Evening/Good bye-22


「待てっ!」

 一触即発の瞬間、ヒカルが立ち上がり、両腕を広げた。

 丁度殴りかかろうとしていたシンジロウとヤスユキの眼前に、ヒカルの掌が映る。

「何のつもりだ、ヒカル!」

「…………」

 ふたりが、ヒカルに目を向ける。ヤユスキを抑えていたシズカも、その腕を解きつつ、ヒカルに目をやった。

「俺は、大丈夫だ」

 にっこり笑い、マキを見た。

「兄ちゃんってのは、九頭のことか?」

 問われたマキは、震えて俯いたまま応えない。涙が床に溜まっていく。

「そうか。悪かったな。初めて会ったときに言わなかったのは、声で別人だと気づいてたんだな」

 今度は、黙って頷いた。

「なかなか世の中うまくいかないもんだ」

 ヒカルは笑って、マキの頭をぽん、と叩くと、ガラスのない窓へと歩み寄った。太陽はすでに沈み、かろうじて明るさを留めているが、街中は夜の喧騒を漂わせ始めていた。黄昏時。

「たれそかれ……。俺は、誰なんだろうな」

 ヒカルは外を眺めて呟く。

「え?」

 アキが聞き返したが、ヒカルは笑って振り向き、それには応えなかった。

「いいか? これは、俺の自業自得。だから、ここで復讐の環はお終い。いいな? 約束してくれよ?」

「そんなことわかるわけねえだろ! お前は、どうすんだよ!」

「そうだよ! 早く救急車を呼ぼう!」

「待て!」

 携帯を取り出そうとしたトオルを、ヒカルが鋭い声で止めた。トオルはその語気に、体をびくつかせ動きを止める。

「悪い、トオル。……アキ、連れてけなくてゴメンな。ヤス、いい加減独り立ちしろよ? シズカ、お前なら任せられる。トオル、改めて、好きに生きろ。お前らには、悪かったよ。これからは、この街の夜を、頼んだ」

「な、何、急に」

 アキが一歩、前に踏み出した。

 それと呼応するように、ヒカルが一歩、後ろに退く。

「え?」

「じゃあな」

 ヒカルが、笑った。

 そのまま、宵闇へ、溶けるように落ちていった。


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