト』っていうのは?」
「はい、斧で地面を撃ち、大地を爆発させます」
「へぇー。基本的に壊すのが得意なのね」
「あ、いや、壊すのも得意ですけど、作るのも得意です。土の上級魔法を魔法を取得しているので、簡易的な防壁や砦ならすぐ作れます」
「それなら土木系がいいかもねぇ」
こうしてドルマは当面は土木工事をして日銭を稼ぐ事になった。
☆
「グランドクリエイション!!」
ドルマが斧で地面を叩くと、大地が川に向かって一直線に凹み、大きな溝となった。すると、ドルマが作った溝に作業員達が群がり、槌で溝の周りを固め始める。
ドルマが土木作業のアルバイトを始めてから一週間が過ぎていた。
「よぉ、ドルちゃん。あんたが来てから工事が捗り過ぎて怖いくらいだよ。これで治水の方はどんな雨季が来ても大丈夫そうだ」
現場監督はそう言ってドルマに硬貨の入った袋を手渡す。
「監督、今日の日当多くないですか?」
「なぁに、お前は他の作業員の百倍の仕事してるんだから、これくらいは色付けさせてくれよ」
「ありがとうございます。なんなら地固めの方もやりますけど……」
ドルマがそう言うと、現場監督はこう言った。
「ドルちゃんよ、確かにおめぇがやればこんな工事一瞬で終わっちまうかもしれねぇ。でもよ、他の連中の仕事まで奪っちゃあいけねぇよ。人にはそれぞれ役割ってもんがあるんだ。わかるか?」
「……はい」
役割——その言葉を聞いて、ドルマは四天王だった頃を思い出した。魔王軍でのドルマの役割は、切り込み隊長として人間軍の第一軍を蹴散らす事であった。そしてドルマがこじ開けた突破口から、グレンやクリア達が敵陣に入り込み華麗に敵将を討ち取るのだ。ドルマ自身が敵将を討ち取る機会は少なかったが、ドルマはグレン達の活躍がいつも自分の事のように嬉しかった。しかし、それは最早過去の事である。
「おいおい、どうした? 腹でも痛えのか?」
気がつくとドルマは涙を流していた。
「いえ、なんでもありません……」
そう言ってドルマは涙を拭う。そんなドルマの元に、近くにいた作業員達が次々と集まってきた。
「ドルちゃん大丈夫か?」
「どうしたドルちゃん!?」
「大の男が泣くんじゃねぇよ!」
皆に声を掛けられる度、ドルマの目からは次々と涙が溢れてきた。
過去への未練と悔しさ、そして皆の優しさに。
それまで戦と出世の事しか頭になかったドルマは、その時人の心の暖かさを知った。そして改めて魔王軍の連中はクソだと思った。
☆
その日の夜、ドルマは土木作業員達と一緒に飲み屋街に繰り出した。
ドルマは樽いっぱいの酒を飲み、土木作業員達を驚かせた。
そして夜がとっぷりふけた頃——
「監督〜、もう一軒付き合って下さいよ〜」
「おいおい勘弁してくれよ。もう飲めねぇよ」
「俺が奢りますからぁ。今夜は飲みたい気分なんですよぉ」
「ダメダメ、俺は明日早いんだ。ドルちゃん一人で帰れるか?」
結局ドルマは現場監督と別れ、一人で飲み歩く事になった。
しかし、時間も時間だったためにほとんどの飲み屋は閉まっており、ドルマは借りているアパートに帰る事にした。すると。
「おっ?」
ドルマの目に映ったのは、路地裏でひっそりとやっている小さなバーの看板であった。どうやらまだ開いているようだ。ドルマは店のドアに手をかけて、開いた。
「いらっしゃい」
バーのカウンターでは、額にツノを生やした魔族らしき女がキセルをふかしていた。そしてドルマはその女に見覚えがあった。
「……アケミーナ!?」
「……ドルマ?」
彼女は五十年前に別れたドルマの元女房、アケミーナであった。
アケミーナを見たドルマは酔いがすっ飛ぶ。
ドルマが唖然としていると、アケミーナは言った。
「入り口に突っ立っていられたら商売の邪魔だよ。出ていくか入るか決めておくれ」
ドルマは後ろ手にドアを閉め、カウンターに着いた。
「アケミーナ、こんな所にいたのか……」
「あんたこそ、こんな所で何やってんだい。ここは魔王軍の四天王様が来るような店じゃないよ」
「……魔王軍は、辞めたんだ」
ドルマがそう言うと、アケミーナは一言「そう」と返し、ドルマの前にウイスキーのロックを差し出す。
「あたいはてっきり、あんたがあたいを連れ戻しに来たのかと思ったよ」
「そうしようかと思った事もあった。だが、俺にはその資格がない事は俺が一番よくわかってた……」
「そういうセリフが出てくる時点で、あんたは何もわかっていないのさ」
「……そうかもな」
ドルマはかつて、四天王の仕事にかまけて家庭を蔑ろにしていた。
そしてアケミーナとの二十回目の結婚記念日の日、記念日を忘れていたドルマが朝方家に帰ると、アケミーナは結婚指輪だけを残して家から消えていた。
「アケミーナ、もし良ければもう一度俺と——」
ドルマが言い終わる前に、アケミーナはドルマにグラスの酒を浴びせていた。
「ふざけんじゃないよ! あたいを何だと思ってるんだい!? 魔王軍を辞めて何もなくなったから、これまで放っておいたあたいとやり直そうだなんて……馬鹿にしないでおくれ!」
「……そうだよな。悪い」
「悪いと思ったならもう帰りな! 二度と来るんじゃないよ!」
酒浸しのドルマは席を立ち、店を後にした。
アパートまでの帰り道、ドルマには背負った斧がやけに重く感じた。
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